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あと少しで日付が変わる。
確か明日は勤労感謝の日だ。
退院の日取りも決まり、入院生活も残り僅か。
ようやく清潔で平和だが退屈な病室での日々が終わるのだという興奮と、久しぶりに戻る"外"に果たしてちゃんと順応出来るのだろうかという不安、そして、この頃繰り返し見るようになったある悪夢が、聖羅から安眠を奪っていた。
もしも大部屋だったとしたら、今頃は同室の患者に迷惑をかけていたかもしれない。
しかし、実際には、この無味乾燥な白い個室の中にいるのは聖羅独りだけ。
否応なく、独りきりで長い夜を乗り越えなければならない。
ナースコールで、睡眠導入剤か何かを貰えないか聞いてみようか……
そう考えた時、ふとノックの音が響いた。

「赤羽です」

耳に届いた静かな声に目を見張る。

「赤羽先生…?」

聖羅が名を呼んだのを返答と捉えたのか、音も無くドアがスライドし、白衣の男が病室へと足を踏み入れた。
主治医の赤羽蔵人だ。
彼は腕利きの外科医であり、聖羅の命の恩人でもある。
真夜中だというのに、その美貌には少しも疲労の陰りは見てとれなかった。
相変わらず綺麗な男だ。

「眠れないのですか?」

かけていた眼鏡を胸ポケットにしまいながら赤羽が尋ねる。
嘘をつく必要もないので、聖羅は素直に頷いた。

「怖い夢を見てしまって……眠れないんです」

子供みたいだと思いながらも、そう告げると、赤羽はふっと優しげに微笑んだ。

「よければ私に話して下さい。悪い夢は人に話せば消えてしまうといいますからね」

「本当に?」

「ええ。正夢にしたい夢を人に話してはいけないのと同じ原理だそうですよ」

それは聞いた事がある。
聖羅は少し迷ってから口を開いた。

**

夢の中で、顔の見えない男が告げる。

『今日は私の誕生日なのですよ』

『だから、貴女の本当の気持ちを私に教えて下さい』

『私は貴女を愛しています』

そうして聖羅が男を拒絶すると、病院は恐ろしい惨劇の舞台へと変貌してしまうのだ。

誰もいないナースセンター。
鍵の閉まった出入口。
そして、おびただしい量の、血、血、血──

「大丈夫、ただの夢ですよ。心配いりません。貴女には私がついています」

赤羽はベッドに腰掛けると、優しく聖羅の髪を撫でた。
うっとりするような手つきで撫でた手が、そのまま頬へと滑る。

時計の針が12時を指す。
カチリという音とともに日付が変わる。

「ところで──実は、今日は私の誕生日なのですよ」

暗闇を背負って赤羽が笑った。



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