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…………ない。

聖羅は血の気が引いていくのを感じた。
買い物袋を置いてあったはずの場所に、あるはずの袋がない。
ちょっと目を離した隙に盗られてしまったようだ。
しかも、全部。

幸い、財布などの貴重品はバッグに入れていたため無事だったが、夕食の材料として買った物を全て盗られてしまったせいで、今夜食べるものが無くなってしまった。
改めて買い直すには、財布の中身からして厳しい。
悲惨な夕食を覚悟しなければならなかった。

「…今夜はお茶漬けかな…」

「ほう、お茶漬けですか」

呆然自失のままぽつりと呟いた言葉に、思わぬ返事を返され、はっと顔を上げる。

「赤屍さん!?」

赤屍が立っていた。
いつものコート、いつもの帽子に、いつもの薄笑い。
気のせいか血の匂いが漂っているような気もする。
もしかしたら、依頼を終えたばかりなのかもしれない。
それにしても、何故、運び屋が駅前のスーパーなどにいるのだろう?

「今晩は、聖羅さん。今日はお買い物ですか?」

「ええ、まあ…」

ぎこちなく笑って頷く聖羅に赤屍がクスッと笑みを漏らす。

「それにしては、買い物袋が見当たらないようですが?」

「実は……」

聖羅は素直に買い物袋を盗まれてしまったことを話して聞かせた。

「それは気の毒に」と赤屍が心配そうな声音で相槌を打つ。

「なるほど。それでお茶漬けで済ませるしかないという訳ですね」

「そうなんです」

改めて第三者に言われたことで現状を再認識した聖羅は、ガックリと肩を落とした。

「そういう事でしたら、これから夕食にお付き合い頂けませんか?」

赤屍はおもむろにコートのポケットから何かのチケットを取り出した。
見ると、最近開店したばかりのフレンチレストランの名前が金色の飾り文字で印字してある。
どうやらディナーチケットのようだ。

「先ほど済ませた仕事の依頼人(クライアント)から頂いた招待券です。ちょうど貴女をお誘いしようと思っていたところだったのですよ」

「それは…凄く嬉しいですけど……でも、今日はこんな格好だし」

聖羅は自分の服装を見下ろした。
スーパーに買い物に行って直ぐに帰るつもりだったので、セーターにジーンズという格好だ。
これではレストランには入れないだろう。

「そのままでも十分可愛らしいから大丈夫ですよ。しかし…そうですね、どうしても気になるというのでしたら、私がご用意しましょう──あちらで」

「えっ?」

赤屍の視線の先には、これまた最近オープンしたばかりの、ブランドショップの自社ビルがあった。
セレブご用達とかで雑誌でも特集が組まれた、有名なブランドである。

「だ…だめですよっ、そんな! そんな無駄遣いさせられませんっ」

「無駄遣いではありませんよ。大切に想う女性の為なのですから…ね」

「…………」

耳まで赤くなった聖羅は、当然それ以上何も言い返せなかった。

「クス…では、行きましょうか」

赤屍に肩を抱かれて、夕闇の街を歩き出す。
結局、お茶漬けどころか、予定していた煮魚よりも、よほどゴージャスな夕食になりそうだった。



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