今はまだ好きと言えない

【議題】なぜ私には恋人ができないのか。

ヒーロー、ましてやヒーローの卵が恋愛をしちゃいけないなんてルールはどこにも存在していないし、私としては仮にも華の高校生だもの。恋愛の一つや二つ経験した方が良いと思うわけですよ。
この雄英高校にはヒーロー科だけじゃなくて経営科、サポート科、そして普通科まで存在している。

出会いなんていっぱいあるはずなのに、どうして。どうして…?


「はあ…耳郎ちゃん〜。」
「何。どうせまたロクでもないこと考えてるんでしょ」
「ロクでもないって…!私はいつでも本気だもん。」

じとりという効果音がぴったりな目で私を見た彼女は、はぁとわかりやすく溜息をついて見せた。それがクラスで一番仲良しの女子生徒に対する態度なのですか!?

「そんな他に目を向けなくたって、なまえには轟がいるでしょ」

轟とは、私の幼馴染のことだ。同じクラスで、家も近所。あのプロヒーローエンデヴァーの息子である彼と幼馴染ということで、当たり前にエンデヴァーとも顔馴染みだ。

…そして、うん年拗らせている片想いの相手である。何も言い返せず押し黙った私を見て、耳郎ちゃんは再び息を吐いた。


「ほんっとさー…いい加減告白の一つや二つしたらいいじゃん。あの天然野郎に何もせずに伝わると思ってんの?」
「うっ…」

ごもっともすぎる。彼はドがつくほどの天然だ。そもそも男女の好きとか嫌いとかいう感情を知っているのかどうかすら謎。幼い頃から成長を共にして隠していることの方が少ない相手に対して、今更恋心をぶつけるなんてそんなこと…私には無理。
焦凍が天然なのが悪い。普通だったら気づくだろ、と心の中で悪態をつきつつ、私に勇気がないだけなのは分かっている。この距離に甘えているだけだ。


「なまえ、ちょっといいか?」
「えっ!?…あ、うん、どうしたの?」

頭の中に彼を召喚しては消してを繰り返していたら、目の前に本物が現れた。開いた窓から吹き込む穏やかな風が、サラサラと髪の毛を揺らしている。
チラリと耳郎ちゃんを見れば"ほら、言わんこっちゃない"とでも言いたげな目で私を見ていた。いや、絶対に心の中で言ってるな。

「姉さんが、なまえと飯食いたいって言ってる。次の休み、一緒に帰らねぇか?」
「…え、うん、いいけど。」

「週末ピザパしようって話してたんだけど、二人帰っちまうのか!?」

会話を聞いていたであろう上鳴くんが割り込んできたところで、初めて焦凍の顔を見た。ちょっと気まずそうな顔をしていて、つられて苦笑いを浮かべる。


「わリィ、姉さんに言って日程ずらすか」
「冬美ちゃんも忙しいだろうし、週末帰ろうよ。私も実家から持ってきたいものあるし。ね?…てことでごめんね、上鳴くん!」

「ちぇ、なまえは絶対轟優先だもんなぁ…。しゃーない、また今度な!」
「え、ちょ」

上鳴という男は突然余計なことを言ってくる。その一言に、ひやりとお腹あたりが冷たくなった。何かバレてしまっただろうか、と恐る恐る顔を上げると、当の本人はなんの気もなさそうな顔を浮かべていた。
無駄にイケメンな幼馴染でムカつくな、全く。

「…じゃ、週末帰るって姉さんに伝えておく」
「ん。冬美ちゃんのご飯楽しみにしてるね!」

必要なことを、必要なだけ。最近の私たちはそんな感じ。入学してすぐの頃は私にだけ笑いかけてくれて、私にだけ無駄な話もたくさんしてくれていた。最近では緑谷くんや委員長、お茶子ちゃんや梅雨ちゃんと仲が良いみたいで、昼食を共にしたりしてる。そんな焦凍を見て「成長したなあ」と感じる私と、「さみしいな」と感じる私がせめぎ合っている。

