青空の下、ゆっくり終えたランチタイム。それから今日はまだ乗っていない絶叫系以外のアトラクションを楽しむことにした。 食後という事であまり身体に負担のかからないメリーゴーランドやゴーカートやお化け屋敷。それらを一通り楽しみ、食後から時間が経過してきた頃にコーヒーカップやバイキングと少しスリルを味わえるアトラクションに乗っていく。 そうやって園内のアトラクションを順々に制覇していけば、残すものは園内で一番存在感のあるものだけになっていた。 気が付けば太陽は傾き始めていて、楽しかった時間もあっという間に過ぎている事に気が付く。 「残りはコレだけだね。遊園地に来たらコレが締めって感じ。」 「ですね。どうします?もう一回何か乗ったり、もう少し園内ぶらぶらしたりしますか?」 「んー、充分楽しんだし最後にコレ乗って帰ろうか。」 目の前にそびえ立つ観覧車は太陽を背にしているせいか、こちらに向かって大きな影を伸ばしている。 それが楽しかった今日という日の終わりを示してる様な気がして、何だか淋しい気持ちにもなっていく。 観覧車に乗って地上に戻ってきた時、夢から覚める様にこの繋がれている手が離れたら…。なんて考えが一瞬頭を過ってしまった。 「どうかした?」 ぼんやりと観覧車を見上げる俺の顔を心配そうに見つめる真奈美さん。 そんな真奈美さんの顔を見てるうちに、ついさっき感じていた淋しさも吹き飛ぶ。目の前にある彼女の存在もこの手の温もりも、確かにここにある。 繋いでいた手にほんの少し力を込めればもっともっと肌で感じる温もりや胸いっぱいに広がっていく真奈美さんの存在に安堵し、ふっと笑みが零れた。 「いいえ。じゃあ乗りましょうか。」 「?…可笑しな健吾君。」 俺につられる様に今度は真奈美さんが笑み零し、手を繋いだまま乗り込んだゴンドラ。そしてそのまま二人並んで腰を降ろして、離れて行く地上を見下ろす。 今日はずっと二人だったけれど、こうやって外界からすっかり遮断された空間に二人だけとなると、何だか急にもっと距離が縮まった様な気がして少し照れくさくも感じる。 「一周ってどれくらい時間かかるのかな?」 「これくらいの大きさだと大体10分くらいですかね。」 「…10分か。ねぇ、だったら何かBGM聴きながら乗ろうよ。」 「BGMですか?」 「うん。あたしもプレイヤー持ってきてるから今度はあたしのやつで。………はい。」 繋いでいた手を離してバックから音楽プレイヤーを取り出し、イヤホンの片側を差し出される。そのまま素直に受け取り、彼女が居る側の耳にイヤホンを差し込んだ。 「何がいいかな…。聴きたいのある?って健吾君は何入ってるか知らないか。」 「シャッフルにして流れてきたやつにしません?プレイヤー任せにするのも悪くなかったりしますよ。」 「それだと健吾君知らない曲かもよ?」 「それでも良いです。」 「分かった。それじゃあ、シャッフルスタート!」 そう言って操作を完了させた真奈美さんの音楽プレイヤーから流れて来たのは中学生の頃に流行ったインディーズバンドの曲だ。 「あ、懐かしい。これ流行ったの中学の時なんですよね。」 「え?……あ、そっか。」 「どうしたんです?」 「いや、あたしは高校の時だなって。そうだよね。うわ、なんかショック。」 「ショックって。たった2つしか離れて無いんだから世代の差とか無いですよ?」 「たかが2歳差でジェネレーションギャップなんてあったらショックどころじゃないよ。っていうか中学の時とか高校の時だったとかってこの曲10年も前の曲なんだね。」 「ですね。」 「そう思うと音楽ってやっぱり凄いね。あの時は今よりもっと考え方とか色々な部分で自分は子供だったって思うけどあの時聴いてた音楽は色褪せないで今もこうやって心に響いてくるんだもん。」 それから二人黙って耳に流れ込んでくる音楽を聴き入る。この曲がリリースされたのは10年も前。となると当たり前だけどその時は真奈美さんの事は俺は知らなくて。 俺が知らないその時代、彼女はどんな女の子だったのだろう。 もしも10年前に既に俺たちが出会っていたら、やっぱり俺は真奈美さんを好きになっていたのだろうか。 出会いが10年前であろうが後であろうが、いつ出会っていても真奈美さんを好きになっていたに違いない。……なんて正直なところ分からない。 だって過去に戻る事は出来ないし、出会うタイミングが違っていたら、今こうして耳に流れ込んでくるこの曲を共有する事だって出来ていなかったかもしれないのだから。 