:: 君との色んな距離、±0。 | ナノ

可愛い後輩たち


週の終わり。今週も何だかんだでバタついたなと思いながら、つい先程まで使っていたパソコンの電源を落としつつ無意識的に首を左右に曲げればそれぞれパキッと関節が鳴る。
真っ暗になったモニターを確認しながら肩をぐるりと回し「お疲れー、お先します。」と自分の席周りの人たちに挨拶をしてフロアを出た。

腕時計で時間を確認するといつも自分が帰る時間帯より早く、毎朝の通勤ラッシュ帯程では無いがそれなりに混んでる時間帯である事を思い出し、喫煙所で少し時間を潰してから駅に向かう事にする。
たった二本乗る電車を遅らせるだけで混み具合が違ったりするのは多くの人達が決まった時間のサイクルで生活してるという事なのだろうか、なんて普段はあまり考えない事をぼんやり思った。

ガラス窓の向こう。喫煙所によく知ってる人物がぼんやりと煙を揺らしている。彼の手元に煙草以外何も無い事を確認し、自分の分ともう一本缶コーヒーを自販機で買ってから喫煙所の扉を開け「お疲れ」と短い言葉と一緒に缶コーヒーを差し出せば、誰か来たな程度にしか思って無かった様だがそれが俺だと気付き「お疲れ様です。…すみません、頂きます。」と佐倉が会釈してから俺の手から缶コーヒーを受け取った。


「今日はもう終わりだろ?」
「はい。帰ってビールでも飲んでダラダラします。」
「須藤は?あいつもう帰ったろ?週末なのに会わねぇの?」
「今日は女子会だそうです。」
「ふぅーん…よしっ!家でダラダラすんだったら二人で飲み行こうぜ。」
「え?俺は良いですけど、奥さん待ってるんじゃないんですか?」
「うちのも今日は「女子会」なんだとよ。っつー訳で、女子会に行かれた者同士俺らも男子会?やんね?」
「…ふはっ。良いですね。やりましょうか、男子会。」


笑ったり焦ってたり落ち込んだり希に苛ついてたり、そういった感情を入社した時から表には出しては居たが他人よりも少しそれが控えめだった佐倉が「男子会って、何だその単語。」みたいな顔して可笑しそうに笑う。
俺はこいつのこうゆう屈託の無い素の表情が好きだったりする。断じて変な意味じゃなくて。
佐倉とか須藤とか小林とか、仕事を離れれば先輩と後輩とかそういうものを取っ払ったフランクな付き合いが出来るけど、必要以上には踏み入ってこない居心地の良さがある。
だからこいつらの事好きなんだよな、なんて思いながら開けたばかりの缶コーヒーに口を付けた。

一服を終え、佐倉と立ち寄ったのはいつも飲み会で使ってる大衆向けの居酒屋では無く、もっとこじんまりとした店。
乾杯とグラスを交わし適当につまみながら仕事の話だとかを話していたら、ガヤガヤと賑わう声の中で「グッとくる仕草」という会話を耳で拾った。
佐倉もそんな会話を拾ったようで、俺は垂れた髪を掻き上げる姿にグッとくると言えば、佐倉はリップを塗った後に「んぱっ」と唇を動かす仕草が好きだと返す。
それから人混みの中ではぐれない様にと敢えて手ではなく裾を軽く握られるとか、しゃがむ時に両膝を揃えその上にさり気なく手を添えてるだとかそれが膝丈のスカートを穿いてだと尚更良いだとか。あとは周りに知ってる女が居ないとなれば男二人でする会話に、下ネタだって出てくる。
会話が切れた所で耳に入って来たのは、佐倉との話が盛上がったキッカケになった会話がまだ続いていた。相変わらず俺達以上に「そうそう!グッとくるよな〜」なんて盛り上がっていた。
異性に対して女性らしい何気ない仕草や可愛いかったりエロい姿を見て、好きになるかどうかは別に単純に反応してしまうのはこの世に生きる男に共通してるらしい。


「で、」
「で?何ですか?」
「お前は須藤のどんな所にグッとくる訳?」
「……内緒です。」
「は?勿体ぶんなよ。」


話の流れから一般論の世の女に対してじゃなくて「須藤」のどんな仕草にグッとくるのか何となく聞きたいと思った。
そんな須藤を想像するとかただの好奇心じゃなくて、須藤を想って幸せそうな顔をするであろう佐倉の表情を見たり、そんな風に佐倉に想われて須藤は幸せなんだろうなと感じたかったのかもしれない。

入店してから暫くは俺と一緒に生ビールを飲んでいた佐倉だが今は日本酒を呷っている。最初の一杯を飲み終え空になったグラスに小瓶に半分ほど残ってた日本酒を新たに注ぎ、佐倉がまた口を付ける。
カランという音を立てるグラスとゴクリと喉を鳴らす佐倉を見て、店に入ってから飲み続けてたビールだが、このグラスが空になったら俺も日本酒を頼もうと思った。