今もまた、必要な連絡を私に告げた彼は、すぐに背中を向けていつもの輪の中に帰っていった。私が知らない焦凍は、一体どんな話をしているんだろう。


「おー、乙女の顔してる」

ぼーっと見つめていた私に、戻ってきた耳郎ちゃんは面倒くさそうに呟いた。だからその態度はちょっと酷いじゃん。


「なまえって乙女だったのか?」
「え、切島くん!?失礼すぎじゃない!?」

「なまえは恋する乙女だもんなー!」
「ちょっとそこ声でかい、うるさい。無理。」

「なんで俺だけ怒られんの!?」


いつの間にか席の周りに集まっていたやかましい集団に絡まれ、ムキになってしまった私は、周りからの視線に気づかずにいた。


◇◇◇



「なまえちゃんって好きな人いるんだね」
「み、緑谷くん!?その話は……!」
「あ。」

ふと耳に入ってきた会話は俺の興味を引きつけて、頭から離れてくれなくなった。それを知ってか知らずか、目の前の友人たちはその会話の内容を話題に持ってくる。
なまえは、俺の幼馴染だ。普通の人ならば幼馴染の恋愛事情など知らないまたは興味の対象ではないのかもしれないが、俺は違っていた。

「…ごめん、轟くん」
「いや、俺も聞こえてた。それに…好きなやつがいるっていうのは、なんとなく知ってた。たまに耳郎とかと話してるの聞くしな。」

あいつのことが好きだと気づいたのは、いつだったか。詳細には覚えていないけど、雄英の制服を身に纏った幼馴染を見て酷く高揚したのは鮮明に覚えている。

今考えるとあの時…いや、もっと前からそういう対象として彼女を見ていたんだろうか。


告白しないのか、とこいつらは俺によく言う。…わからない、と言うのが正直なところだ。恋人になったら、今ではできない行為ができると言うのは分かっている。
だけど、そんなものよりももっと、もっと深いところで彼女と繋がっていたいと思ってしまうのだ。そんな自分がたまに怖くなって、いつも怖気づく。だから今の"幼馴染"という違う意味のベクトルで、なまえの側にいられれば。


…というのが、この間緑谷と話していて辿り着いた結論。高校に入ってできた大切な友人は、中学後半から長らく心に沈んでいたこの感情を最も簡単に解決してくれた。

「我慢しすぎた轟くんが、爆発しちゃったりしないといいけど。」

その言葉の意味が、俺にはよく分からなかった。


◇◇◇



相変わらずモテもしないし彼氏もできない平穏(?)な日々が続いたある日。

「なまえ!なんか呼ばれてる!」
「はあい」

どうせ先生だろ、と重い腰を持ち上げて教室の外へ向かうと、男の子が私を見つめていた。あれ、先生じゃない?少し浮き足立った空気を感じて首を傾けると、男の子は頬を真っ赤に染めながら一歩ずつ私に近づく。

…え、これってもしかしてもしかしなくてももしかするっ!?


「なまえさん!す、好きです!僕と付き合ってください!」

ほ、ほんとにきた〜〜〜!!

「…え、っと、えっと……その、」

彼につられてなのか、人生で初めての告白だからなのか。心臓はバクバクと鳴って顔に熱が集中する。廊下のど真ん中で告白されたこともあり、ざわざわと周囲のざわめく音が耳についた。

制服を見るかぎり普通科だろうか。握られた拳が震えているのに気づいてハッとする。この人は勇気を出して私に告白してくれたんだ…。この人はきっといい人なんだろうな、と純粋に思った。
控えめに私を見つめる目の前の男の子はまるで子犬みたいで、撫でたい衝動に襲われる。


「…本当に、好きなんだ。たまたま入試で見つけて、それで…」
「ありがとう、嬉しい。でも、私君のことよく知らないし…」

「これから知っていけばいいでしょ?」

一歩一歩距離が縮まる。手を伸ばせばすぐに頬に触れられるような距離で、彼は私を見つめた。

…ちょ、え、これ、…!

