「お邪魔します…。」 「はい、どうぞ。」 真奈美さんに言われたコンビニに到着して、まず向かったのはお菓子が陳列されている棚の前。頼まれたチョコレートを買おうとお菓子売り場にまず足を運んだが種類が多すぎてどれが良いか分からず板チョコと新発売らしいチョコレート菓子を何種類か手に取った。それからチョコレート以外の食べ切りサイズのお菓子を何個かと、プリンなんかも一緒にカゴに入れた。買い過ぎな気もするが何も今日全部食べなきゃいけない訳じゃない。休憩時間に小林さんとお菓子の話をしながら美味しそうにあれこれ食べるのが真奈美さんの日課でもあるから、手土産として渡しても迷惑という事は無いだろう。 会計を済ませて店の外に出て大きく深呼吸してから真奈美さんに電話し、彼女の家までの道を電話越しに案内してもらいながら辿り着いたのは俺のアパートなんかよりも綺麗なマンションだった。一旦電話を切り、見上げたマンションを前に息を飲む。言われた部屋の前まで行ってインタフォーンを鳴らすとすぐに真奈美さんが出迎えてくれた。 先程までと同じ笑顔、だけど服装はワンピースみたいに膝上まで丈があるパーカーに踝が隠れる長さのレギンスを合わせたラフな格好に変わっている。会社の仲間内で何度か休みの日に飲み会やBBQを行った事があり、その時の真奈美さんもカジュアルな格好をしていたけれど、その時とはまた違って少し幼さを感じる雰囲気で可愛らしい。きっといつも部屋ではこんな格好何だろうなと思ったり、彼女の通勤スタイル、私服、部屋着のどれも真奈美さんに似合っていると思った。 通された部屋は広めのワンルーム。窓際に置かれたベッドの前には仕切り変わりにしているのであろう低めの棚。その手前の壁際にはテレビやオーディオ機器、そしてその対面に置かれているローテーブルとソファ。あとはCDラックや本棚。家具類は白とブラウンで統一されているが、ちょっとした雑貨は赤いものだったり有名なキャラクターの小さなぬいぐるみがあったり。可愛らしい要素もあればテーブルの上には灰皿が置いてあったり。シンプル過ぎず、だからと言って雑然としている訳でも無くて。大人の女性というよりは大人っぽい女の子の部屋という印象を受けた。 普段の仕事をしてる姿だけを見ていれば、きっと部屋着もこの部屋も彼女の印象とは違うかもしれない。 だけどそれ以外のふとした印象なんかを考えると、この部屋は真奈美さんの印象とぴったり重なる。初めて見る姿も部屋も何だか真奈美さんらしいと思った。 「急にお邪魔したのに綺麗に片付いてますね。」 「極端にシンプルか極端に散らかってそうだと思ってたでしょ?一回散らかしちゃうと汚いままにしちゃうだろうからなるべくキープする様にしてるの。でもまぁ面倒臭がりだから、あまり部屋の中動かなくて良い様にソファ周りに色々置いちゃうんだけど。」 「そんな事無いです。なんか雰囲気が真奈美さんっぽいと思いますよ。それに落ち着く。」 「……そう?とりあえず適当にその辺に座ってて。」 「あ、須藤さん。これ頼まれたチョコレートと他のお菓子はお土産です。」 「え、あぁ。こんなにたくさん?ありがとう。それじゃあコーヒー用意するよ。あ、それともその前にもう1回飲み直す?」 「あ、すみません。俺はどっちでも大丈夫です。」 「うーん、じゃあ軽く飲み直そうか。佐倉君もまだまだ飲めそうだし。お菓子はその後にしよう。」 「ふっ、ははっ。」 「え?何で今このタイミングで急に笑う訳?」 「いや、須藤さんって本当によく飲むし、よく食べるなって思って。」 「うっ…。どうせあたしは大酒飲みの大食いですよ。でもいい加減この摂取量何とかしなきゃ。最近太ったんだよね…。」 「そうですか?むしろ須藤さん細いくらいですよ。あと体形どうこうよりも美味そうに酒飲んだり、いっぱい食べたりする女性って良いと思いますけどね。」 「………佐倉君ってさ、」 「はい?」 「やっぱり何でもない。ビール持ってくるからちょっと待ってて。」 そう言ってキッチンへ向かった真奈美さん。さっきもこんなやりとりがあった様な気がする。あぁ、そうだ。真奈美さんに夜道を歩かないで家で待ってて欲しいと言った時。 ……俺って、一体何なんだ? その答えを聞くにも聞けず、とりあえずソファに腰を下ろす。あまりジロジロと眺めてはいけないと思いながらも、視線はあちこち泳がせながらぐるぐると考え込んでしまう。 ふと目に止まったラックに並ぶCD。数も多いけど、何よりも俺が持ってるCDが幾つもあった。俺の部屋にあるCDとの違いはきちんと綺麗に整理されている事。そんな中、手前の方に無造作に積んであるWeezerのアルバム。きっとこれらのCDは良く聴くから出しっぱなしにしてあるのだろう。そして俺も洋楽ではWeezerが1番好きだったりする。山程あるCDの中で見つけた俺と彼女の共通点に胸が温まった。 「こらっ!」 「えっ!」 「ぷっ、本気で吃驚してる。ってゆうか何見てたの?何か変なのでもあった?」 「いいえ、なんか俺と聴く音楽の趣味が似てるなと思って。Weezer俺も好きですよ。多分1番好きです。」 「ホント?あたしも好きだよ。……気が合うね。」 互いに口にした「好き」という単語は相手に向かってではなく、あくまでもバンドの事なのに。何だかそれの響きをくすぐったく感じてしまった。 「さっ、折角の冷えたビールぬるくなっちゃう前に飲もうか。」 「あ、ありがとうございます。」 「それじゃあ再々乾杯?」 缶ビールで交わす3度目の乾杯。そしてテーブルの上にはビールと一緒に持ってきてくれた肉味噌が乗った豆腐。缶ビールだけじゃなくて、こんな風に一品料理も持ってきてくれる気遣いとか、やっぱり真奈美さんらしくて。缶ビールを一旦置いて有難く頂くことにした。 「この肉味噌美味いっすね。」 「ホント?」 「はい。ご飯にも合いそうだし。これどこで売ってるんですか?」 「あたしが作ったんだよ。」 「……え?」 「何そのちょー意外そうな顔は。」 「いや、こんな早く作れるもん何ですか?」 「え?あははっ、流石にこんな短時間じゃ無理だよ。これは作り置きしてたやつ。」 「あぁー、すみません。俺料理ってほとんどしないから作り置きって発想が無かったです。すぐ出てくるのは出来合いみたいな発想で。……改めて美味いです。」 「良かった。」 「須藤さん料理上手いですね。肉味噌とか作れるなんて。」 「一応、女の独り暮らしだからね。それとこう見えて料理とか嫌いじゃないんだ。」 「こう見えてって、真奈美さんは部屋が散らかってるイメージも料理が出来ないイメージも無いですよ。仕事出来るし飾らない性格だと思いますけど、俺はそれだけじゃないって思ってます。」 「……………佐倉君ってやっぱり、ずるいよね。」 「……ずるい?俺がですか?」 「そう。さっきも夜道を歩かせない様にしたり、部屋があたしっぽくて落ち着くとか、大酒飲みの大食いが良いって言ったり、今も。なんか女の子扱いみたいな感じで…。」 そう言ってそっぽを向いてしまった真奈美さん。ここからは表情が見えなくなってしまったが、僅かに見える頬がほんのり赤く染まっていた。それはアルコールのせいでは無い、と都合良く捉えてしまっていいのだろうか。 普段の様子から皆が思い描いてるであろう部屋の感じや料理の腕前などに俺はギャップは感じなかったが、初めて見る照れる真奈美さんの姿がとても新鮮で、可愛くて、愛しい。 「はぁー!駄目だ!調子狂っちゃったじゃない。」 「え?」 「とりあえず飲もう。うん。」 グビッと音を立てて、缶ビールを口にする真奈美さん。きっとこれが彼女にとって精一杯の照れ隠しなのだろう。 特別な何かが待ってる訳じゃない。現に待ってるとは限らない。そう思ってやって来たけど、こんな真奈美さんの姿を見てしまっては今すぐこの手の中に彼女を閉じ込めてしまいたい。そう本気で思った。 「顔赤いですよ。」 「……っ!誰のせいだと思ってるのよ!普段は『須藤さん』って呼ぶくせにさっきも今も『真奈美さん』って呼ぶし!」 「え?」 「え?って……無自覚?」 その言葉に今度は俺の顔がみるみると赤くなっていく。それは隠しきれない程真っ赤に。
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