「勿体ぶっては無いんですけどね。……でも、内緒です。」
「自分以外の奴には教えたくねーって奴?お前も若いな。」
「って言うよりも井上さん、だからですかね。」
「あん?」
「俺が入社するまで真奈美さんの事知ったり付き合ったりするチャンスはあったのに、今更そんなの教えませんよ。」


俺の目を見ながらしっかりそう言った佐倉。
冗談とも本気とも取れる眼。多分どちらも半々。でもどっちかと言うと本気寄りの眼。
(こいつもこんなこと言うんだ。というかこんな眼すんだな)と驚きよりも今まで見たことが無い佐倉の表情を知って楽しさを感じる。


「……ははっ!先輩に向かってすんげぇ態度だなソレ。ってかお前もそんな挑戦的な事言うんだな。」
「酔ってますから。」
「嘘付け。俺より酒強いくせに。」
「真奈美さんより弱いっすよ。」
「あいつと比べんな。子供が大人相手に背比べしようって言ってる様なもんだぞ。」
「その例えだと俺、小六の時に160あったんで真奈美さんと並べます。」
「は?お前成長期早くね?俺なんか背伸びたの中三になってからだぞ。」
「それで今は俺よりでかいってどんだけ一気に伸びたんですか。」
「確かに一気に伸びたけど、高校入ってからも地味に三年間で10センチくらい伸び続けたしな。……つーかよぉ。」
「はい?」
「心配しなくても俺は嫁さん一筋だっつーの。」


逸れてしまった話を戻す。佐倉が入社して須藤と出会う前、佐倉が言う「チャンス」は確かにあったかもしれない。嫁と知り合うよりも以前にあいつは会社の後輩だった。
人前では弱音を吐かずどんな時でも明るく振る舞ったり、おおざっぱ且つ適当な様で実は繊細な面を持ってる事だって、豪快で酒豪でヘビースモーカーでおっさんくさいけど、女としての魅力を充分に持ってる事を知ってる。
そしてあいつと一緒に居る事が多い小林に関しても。ふわっとしてて男ウケする「ほっとけない」雰囲気が漂う奴だけど、実は須藤よりも人付き合いに関してはサバサバしてんじゃねぇかなって思ってる。須藤も小林も見た目の印象で周りから捕らえられがちだけど、本当は思われてる以上に弱かったり強かったり。
でも、あいつらをそうゆう目で見なかったのは男女の関係というよりも、性別を超えた友情に近いものや先輩と後輩という関係だけどまるで兄妹みたいで心地良かったから。
須藤も小林もちょっと手の焼ける可愛い妹みたいな存在。そして隣に居る佐倉はしっかりしてて頼り甲斐がある様だけど、でもやっぱりまだ目が離せない可愛い弟みたいな存在だ。
学生時代のそれとはまた違う距離感に居る後輩たちの事を、どうやら俺は男だからとか女だからとか関係なしに相当可愛がってる。


「勿論そんなの知ってますよ。俺がいつか結婚したら井上さんみたいな旦那になりたいって思ってますから。……あっ。」


思わず口を滑らせてしまいました、みたいな顔して口元に手を当てた佐倉。赤くなる頬じゃ先程まですました顔で酒を飲んでいたからアルコールのせいでは無いだろう。
そう思われてた事に照れるよりも、思わずポロッと喋って動揺してる佐倉はやっぱり可愛い後輩だなと思わずには居られなかった。


「サンキュ。……って返すのが正解かい?佐倉君よぉ。」
「ニヤつきながら言わないで下さい。」
「ニヤついてねーよ。」
「……井上さんはどうなんです?」
「は?話し逸らすなよ。ってか何が?」
「奥さんのグッとくる所。」
「あん?……そんなのお前なんかに教えねーよ、バァカ。」


蔑みではなく愛情込めて佐倉の頭をグリグリしてやった。
本当は教えてやってもいいと思うが、いつか佐倉が須藤のどんな所にグッとくるか教えてくれたら俺も嫁のどこにグッとくるかを教えてやろう。
それまでは俺だけの秘密。



***

タグネタから男二人の飲み会小話が派生('ω')

そうゆう風に見てないって分かってるし奥さんの事大事にしてるのも分かってるけど真奈美と出会う前に自分が知らない時間を過ごしてた井上さんに(真奈美みたいに仕事も出来て尊敬してるし兄の様に慕ってるけど)嫉妬みたいな感じで、普段はそこまで気にしてる訳じゃないけど酒を飲んだ勢いでポロっと牽制めいた事を言う佐倉が書きたくてですね。
あと井上さんに愛がこもってる「バァカ」を言わせたかったので書いてて楽しかったです。
佐倉だって男同士ならくだけて下ネタの一つや二つポロッとしちゃうよ、男の子だもん。がサブテーマ。


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