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一瞬、人気のない暗い廊下に何かの風景が重なった気がして目を瞬き、次に、廊下の先に灯りがついている事に気が付いた。

足音を忍ばせて灯りの方向へ向かえば、そこは広いフローリングのリビング。
スタンドの灯りだけがともされた薄闇の中で、ソファに座る長身の後ろ姿が見えた。
艶やかな黒髪と。見覚えのあるスーツ。

「…赤屍……さん?」

ここは彼のマンションなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、いつもと様子が違う赤屍に、自然と声はおずおずとした小さなものになってしまう。

返事がない事に首を傾げつつ、そっと正面に回り──聖羅は意外な光景に目を丸くした。
赤屍はソファにもたれかかるようにして座ったまま眠っていたのだ。

疲れているのだろうか?
珍しい、と思いながら、滅多にないチャンスとばかりに整った顔を覗き込む。

切れ長の双眸は閉じられたまま。
髪と同じ綺麗な黒い睫毛が優雅な影を落としている。
白い頬にかかった一筋の髪を払ってやろうと伸ばした途端、

「キスをして起こして下さらないのですか?」

笑み混じりの声が聞こえて、聖羅は危なく悲鳴を上げてしまうところだった。
楽しげに細められた瞳がこちらを見上げている。

「びっくりした…起きてたんですか?」

クスリと笑う事で肯定され、何故だか背筋に寒気が走った。
そして、視線を泳がせた先で赤屍の手に握られた箱に気付き、ドキッとする。
バレンタイン・チョコレート。
仕事で遅くなると言っていた赤屍の為に聖羅が購入し、テーブルに置いておいたそれが、こうして彼の手の中にあるという事は──

「チョコレート、有難うございました。とても嬉しいですよ」

「あ…い、いえ…」

愛おしげに頬に手を添えられ、微笑まれて。
ドクドクと心臓が勢いよく跳ね始めた。

「それにしても、こんな深夜にどうしたのです?」

「それは、その…実はちょっと怖い夢を見て、目が覚めてしまって…」

「怖い夢、ですか」

不意に赤屍の片腕が腰に回され、グイと抱き寄せられる。

「チョコレートが貰えなければ正夢になっていたかもしれませんねえ?」

そう笑った赤屍の背後に、暗い坑道が広がって見えたのは、果たして本当にただの幻だったのだろうか?
聖羅は震えながら甘い口付けを受け入れた。



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