:: 小さな世界で繋がった二人 | ナノ

06:君が居るだけで上がる室内温度


バイト仲間が食中毒になってしまった結果、この一週間その穴埋め要員として急遽バイト時間が伸びたりとシフトを変えられた。
食中毒になってしまった彼を悪いとは思わないしむしろ早く良くなって欲しいと思う。それに仕事自体は嫌いじゃないし、純粋に仕事の量が増えた事だけを考えれば苦では無いのだが、締めきりが近いレポートもあって大学での授業、バイト、家ではレポート作成となかなか忙しくここ数日寝不足だ。講義の間に居眠りしてしまえば少しは楽になるかもしれないが、どの授業もそれなりに楽しく不思議な事に抗議の間は眠気も吹き飛ぶ。それはバイト中にも言える事で。空き時間や移動時間はもっぱら眠いが、何かを考えたり身体を動かしる間は眠気に襲われずに済んでいる。
今日も授業が終わってからバイトがあり23時までの予定。明日は授業が無いから今日を乗り越えれば少しはゆっくり寝れるだろうか。

時間きっかり、とは行かず片付けや何やらをして家に帰って来れたのは24時ちょっと前。外から見た自分の部屋は灯りが付いていた。その灯りを見て「亜璃が来てるんだな」と思いながら、玄関の前でポケットから出した部屋の鍵を差し込みガチャリと開け、ドアノブに手を回したらガタっと音を立てた扉が開く事は無かった。鍵を開けたつもりがどうやら閉めた様だ。いつも部屋に入ったら鍵を閉めろと言ってるのに、どうやら今日も彼女は鍵を閉め忘れた様だ。もう一度鍵を差し込んでからドアノブを回すと今度はガチャっと音を立てながら開いた扉。

俺が居ない時には大抵テレビを見たりしてるのだが、ドアを開けても室内はやけに静かだ。亜璃が来てると思ったが実は朝に家を出る時、鍵も掛けず電気も付けっぱなしで出掛けてしまったのか?なんて一瞬頭を過ったが、視線を落とせば玄関には亜璃の靴がある。
亜璃がこの部屋の中に居るのは確かな様だがいつもと違って静か過ぎる。寝てしまっているのか、いつぞやみたいに具合が悪くなって倒れていたりしないよな。なんて色々考えながら、部屋の鍵を閉めてから部屋へ向かった。

玄関を入ってすぐにある浴室とトイレ、そしてキッチンと言うには大袈裟過ぎる簡易的なガスコンロと流し場を通過し(と言っても大した距離では無いが)7.5畳の部屋に足を踏み入れると、部屋の隅にあるクッションに凭れる様にして亜璃は真剣な顔で漫画を読んでいた。
レポートをやってる時は集中力の欠片も無い亜璃だが、何かを作ってる時やこうやって漫画や映画なんかを見る時の亜璃の集中力はとてつも無い。多分、今も俺が帰って来たのにも気が付いてないだろう。


「ただいま。」
「…あ、おかえり。」
「また鍵開けっぱなし。」
「うん。」
「うん。…じゃ無いし。」
「次は気をつけます。」
「その言葉、何十回も聞いた。」
「凜ってお母さん以上にお母さんだよね。」


あはは、と笑いながらそう言う亜璃の顔を見ながらこれ以上何言っても「お母さんみたい」って言われるのが目に見えてきたから、溜息を溢してこの会話を終える事にした。
亜璃のお母さんの気持ちが何となく分かる気がした。だけど何となく分かってしまう事が何とも言えないとも思う。


「この漫画初めて見たけど買ったの?」
「先週タケから借りたけどまだ読んでない。おもしろい?」
「うん。一回読んだら続きが気になって止まらない。」
「晩ご飯は?」
「食べてから来た。凜は?」
「バイト先で休憩時間におにぎり食べた。」


この一週間亜璃も大学で昨日までの提出課題があったらしく忙しかった様で、こうやって会うのは10日ぶりだろうか。

俺は国立の理学部、亜理は美術大のデザイン学科に通っている。隣に居る彼女と同じものを見ている筈なのに、まるで違うものを見ているのでは無いかと思うくらい、物の捕え方や感じ方が違ってる時があって。普段はマイペースだったり、何気ないで一緒に笑ったりもするが、ふとした時の発想だったりそうゆう持って生まれた天才的な部分がある彼女は凄いな、なんて時々思う。