少し小さめのボリュームだけど確かに響くメロディー。空に近づいていく景色。隣に居る真奈美さんの普段よりも女の子っぽい格好や、普段よりも少ししっかりめにしてあるメイク。いつも会社に付けて来ている仄かに爽やかさを感じる香水の香りでは無くシャンプーや石鹸、洗剤、そしてほんの少しする煙草の匂いと彼女の日常を感じさせる香り。 俺とデート、と思っておめかしして来てくれたんだろうかとか、意識的に付けなかったのではなく香水を付け忘れている事にも気付いてないくらい俺と過ごす時間を意識してくれているとしたら良いな、なんて自惚れてしまいたくなる。 色々な事を考えながら過ごすこの時間や流れて行く景色、そして感じるもの全てをきっと俺は簡単に忘れたりはしないだろう。 そんな事をぼんやり考えながら音楽を聴き入る俺とは対照的に、何かひっかかりを感じている様な真奈美さんの横顔に気付く。 どうしたんだろう?と思って声をかけようとすれば、それよりも先に口を開いたのは真奈美さんだった。 「あのさ。」 「はい。」 「急には無理かもしれないけど……敬語って止めれる?」 「え?」 「いやね、あたしの方が年上だし職場の先輩ってのもあるし今の今に急に変わらないかもしれないけど、二人で居る時には敬語じゃない方が嬉しいなー…なんて思ったり。だってあたし達ってその、……恋人になった訳だし?」 そう言って窓の方へと顔を向けた真奈美さん。そのせいで彼女の表情を伺う事は出来なくなってしまったが、ここから見える彼女の耳はほんのり赤く色付いている。 真奈美さんの事を好きになったのは随分前だけど、それまでの俺達の関係は2歳違いと言えども職歴で言えば6年も差がある先輩と後輩で、恋人同士になれたのはついさっきの事。 普段から冗談は言い合ったりもするものの意識してというよりも真奈美さんに対して敬語を使うのが当たり前で、告白してからもずっと自然と敬語を使っていた。 そんな無意識的な言葉遣いを「二人で居る時は…」なんて頬を染めながら言われて断る理由がどこにあるだろうか。 『欠伸が豪快で、化粧っ気が無く、ヘビースモーカー。仕事が出来て、腕っ節が強くて、酒にも強い。』 そんなイメージが強かった真奈美さんの事を気になり出したけど、この数ヶ月の間でそれ以外の真奈美さんの色々な一面を知っていった。綺麗好きで料理も上手で、ちょっとした事にも頬を染める。人前では弱さを見せるのが苦手で、周りに対しては器用に事を運んで行くのに自分の事となると凄く不器用だったり。そんな今まで知らなかった新たな一面を知っていく度にもっともっと彼女の事が好きになっていた。 色々な物の好みが合うとか一緒に居て安心出来るとか、そんな単純な理由だけじゃなくて、この人の全てが堪らなく愛しい。 きっとまだまだ俺が知らない一面だってあると思う。だけど、これからもっと色々な彼女の一面を知って行く度にこの気持ちは大きくなっていくんじゃないかなと思える。 「真奈美さん。」 「んー?」 「こっち見て?」 そう言って彼女を振り向かせようと彼女の肩を指先でちょんと叩けば、ゆっくりとこちらに向けられた顔はやっぱり少し赤く、照れている様子が容易に見て取れた。 彼女をこんな風に照れさせている原因は自分だと思うと溢れてくるのは嬉しさや愛しさが混在する幸福感。 「俺ね、今、凄い幸せ。これからも真奈美さんとこうやって一緒に幸せだと思える時間過ごしたい。」 「……あたしも。」 「俺より2歳年上で頼りがいのある会社の先輩としても、こうやって赤くなってくれる可愛い真奈美さんも全部ひっくるめて好きだよ。」 そう言って、ゆっくりと彼女の唇に自分の唇を重ねた。彼女との二度目のキスは先程とは違ってすぐに離れる事は無く、何度も何度も互いの存在を確かめ合う様に重なり合う。 四方八方、誰の目にも触れない観覧車のてっぺん。 片耳に差してあるイヤホンから流れ聴こえる音楽は俺が知らない穏やかな曲調のラブソングに変わっていた。ヴォーカルの少し掠れた声と楽器が紡ぐメロディーはどこまでも温かい。 観覧車を降りたら真奈美さんにこの曲は何てアーティストの何てタイトルなのか聞いてみよう。 そんな事を思いながらも寄り添い合ったままの俺達を乗せたゴンドラはゆっくりと地上へと向かう。 観覧車の中で過ごす時間はあっと言う間に終わるけど、これから二人が一緒に過ごす時間はまだまだ続いて行くのだ。 ...END
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