キス、される…!?


「…悪い、こいつは渡せねぇ」

ぐい、と痛いほど腕を引かれて、背中がとんっと固いものにぶつかった。頭の上からは聴き慣れた幼馴染の声が聞こえて、周りから女子生徒の黄色い歓声が上がる。
…なんですかこれ、ドラマですか?

ふわりと轟家特有の甘い柔軟剤の香りがしたと思ったら、唇に柔らかいものが触れた。ぎゃあああと割れんばかりの悲鳴に耳を塞ぎたくなる。恐る恐る顔をあげると、変わらず飄々としている。

「…え、焦凍?」
「なんだ。」

私は今相当ブサイクな顔をしているだろう。声にならないまま浮かんでは消える言葉を飲み込んだまま、気づいたら教室から遠ざかるように走り出していた。

なんだ。なんなんだ。キス、された。


「意味わかんないんだけど!」

珍しく全速力で走ったら息が切れた。バクバクと心臓が鳴っているのは全力疾走したからだ、きっとそうだ。全部気の所為だ。立ち止まって呼吸を整えながら、頭をフル回転させる。焦凍が分からない。ただの幼馴染にキスなんてするか?流石のど天然でもそんなことしないよね?
…いや、でも彼の天然具合はカンストしているからやりかねない。

あぁ、こうやってまた私ばっかり振り回されてる。


「…相変わらず足速ぇな」
「ぎゃっ、焦凍!?」

「なんで逃げるんだよ。約束したの守っただけだろ?」
「は…?」

呼吸を整えながら、焦凍は私の顔をみる。その顔は相変わらず"なんで焦ってんだ"という表情で。

「小さい頃、"他の子とちゅーしちゃだめ!"って言ってただろ。だから…守っただけだ。」
「んん…だからって私と焦凍がキスする必要あった?」
「それは…」


「身体が、勝手に動いた。」

罰が悪そうに、それでもちょっと恥ずかしそうに彼は言った。焦凍が言ってるのは、小さい頃も小さい頃、幼稚園の時の話だ。劇で王子様役になった焦凍が他の女の子とキスをするのを嫌がった私が、泣いて喚いて言った台詞。それをまさか今でも時効にせずに守っているとは…。

言った本人すら忘れていた言葉が、彼に纏わりついているなんて。


「私が誰と付き合おうがキスしようが、焦凍には関係ないじゃん。それなのにあんな廊下のど真ん中でキスする?普通。」

嫌なわけじゃなかった。むしろ彼のことを好きな私からしたら嬉しいことだし。それでもただ"幼馴染"の独占欲として振り回されるのはごめんだった。

「…好きだ」
「へ?」


「お前のことが好きだから。なまえが誰かのものになっちまうかもと思ったら、黙って見てられなかった。お前が幸せならいいと思ってたけど無理だ。ごめん。」


なんだそれ。なんだそれ…!


「あぁでも、好きなやついるのわかってるから、俺とはこれからも幼馴染として…」

「好きだよ。焦凍が好き。」


ぽろぽろ、溢れ出して仕舞えば簡単だった。あんなに言えずにいた言葉たちがするすると恥ずかしげもなく出てくる。


「…は?好きなやつって」
「焦凍」
「嘘だろ、おまえ」
「困ったことに大真面目」


「なんだそれ、幸せだな」

ふわりと笑った幼馴染がムカつくほどイケメンで、ちょっとど突いてやった。
そしたらもっと幸せそうにふにゃふにゃ笑うから、私までつられて笑っていた。


「なあ、もう一回キスしていいか」
「いいけど、次からは聞かないで。恥ずかしいから。」

「…わかった、がんばる。」

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