:: 小さな世界で繋がった二人 | ナノ

05:不変であり可変である


約5年ぶりの再会は突然訪れ、同じタイミングで発した互いの名前が重なった。
それはいつもの様に、仕事していた日の出来事。
久しぶりに見た顔も久しぶりに聞いた声も5年前と比べたら大人びたものに変わっているのに、5年という歳月を一切感じさせない再会。



親父の転勤で中学3年の途中で生まれ育った地元を離れ、高校生活を地方で過ごした。田舎だけど、その土地柄なのかとても温かい環境だったと思うし、仲の良い友達も出来たし、高校生活も楽しかった。そんな高校生活を終えてから進学しなかったのは、進学してまで得たいと思える知識も無ければ正直もう勉強なんかしなくていいと思ったし、馬鹿な俺でも遊ぶ為に進学して親に面倒かけるのはどうかなと思ったから。
だからと言って特別親孝行な訳でも無い。ただ、自立とか自由って言葉を履き違えて親元を離れて好き勝手したいと思ったのが一番の理由かもしれない。
これと言ってなりたい職業というものは無かったが、昔から人と接する事は苦手でも無かったのでそんな感じの職種に地元で就ければそれでも良いと最初は考えていた。だけど様々な求人を見てるうちに東京で就職するのも悪くないかななんて思えてきて。最終的に全国に何店舗も店を構えている飲食店の東京店に就職を決めた。

東京で始まった新生活。学生から社会人になって変わったなと漠然と思えたのは社会人としての意識がどうこうとかそんな事よりも、今までの様に親元で好き勝手のんびりと過ごしてきた生活ではなく、自分で色々考え行動しないといけない生活になったなという事。仕事内容というよりも一日の来客数によって自分が動かなきゃいけない事を考えたり、単純に拘束時間が増えたり。
仕事が忙しいという理由だけではなく、休みの日は休みの日で年の近い同僚や友人と遊び歩いたりと一日があっと言う間に過ぎる毎日だった。

そんな風に社会人として2年が過ぎた頃。
今日もいつもと変わらない一日。前日の夜は飲みに出かけたので昼過ぎに起きて、少しだらだらし夕方前から深夜まで仕事。いつもの様に厨房と客席を行ったり来たりを繰り返したり、厨房にヘルプで入ったり。でも今日は比較的あまり客数が多くも無いのでどちらかと言えば落ち着いた日だな、なんて思いながら仕事に励んでいた。

ピンポーン、という呼び出し音を鳴らす掲示板に目を向け、呼び出しボタンが押されたテーブルへと向かい客の顔もろくに確認せずに「お待たせ致しました。ご注文は。」と決まり文句を向け顔を上げてみれば視界に飛び込んできたのは、数年ぶりに会う筈なのに当時の面影というか雰囲気を残したままの良く知っている人物の姿で。
向こうも注文しようと顔を上げて視線の先にある俺の顔から何かを思い出す様にじっと見つめ、二人ほぼ同時に互いの名前を呼び合った。


「……タケ?」
「……凜?」
「うわ!タケじゃん!久しぶりだな!ここで働いてんの?」
「おう、2年前にこっちで就職して。…凜、オマエは今何してんの?」
「俺は勉学とバイトに励むK大生。ちなみに今日はバイト無い日。」
「へぇー。しっかし、オマエあんま変わってないな。」
「そうゆうタケだって変わってねーよ。」


秋村凜。幼稚園から中学までの同級生。中学3年の夏に俺が家の都合で転校して以来の再会。
転校してすぐは連絡を取らない事も無かったが、生活拠点が変わった事で今までの一緒に遊ぶなんて事も出来なくなる。そうやっていつの間にか自然と連絡を取り合うなんて事も無くなり疎遠になってしまっていた。
この5年で顔つきだって大人にもなった、それ以外にも変わった部分はあるだろう。なのについ先日も会ったみたいな、自分達の間に互いが知らない5年という年月が過ぎている事を感じさせない再会だった。「あぁ、凜だな」って安心出来ると言うか、とにかくそんな感情しか湧いてこない。

積もる話もある。だけど今俺は同級生との再会を思う存分感じてる場合では無い。同級生であって、彼は今この店のお客様だ。社会人として、きちんと自分の仕事をしなければと意識を切り替えたのと同時。凜の奥に座ってる女の子に気が付いた。俺達よりも少し年下だろうか?小柄で綺麗な黒い髪の女の子。凜に妹は居なかった筈だから、彼女だろうか。
中学までの凜は本人は自覚してないがそれなりにモテてて。でも当の本人の口から「あの子可愛いよな」とか「好きな子が居る」とか聞いた覚えが無かった。そんな凜でも今は彼女と一緒に飯を食いに来てる。やっぱりこの5年間はただ漠然と流れていた訳ではないんだな、なんて思った。


