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いくら何でも横暴すぎやしないか、と思わないでもなかったが、ここで赤屍の要求を突っぱねたとしても、恐らく別のタクシーに乗り換えるだけだろう。
あるいは、もっと恐ろしい行動に出る可能性もある。
仮にも同業者である以上、最後まで責任をもって「運んで」やるのが務めである気がした。

「ひどい! 赤屍さんの鬼畜!」

「何とでも。私に隠し事をする貴女が悪い。私の性格はよくご存知でしょうに」

「それは……」

おいおい、なんでそこで黙るんだ。
馬車は心の中で突っ込んだ。
もっと強気に反論してもいいんじゃないだろうかと、激しく疑問に思わずにいられない。
しかし、それ以上に馬車にショックを与えたのは、相手が沈黙したのをいいことに、赤屍がとった行動だった。
咄嗟にミラーから視線を外して運転に集中する。
勿論、動揺してブレーキを踏むようなヘマはしない。

「……ん、……」

弱々しい声が響き、男のくすりと笑う声がそれに重なった。
そして、もう一度。
恐怖と愛情が入り混じったような、儚げな吐息が車内の空気を震わせる。
それは、怯えながらも、決して逃げられないことを知っている罠にかかった動物を馬車に連想させた。


「有難うございました」

車を停止させて到着を知らせると、赤屍は女を抱き支えるようにしてタクシーを降りた。
一瞬──ほんの一瞬、縋るような眼差しと目があったが、直ぐに赤屍の笑顔が間に割って入る。
底冷えのする美しい微笑を浮かべて、赤屍は再度礼の言葉を口にした。

「感謝しますよ、馬車。彼女を助けて頂いた事は、ね……ですが、もう心配は無用です」

「……そうか」

──やはり自分は正義の味方にはなれそうもない。
マンションに入っていく二人の姿を最後まで見送る事なく、馬車はタクシーを発車させた。
ただの人間である自分に、魔物に魅入られた人間を助けられるはずがないのだから。



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