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「少し目を離すと、直ぐに逃げ出そうとするのが困りものですね」

切れ長の瞳を軽く伏せ、淡い笑みを唇に乗せながら赤屍が言う。
まるで微笑ましいエピソードを話しているかのような口調で、彼は続けた。

「だから今は監禁……いえ、軟禁状態にしてあります。家の中は比較的自由に移動出来ますが、外には絶対に出しませんよ」

「そ、そう……」

卑弥呼は自分から話題を振ったにも関わらず早くも後悔していた。
赤屍の後ろの席に座る主婦の二人組らしき女性達が、ちらちらと振り返っているのが視界に映る。
こちらの話に聞き耳を立てているのは明らかだった。

「でも、ずっと外に出さないのって不健康じゃない?」

「そうですか?」

赤屍は不思議そうな顔をしている。

「適度に運動はさせていますし、体調管理にも気をつけていますので、健康面では問題無いと思いますが」

「う、う〜ん…問題っていうか……外に出たがったりしないの?」

「勿論、出たがりますよ。だから軟禁しているのでしょう。この間など、窓を開けた隙にそこから出ようとしたので、お仕置きしたばかりです。こういう事は躾が肝心ですからね」

赤屍の背後で、主婦達が何やらひそひそ話を始めた。
卑弥呼は急に今すぐ席を立って帰りたくなった。

「でもねぇ…やっぱりずっと家の中っていうのは…」

「これも彼女の為を思えばこそです。外は危険ですから、ね。恨まれようとも私はやり方を変えるつもりはありません」

主婦達はいまや好奇心を隠しもせずにこちらの様子を伺っている。
卑弥呼は時計を見た。
──19:25──
ちょうどいい頃合いだ。
卑弥呼は赤屍に「そろそろ行くわ」と声をかけて席を立った。

「じゃあ、子猫によろしくね」

「ええ。頂いた玩具は大切に使わせて頂きますよ」

赤屍は傍らの紙袋に軽く触れて微笑んだ。
子猫用の玩具が詰まったオレンジ色の袋には、有名なペットショップのロゴが印字されている。
ジロジロと遠慮なく赤屍と卑弥呼のやり取りを見ていた主婦達は、「なあんだ」という顔をして、また自分達の会話に戻ったようだった。
その姿を見て、やっぱり勘違いしていたのかと卑弥呼はうんざりした気持ちになった。
いったい、ナニを監禁していると思ったのだろう…

「いくら赤屍でも、ねぇ……」

「私が、何です?」

「あっ、ううん、何でもないの。気にしないで」

自分のドリンクの会計を済ませた卑弥呼は、ファミレスの駐車場に停めていたバイクに跨がり、ガラスの向こうからこちらを見ていた赤屍に向かって軽く片手を上げると、エンジンをかけて走り出した。

腹を空かせた万年金欠の奪還屋が二匹、餌を求めて自宅の玄関前で待っているとも知らずに。

窓越しに卑弥呼を見送った赤屍もまた、それから程なくしてファミレスを後にした。
卑弥呼からのプレゼントとは別に、もう一つ別の『玩具』が詰まった紙袋を提げて。

その頃。
特殊なロックの施された彼のマンションでは、"軟禁状態"の子猫と聖羅が、支配者であり飼い主でもある男の帰りを今か今かと待ちわびていた。



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