:: 小さな世界で繋がった二人 | ナノ

10:理想運命論


「タケさ、彼女居ないじゃん?」
「…………は?」


凜から「今週早番なんだろ?夜空いてるなら一緒に飯食わない?」と言う誘いを受けた。少し前に実家から送られてきたハムの賞味期限が近かった事を思い出したので、飯を食べるのなら外では無く俺の部屋に来てハムの消費を手伝ってくれる様にお願いした。亜璃ちゃんも連れて来ていいと言ったのだが「亜璃は実家で晩飯食べるって言ってたしお前に話たい事がある。」と言われたので、改まってどんな用事だと少し身構えて居たのだが俺んちに上がり込んで早々凜が口にした言葉をどう受け止めていいものか悩んだ。

確かに彼女は居ない。だが断じてモテない訳でも無い。むしろ付き合った人数と経験人数がイコールでは無い所謂遊んでる人間だった。

……ちょっと前までは。

ふらふらと女の子と遊ばなくなった理由は、半年程前に仕事でチーフになった事もあり(バイトが多くて社員が少ない現場だからなれた様なもんだけど)仕事が忙しくて遊んでる所では無いというのが半分。と言うもののこうして時間を見つけては凜や他の男友達と遊んでいるのだから、時間が無いというのは言い訳にしかならない。

まぁ、一番の理由は身近に居るカップルが当たり前の様に幸せそうだから。
いつまでもふらふらしてないでこいつらみたいな恋愛がしたい、と柄にも無く思ってしまったのである。
だけど本人を目の前に、こんな事言うのは何だか癪なのでこれは言わないでおこう。


「居ないけど、だから何ってんだよ?」
「良い雰囲気の子とか狙ってる子は?」
「居ない。…あ、バイトの子が何か俺に気があるっぽいよーって他の社員さんに言われたけど。悪い子じゃないけどそうゆう風に見れないし。一応社員の俺がバイトの子に手を出すのも何だかなーっていうか職場恋愛っていうのが何だかなー…って感じ。職場を離れたらお前とか他の野郎連中と遊んでるしな。今、女っ気本当に無いわ。」
「よしっ。」
「あ?何が「よしっ」だよ?」
「あのさ、お前に紹介したい子が居るんだけど。」
「……は?」


同じ大学でタメの子。可愛い系だけど性格は女の子女の子してなくて男友達も多い。明るくて社交的。そんでもって良い奴。
と、凜が俺に紹介したいという女の子について語り出した。

正直その子の事よりも、こうして凜が紹介とか人の色恋事に首をつっこむ姿に驚いた。

俺が知ってる昔(中三まで)の凜はキャーキャー女子に騒がれるタイプでは無いが、女友達も多い隠れモテ男タイプだった。本人は無自覚っぽかったし、凜の口から「好きな子」という話を聞いた事も無かった。
野郎が集まって学年で誰が一番可愛いだとか、教育実習できた若い先生はどうだ、と言った類の会話しても凜はあまり食い付かなかった。人に話すのが苦手だとかでもなく、単純にあまりそうゆう事に興味が無かったのだろう。
こっちで再会した時には既に亜璃ちゃんと付き合っていたけど、今までの恋愛話なんてものはしなかったし俺がふらふら遊んでる時も特に何も言ったりしてこなかった。

そんな凜が紹介?人は変わるもんだなと思いながら実家から送られてきたハムを齧るとジワッと口いっぱいに広がった旨味。
母ちゃん、これ高いハムだな。ありがとう。そんな事を思いながら咀嚼を続けていると、「ヤバっ、めっちゃ美味い。」と凜も普段自分では買わないであろうハムの味に感動していた。


「半年くらい前だったらタケになんか紹介しようと思わなかったけどさ。」
「おいっ。」
「だって、タケふらふら遊んでたじゃん。」
「……否定はしねぇけど。でもそんな奴に紹介する気に何でなった訳?」
「根は良い奴だって知ってるし。それに、タケと「高梨」は気が合うと思うし。」
「高梨?」
「お前、俺の話聞いてた?紹介したいって子の名前。例え付き合う事にならなくても二人なら確実に良い友達になれると思うんだけど。」


高梨さんね…。と、凜が紹介しようとしてくれている女の子の名前を頭の中で反芻してみた。

出会いのひとつとして有りだと思うが、ぶっちゃけ紹介ってあんま好きでは無い。紹介してくれた友達との仲が良ければ良い程、紹介された相手と実際連絡を取り合う様になったり会ってみてイマイチピンと来なかった時に困るから。
高校時代に友達の彼女の友達を「お前みたいのがタイプだって子居るんだけど」と紹介された事がある。第一印象はまぁまぁで別に悪い気もしてなかったのだが、連絡を取る頻度が増えるにつれて「今何処で誰と何してるの?」「何で連絡くれないの?」などその時点ではまだ付き合っても居なかったのに束縛が激しい彼女の様な言動が多く、結局自然とこちらからの連絡を断とうとしたら相手が何故か激昂し友達カップルまで巻き込んでの騒動に発展したという苦い思い出が実際ある。

