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今年はたぶん大雪になるだろう。
独居老人の様子を見に出掛けた帰り、雪混じりの潮風が吹き付ける中を、聖羅は身を縮めて家路を急いでいた。

豪雪地方で知られる北国の片隅にあるこの漁村では、師走に入る前に既に30pを越える積雪が記録されていた。
初雪もいつもより早かった。
蟷螂(カマキリ)が天井近くに卵を生んでいたから今年は大雪になるよ、と言った老女の言葉を疑う理由もない。
普段は古臭い迷信に思える昔ながらの知恵とやらは、こうした事に関しては天気予報などよりずっと正確なのだ。

「………?」

冷たい氷のような風にぶるっと身を震わせた時、聖羅は海沿いのコンクリートの縁に佇む人影を見つけた。
地元の人間ではない。
年寄りの多いこの辺りの夜は都会のそれよりもずっと早いし、何より、近所の住民ならば夜の海に近付くような危険を犯すはずがなかった。
思わず足を止めて凝視してしまう。
この北国に似つかわしくない薄手の黒いロングコートの裾を、寒風に晒されるままになびかせて、男は静かな面持ちで海を見つめていた。
この寒さもまるで感じていないかのようだ。

ふと、新雪を思わせる白い横顔が僅かに動いた。
切れ長の瞳がこちらを向き、すうっと細められる。
目があった瞬間、聖羅の心臓はドクンと跳ね上がった。

「今晩は」

男が微笑む。

「こ、今晩は」

聖羅はギクシャクと挨拶を返した。

「この近所にお住まいの方ですか?」

「え、はい、そうですっ」

綺麗な唇から紡がれた音は、男の美貌にふさわしい、腰に響くようなテノールだった。
自分では見えないが、きっと顔が赤くなっているに違いない。
ドクドクとこめかみが脈打っているのがわかる。

「すみません、驚かせてしまったようですね」

男がクスリと笑った。
本格的になり始めた雪が、コートと同じ色の帽子の鍔に降り積もっている。

「実は仕事で人を待っているところなのですよ」

「お仕事…ですか?」

聖羅は首を傾げた。
周囲に人の気配はない。
こんな夜の海で待ち合わせるなんて、どんな仕事なのだろう?

「ええ──ああ、ちょうど来たようです」

男は海へ視線を向けた。
聖羅も男にならってそちらを見遣る。



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