こうやって同じ空間に一緒に居ても、彼女との過ごし方はその時々によって違う。俺が課題をやってる傍らで亜璃がテレビを見ていたり、こうやって俺が寝ようとしてる傍らで亜璃が漫画を読んだり。
一緒に居る事イコール二人で常に一緒に何かをする訳でも無い。今みたいに会話だってほとんど無しに互いの時間を過ごす事もザラでは無い。
だからと言って一人になりたいのにとか、邪魔だなとは思わない。互いが空気みたいな存在になってる。多分、きっとそれがお互いがお互いに求める関係性なんだと思う。
勿論、普通のカップルみたいに二人で居る時間を大切にだってする。話題が尽きる事は無いのか?と思うくらいよく話す事も、二人の間に距離が無い様にくっつく事だってある。

常に空気の様な訳でも常にくっついてる訳でも無い、だけど必要な時にはきちんと傍に居られるこの関係が心地良い。


「……凄く眠いから俺、シャワー浴びてとっとと寝るよ。」
「うん。私の事は気にせずどうぞ。」


持っていた荷物を床の上に置き、スエットを持って浴室に向かう。
熱いシャワーを全身に浴び、髪と身体をザっと洗って早々と浴室を後にした。部屋に戻る前に冷蔵庫から冷たいお茶を取り出し、去年の俺の誕生日に瑠璃ちゃんが「二人で使ってね」とくれた某有名キャラが描かれたペアのコップふたつにお茶を注いで部屋に戻ると、帰ってきた時と全く変わらない場所、同じ様に真剣な顔で亜璃はやっぱり漫画を読んでいた。しいて変わったのはシャワーを浴びて温かくなった俺の身体からシャンプーとボディーソープの淡い香りが漂っていると、亜璃が読んでいるのが次の巻になっていた事。

片方のコップを亜璃が座る場所から近い位置にあるテーブルの上に置き、もう片方のコップを口に付ける。喉を伝うお茶は冷たくシャワーを浴びたばかりの身体を潤してくれる。
一気に飲み干して空になったコップを、まだ手を付けて無いコップの隣に置きベッドに潜り込んだ。


「戸締りと火の元は消してあるから寝る時に電気消してね。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。」


静かだけど明るいままの部屋。青白い光を放つ蛍光灯の下で過ごす一人の夜は無機質な灯りにしか感じないのに、いつもより少し温かな光を宿し、心なしか室内の温度も昨日までより温かく感じるのは亜璃が同じ空間に居るからだろうか。
そんな心地良さを感じながら瞼を閉じれば疲れていた身体は瞬く間もなく眠りに落ちていく。
現実と夢の境目、俺に近づいてくる気配と頬に感じる微かな温もりを感じた様な気がした。

―――……。

明け方、と言ってもまだ太陽が顔を出す事無くタイミングを伺っている様な薄暗い時間。うとうとしながらも瞼をうっすら開けると、漫画をキリの良い所まで読んだのか、そのまま一気に読み切ったのか分からないけれど亜璃が布団の中に潜り込み眠っている。
向かい合わせにあるのは、両手を胸の前で組んで眠る小さな身体。普段はすこしきつめの印象を受ける瞳は閉ざされ、薄く空いた唇はすぅーすぅーと呼吸音を溢していて、たまにすぴっと鼻が音を立てる。そんな姿はまるで子供みたいだなと思った。

母親の様な気持ちとかなんかじゃなくて、胸に広がるのは目の前に居る亜璃を愛しいなと思う気持ち。

ぼんやりする意識の中、眠る亜璃の頭を撫でる様に髪を梳けば、指の間から零れる黒髪。その髪の質感を確かめる様に暫く手を上下に動かしていたが、撫でていた手の動きをポンポンという動作に変えてみると「……ふふっ。」と小さな笑い声が聴こえて顔を覗けば、そこにあったのは寝たままの亜璃の顔。


「寝笑いかよ…。」


そう言った後に零れるのは呆れとは違った笑顔。
眠る亜璃の頭を静かに抱き寄せると、亜理の長くてサラサラしている髪の毛からは俺と同じシャンプーの香りがした。
そんな亜璃の体温や香りを感じながら、再び瞼を閉じればすぐに訪れる心地良い眠気。

このままもう一度寝よう。テーブルの上に置かれている空のコップふたつが、朝日を浴びキラキラ輝く時間まで。


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