「すみません。」
「え、あ、いえいえ。どうぞどうぞ。」


誰コイツ?デート中に何なの?とかあからさまな不機嫌さとか居心地が悪いとかそんな雰囲気じゃなくて、本当に自分の事は気にせずに続けて大丈夫ですよ。と言った感じで俺に向かって言う女の子。


「あ、えーっと、彼女の君嶋亜璃。」
「はじめまして。えーっと、君嶋亜璃です。」
「あ、俺は凜の地元の同級生で飯塚岳って言います。デート中に突然すみません。」
「…いいづか…がく、さん?タケさんじゃなくて?」
「はい。タケっていうのは凜に付けられたあだ名です。」
「ガクって八ヶ岳とかの岳って字なんだ。丘って書いてその下に山。それでタケ。ちなみにイイヅカは飯に塚で飯塚。」

凜がタケというあだ名の理由を補足をする。すると君嶋さん(多分同じ年か少し下だと思うけど初対面だし)は頭の中で岳という字を思い浮かべてるのか視線を天井の方に向けながら何やら考えてる様な顔をした。


「凜とは幼稚園から一緒で『ガク』って呼んでたくせに、小3くらいだったかな…?『ガクの名前ってタケっても読むんだな』とか言い出して、それ以来凜にはタケって呼ばれました。後にも先にも俺をタケって呼ぶのはコイツくらいです。」
「え?そうなの?」
「そうだよ。オマエ以外呼ばねーよ。」
「そうだっけ?」
「…ふふっ。二人とも久しぶりの再会?なのに、仲良さ過ぎ。」
「「……そう?」」
「ほら、息もぴったり。うん。」


そう言って笑う君嶋さん。初めて見る笑顔なのに、そう感じさせない笑顔だと思った。

凜と再会したばっかりで、二人がいつから付き合ってるとか分からないけど、彼女と凜は昨日今日付き合い始めた関係なんかじゃないんだなって、思った。俺の知らなかった凜の5年…、それよりももっと前の、年月なんか関係なく凜の事を全部知ってる様な、そんな気がした。


「あ、お客様ご注文はお決まりでしょうか?」
「今更仕事モード。」
「うっせー。」
「ははっ、仕事の邪魔してごめん。それじゃあ……。」


凜からオーダーを聞きながらメニューを伝票に書き留め、マニュアル通り注文オーダーを復唱する。


「以上でよろしいでしょうか?」
「はい。……あ、タケちょっと待って。」


そう言って凜はテーブルの上にあるアンケート用紙とペンを取り、何かをサラッと書いて手渡される。


「これ、俺の携帯。番号もアドレスも変えて無いけど一応。せっかく再会出来た事だし今度ゆっくり会おう。暇な時に連絡頂戴。」
「ああ、サンキュ。連絡するよ。……それじゃあ、ゆっくりしてってな。君嶋さんも。」
「え?あ、はい!」
「それじゃあ、お待ち下さい。」
「またな。仕事頑張れよー。」
「どうも。」

マニュアル通り、そして久しぶりに再会した友人とその彼女に向かって店員としてとはまた別の感情もこめて一礼してから席から離れる。
胸ポケットに手渡されたアンケート用紙をしまいこんで、仕事に戻った――…。









「タケ!」
「ハマー!」
「………え?」
「そんな所で寝てたら風邪ひくよ?」
「っつーか、オマエのイビキ。幼稚園の時から変わんないのな。」
「……あれ?」


いつの間にか寝てしまっていた。首を左右に振ればここが凜の部屋だと、起きぬけの脳が認識する。今日も仕事が終わってから凜の部屋に遊びに来てたんだっけ、なんて思いながらさっきまで見ていた夢を思い出した。


「…夢、見てた。」
「どんな?」
「オマエと再会して、亜璃ちゃんと初めて会った日の。」
「え?あたしも出たの?」


凜と再会した日、仕事が終わってから胸ポケットに入れたアンケート用紙に書かれた連絡先は、俺の携帯に残ってる凜の番号とアドレスのまま。
本当は引っ越してからも東京に来てからからも、アドレス帳を開いて『秋月 凜』という名が目に入ると「今、アイツ何してんだろ。」なんて思う事が何度かあった。だけど、これと言って用事も無いのに連絡するのも何だか気恥かしい様な、凛は凛で俺が居なくなってからもっと仲の良い友人も出来ただろうしとか、そんな事を思うと電話もメールもする事は出来ず。ましてや凜も東京に居るとは思っていなかった。
だから、再び連絡を取る事となったきっかけである偶然の再会って何だかすげーなって思いながら、念のため、件名に自分の名前と本文に番号を書いたメールを送ったら「知ってる(笑)タケの連絡先残ってるし。」って返事が返って来た。