まぁ、凜の友達という時点でそうゆう面倒な人間では無いとは思うからそんな面倒な事になる心配は要らないと思うが。


「でもな……。」
「ん?何?」
「俺も紹介とかじゃなくて運命的な?そんな出会いから恋を始めてみたい。」
「は?」
「あれは雨が降る日の出来事だったそうじゃ…。」
「……なんでタケが知ってんだよ。つーか何?その昔話みたいな語り口調。変。」
「変言うなし。亜璃ちゃんに聞いたからに決まってんだろ。」
「……亜璃の奴、余計な事を…。」


ぶつぶつ言う凜を横目に、亜璃ちゃんから二人が出会った日の事を聞いた日の事を思い出していた。





凜の部屋で三人でダラダラ過ごしていた夜。確か亜璃ちゃんがテーブルの上にコップを置こうとしたら手を滑らして落としてしまい、隣に居た凜の膝の上に派手に並々に注いであった麦茶が盛大にぶちまけたのだ。
「きゃっ!」「うわっ!」「おう!?」と三人それぞれ声を上げて、水浸し状態のテーブルや床を拭いた後「着替えるついでにシャワー浴びてくる」と部屋を出た凜。
部屋の中に亜璃ちゃんと二人っきりになった途端、さっきまでの騒がしさが嘘の様に室内はシンっとし、窓の外から雨音が小さく響いて聞こえた。

「……ふふっ。」
「こら。麦茶零した張本人が笑うな。…って俺は別に被害にあってないから良いんだけどさ。」
「ごめんね。でもこれは違うの。ただの思い出し笑い。」
「思い出し笑い?」
「うん?」
「いや、凜と初めて会った時もこんな風に雨が降っててシチュエーションは全然違うんだけどずぶ濡れにさせちゃったんだよね。」
「へぇー。二人が出会った時の事って初めて聞いた。」





「――って感じで始まり、色々その時の事を聞いた訳。」
「ふぅーん…。」
「口尖らせたって可愛くねーぞ。つーか何?聞かれちゃまずかったとか?」
「別にそんなんじゃないけど。」


そう言って口をとがらせたままの凜。こいつのこうゆう表情は小学生の頃から変わらない照れ隠しだって知ってる。


「羨ましいよ。」
「何が?」
「運命、って思える様な気がするじゃん。」


ぼそっと零れた言葉。独り言の様に呟いたそれだけど、凜の耳にもしっかり届いた様で目をパチクリとさせている。


「………何だよ。」
「いや、タケがそんな事言うなんて思ってなくて。……運命か。」


消え入る様に、だけどしっかりとその言葉の意味を噛みしめる様に、きっと亜璃ちゃんの事を想いながら凜の口から零れた「運命」という単語は優しく、温かく、スッと胸の中に溶け込んで行く様な響きを持っていた。

俺にも凜の様に「運命」と心の底から呟ける相手がこの世界の何処かに居るのだろうか。
だけどそれは何となくだけど、二人の様なドラマチックな出会い方では無く日常の何処かに転がってる様な些細な事かもしれない。と思う。
凜には似合うドラマチックな展開。だけど俺にはそうゆうのは似合わない気がする。理想と現実ってやつだ。些細な事で繋いできた人生。凛と仲良くなったキッカケだってきっと些細な事だった筈なのに、今ではこんなにもかけがえのない時間や思い出を作ってる。

こうして凜とハムを食べてる時間も軽い気持ちで聞いていた紹介話も今は些細な日常の中の出来事だが、数日後、数ヶ月後、数年後には「運命」の一部になってるのかもしれない。

……ハムから始まった運命って何だ。でも、それはそれでおもしろいかもしれない。


「高梨さん、だっけ?向こうには話してあんの?」
「ん?あぁ。タケに聞いてみなきゃ分かんないから「どうなるか分かんないけど」みたいな感じでサラっとだけ。」
「ふぅーん。…分かった。もう一回確認してみてくんね?それでオッケーだったら俺に連絡先教えて。こっちから連絡してみるわ。」
「オッケー。……ははっ。」
「何だよ?」
「いや、何かこうゆうの良いな。」
「…んだよ、お前が楽しむなっつーの。」
「楽しんでる訳じゃねーよ。」


「運命」って呟いた時みたいに柔らかい微笑みを浮かべた凜。温かくて優しい気持ちに包まれる様なその笑顔につられて俺も微笑を零した。

理想通りにいくよりも、俺にはこんな風に些細な事に喜びを感じて繋がっていく未来がきっとお似合いだろう。


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