通りの先に、新しい喫茶店がオープンした。 誰でも一度は名前を耳にした事のある全国チェーンの珈琲専門店で、若者から中高年層まで広く人気を博している喫茶店だ。 これは、喫茶ホンキートンクにとっては、非常に由々しき事態である。 二つの店の位置からしても、全国チェーンの有名店にかなりの客を取られてしまうのは、今から目に見えていた。 「俺はただ、美味い珈琲を淹れて、それを喜んでくれる人がいてくれれば、それだけで満足なんだがなあ…」 苦みばしった大人の味わいのある珈琲同様、波児の意見は渋い。 だが、しかし。 聖羅はまったく容赦がなかった。 「甘い!甘いですよマスター!!」 バン、とカウンターを叩いて、断固抗議する。 聖羅の迫力に、波児はちょっとたじろいだ。 「いいですか、マスター。お客さんを取られちゃうって事は、その分、売り上げが減るって事です。現在の売り上げだって、お世辞にも儲かってるとは言えないんですよ?そりゃあ、夏実ちゃんとレナちゃんの人気で、一部コアな常連さんが出来たお陰で、前に比べたら稼げてますけど。それもいつまでもあてには出来ません。オタクは熱しやすく冷めやすい人間が多いんです」 店の帳簿を広げて、こんこんと波児に説教を続ける聖羅。 これでは、どちらが店主かわからない。 「そうなると、私達ウェイトレスへのお給料だって、これまで通りという訳にはいきません。私はまだいいです。赤──ええと、同居人がいるから、生活に困るほど影響はないし。でも、ここに住み込みで働いている夏実ちゃんやレナちゃんは、そうはいきませんよね?」 これはオトナの話し合いなので、夏実とレナは買い出しを名目に追い払ってあった。 まだ学生の彼女達に、お金の話など聞かせられない。 「だから、私、考えたんです。蛮ちゃんと銀ちゃんにも、お店を手伝って貰いませんか?」 「あいつらに?」 余計に経費がかさむのではないかといぶかしむ波児に、聖羅はにっこりする。 「当然、タダ働きです。勿論。うちに借金があるじゃないですか、二人とも」 言って、聖羅は素早く電卓を叩いた。 GBの二人の借金の総額は、ゆうに半年以上タダ働きしても足りない額だった。 |