それから互いに都合の良い日を選んで飲みに出掛け、酒を飲みながら俺達の間にある空白だった5年間の話もした。
大学進学で東京に出てきたもんだと思ったら、実は高校の時にお袋さんの実家がある東京に来たらしい。理由は母方のばあちゃんの体調が良くなくて長女である凜の母親が面倒を見る為。凜の父親はもともと母親との関係もあまり良く無かった事や仕事の都合もあり地元に残る事にしたそうだが凜は母親に付いてきた。
母親にばあちゃんの他に自分の面倒まで見させるの申し訳無いと、進学では無く就職した方がいいのではと思いもしたが「勉強したい事があるなら大学に行け」と言う母親と「自分のせいでこれ以上我慢して欲しくない」というばあちゃんの言葉、それから地元に残る父親から「オマエに父親らしい事が出来なかった分、大学に行きたいなら俺にその学費を払わせる資格をくれ」と連絡を貰い、進学を選んだがやはり自分の中で申し訳ないという気持ちもあって、バイトをしながら一人暮らしを始めたそうだ。

昔の凜は自分の事を何でも話す様な奴じゃなくて。いつだって笑顔だけど実はあまり自分の感情を表にしない様な所というか、人から好かれる人間なのに心に壁を作ってる様な。そのせいか「人の感情に疎い」なんて言われていたりもしたが、本当は凄く繊細で優しい人間なんだと俺は思っていた。
笑顔なのに今にも泣き出しそうに見える事もあって。友達だからって何でも聞いたり話す必要は無いと思ってる。本当に友達だから、話したい時に話してくれればそれで良いって。でも本音ではコイツのこうゆう所を俺は心配していた。

だけど再会してから見る凜の笑顔はどれも心から笑ってる気がした。あれから身体的な成長を除いて、一番変わったのは笑顔だろう。パッと見は全然変わらない様だけど、何だかその笑顔は良い意味で随分と変わった気がする。それにこうやって自分の事も話してくれる様になった。
だからきっと俺の心配なんてきっともう必要無い。

仕事が終わって、凜もバイトが終わって家に居るという事で遊びに来ていたある日、俺が凜の家に来てるとは知らない亜璃ちゃんから凛に「ねぇ、おもしろいDVD借りたから一緒に見よう。今から行くから!」と連絡が来て、気を遣って帰ろうとした俺だけどそのまま引きとめられ、3人で凜の部屋でDVDを見る事になった。
来て早々は人見知りぶりを発揮していた亜璃ちゃんだけど、それも時間が経てば段々慣れに変わり、気が付いたら彼女の事も色々知る様になる。年は2学年下だとか、妹が居るとか。ちょっと変わってるとか。だけど芯は強い子だとか。
そんな彼女の内面を知るまでにそんなに時間は必要無かった。

亜璃ちゃんは俺の事を『がっくん』と基本的には呼ぶのだが、ごく稀に『ハマー』と呼ぶ。理由は連想ゲームから辿り着いた結果らしい。初対面からもすぐ2年が経つだろうか。こんな風にまるで昔からの友人かの様に接する様になるまではゆっくり時間がかかったなんて事は無く、会って数回目にはこんな感じになっていたと思う。

頻繁では無いけど、たまにこうしてこのカップルと過ごす時間が楽しいと心から思う。それは凜と亜璃ちゃんの二人だからだろう。
そしてベタベタしてる訳でも無いけど、この二人は本当に互いの事が好きで当たり前の様に一緒に居るんだなって思えたし、こんな二人みたいな関係を正直羨ましくも思えた。

起きぬけの身体を起こし瞼を擦ろうと手を目元に持ってこようとしたら、手の甲に寝る前までは無かった油性ペンで描いたであろう落書きがしてある。あまり上手とも言えない髪の長い女の子の絵。その絵には吹き出しで「アイス食べたい 買ってきて」と女の子らしい柔らかい線の字で添え書きがある。
そんな絵とメッセージをじっと見つめてから視線を上げれば、ニコニコと子供みたいな笑顔を浮かべた亜璃ちゃんが俺を見ていた。


「亜璃ちゃんって、たまに俺に対する扱い酷いよね。」
「え?そんな事無く無い??」
「いや、それ俺も思うよ。」
「えー?凜までそうゆう事言うの?」
「っていうオマエも結構酷いけどな。」
「どこが?」
「なんか、オマエ等似た者同士カップルだと思う。」
「「だからどこが??」」
「……何アイスが良い?」
「「カップのバニラ。」」
「……そうゆう所が。」


息がぴったり。
初めて亜璃ちゃんに会った時、俺と凜の事をそう言ったけど、本当に息がぴったりなのは君ら二人だよ。

何も変わって無い様でいて、だけどそこには確かに大事な存在を得た事が伺える笑顔を浮かべる様になった友人と再会したあの日の偶然を、俺は必然だったと思いたい。


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