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今日は小春日和だったらしい。
“らしい”、というのは、朝早く家を出て夜更けに帰宅するので、日中の陽気など関係ないからだ。
今も底冷えのする夜気に身を縮めて凍えながら帰路を急いでいるところである。

「うう…寒〜い…」

思わず漏れた独り言は、しかし、誰の耳にも届くことはなかった。
夜の闇に響くのは、聖羅の靴音ばかり。
ここ洗熊町の駅前はもう何年も前からシャッター通りと化しているのだった。
近隣住民の生活の中心として賑わっていた往時の面影はすでにない。
噂では、とある大手製薬会社が商店街を丸ごと潰して高層ビル群にしようという再開発計画があるのだとか。
通勤時の人気のなさに不安を覚えているだけに、聖羅としては願ったりな計画である。

もう少しで地下鉄の入口、という所まで来た辺りで、聖羅はシャッターの下にうずくまる人影を見つけてドキッとした。
飲みすぎたのか、はたまた別の理由で気分でも悪いのか、人影は体育座りをするような姿勢で膝を抱えこみ、顔を伏せている。
聖羅は数秒迷った後、恐る恐る声をかけてみることにした。

「あの……大丈夫ですか…?」

少し離れた場所からそう声をかけてみるが、相手は反応を示さない。
こちらは女一人、酔っ払いなら下手に関わらず放っておいくほうが良いが、もしも急病で意識がないとなれば大変だ。

「あの──」

仕方なく近づいてもう一度声をかけた途端、うつむいていた男の顔がゆらりと持ち上がった。
白い膜が張ったようにどろっとした黒目が聖羅を捉える。
明らかに普通の状態ではないのを見てとった聖羅が怯んだ瞬間、恐ろしい勢いで男が掴みかかってきた。

「っ、!?」

尻餅をついたお陰で何とか腕はかわせたが、男がよろよろと立ち上がるのを見て、聖羅も慌てて態勢を立て直した。

「だ、誰か……!」

獣のように大きく口を開いて襲いかかってくる男から悲鳴をあげて逃げ出す。
必死に走っていくと、前方にまたしても黒い人影を見つけて聖羅はギクリとした。
その長身の人影は、黒いスーツと黒いロングコートを纏い、黒い帽子を被った男のようだった。

「こちらへ」

夜の空気よりひんやりとした静かな声が聖羅を招く。
駆けてきた聖羅を揺るぎもせずに片腕で受け止めた黒衣の男は、もう片腕を払うように動かした。
ヒュ、と鋭い音が微かに響く。
銀色に光る線が宙に走ったのが見えたと思った次の瞬間には、聖羅を追いかけてきた男は、バラバラの肉塊となり果てていた。



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