同窓会に行かないと言ったら捜索されました

「なまえちゃんもとうとう成人式か。早いわね」
「あっという間でした。まあ、成人式とか出ないですけどね。」
「え、なんで!?晴れ着着ないの?」

「前撮りで十分です。…ああいうの、興味ないので。」


先輩とランチを食べてオフィスまで戻る道中、着物屋さんのショーウィンドウを眺めながら先輩は言った。高いビルのモニターには今日も元・クラスメイトの活躍が映し出されている。
興味がないとは言ったけど、本当のところは会いたくないからだ。輝かしい功績を次々とあげる元クラスメイトのみんなに。私は、ヒーローになりきれなかったただのOLだから。

どこの会社でもあの雄英高校ヒーロー科在籍中だ、といえば「なぜヒーローにならなかったのだ」と言われた。責められているわけではないのに崖っぷちに立たされているような気持ちになって、唯一それを聞かれなかった今の会社に即決した。

高校を卒業してすぐに、LINEのグループは退会した。個別に来た連絡はちょこちょこ返したりしていたけど、あれから早2年、誰一人として一度も会っていない。
東京という街に出てきている人はいるはずなのに、見かけたことも一度もない。それほどに、東京という街は狭いようで広いのだ。

会社に戻って今ではもうすっかり仲良くなったパソコンを開く。新着1件のメールは、「雄英高校同窓会のお知らせ」というタイトルのメッセージだった。パソコンのメールアドレスは変えてないから送られてきてしまうのか。


すぐさま「不参加」の旨を返信し、今日中に終わらせなきゃいけない山積みのタスクに取り掛かった。


◇◇◇



12月に入り、街はすっかりクリスマス一色。

キラキラの空気に浮き足立つのをグッと堪えるように、足元に力を入れた。年末にかけて忙しくなる環境に去年は焦ってしょうがなかったけど、今年は去年よりも落ち着いて新しい年を迎えられそうだ。
たまには美味しいご飯でも買って帰ろうかな、と歩き出した時だった。ピコン、とマナーモードにし忘れていたスマホが音を立てる。


『なまえちゃん、なんで同窓会出ないん?』

もしかしたら来るかもしれない、と思っていたメッセージが今日、想像通りの人から想像通りの文面で届いた。思わず溜息が溢れそうになる。だって、会ってどうするの。
私はヒーローじゃないから仕事の話なんてできないし、もう高校生の時の思い出なんて忘れてしまった。私に会っても楽しくないよ。

素直にそのまま返信しようと思ったけど、流石に踏みとどまった私の指は、少しだけ入力した文面を全て白紙に戻していく。

『年始は仕事が忙しいんだよね』


タタタッと軽快に文字を打ち込んで勢いのままに送信ボタンを押せば、そのまま流れるようにスマートフォンの電源を落とした。私はもう、雄英高校のOBという肩書きは捨てたのだ。

浮ついていた気持ちが綺麗に無くなった私は、いつもと同じスーパーに寄っていつもと同じ道を歩いていた。


◇◇◇



その日から、私の平穏は失われつつある
。今までどうやって生きていたのかと思うほど、元クラスメイトと遭遇するようになった。会社の近くのコンビニで上鳴くんと。家の近くにある行きつけのパン屋さんで梅雨ちゃんと。休みの日にたまたま立ち寄ったショッピングセンターで芦戸ちゃん、透ちゃんと。極め付けには、仕事帰りに敵強盗に巻き込まれて爆豪くん、瀬呂くん、峰田くんと。


…こんなのおかしい。

そして皆、開口一発目から「なんで同窓会来ないの!」という。
そして「待ってるからね!」と締めくくって去っていった。

私の返事なんてお構いなしの彼らは当時から何も変わっていなくて、なんとなく悪い気はしなかったのだ。


◇◇◇



「えっ、はい、いますけど…。少々お待ちください。」

今日中に終わらせなきゃならないことが多すぎて、今が何時なのかもわからなくなっていた金曜日。なんだかフロアが騒がしくてうるさいなあ、と思っていると、急に肩を叩かれた。

「なまえちゃん、お客さん、なんだけど…」
「?今日は商談とかないはずですけど。」

「それが…」


先輩の視線を辿ると、そこには色んな意味ですっかり見慣れた緑の頭。相変わらずもさっとしたその髪の毛は、社内の空調に触れてふわりと揺れていた。



「デクくん、急にどうしたの」

先輩は気を利かせてくれたのか手をつけた仕事をまるっと引き受けてくれて、私はお昼休憩になった。…正直、仕事を使って逃げ出そうと思っていた私にとってありがた迷惑だった。

「同窓会、出ないって聞いて。どうしてかなって…」

「それだけの理由で、ヒーローが仕事放棄していいの?」
「…それは、」

会社の屋上で、コンビニの惣菜パンを齧りながらベンチに腰掛ける。冗談のつもりで笑ったけど、あまり笑えないことだったかもしれない。デクくんが少し俯いたのを見て、口内のソーセージが苦く感じた。


「仕事が忙しいの。だから同窓会はいけない、ごめんね。」
「…でもっ、」


「あのさ、私が行って何になるの?私はヒーローじゃない。雄英OBっていう肩書きも捨てた。
 だからみんなに会う理由もないよ」

一つ、また一つ。私が吐き捨てる鋭い言葉たちは、私自身に突き刺さる。
違う、こんなことを言いたいわけじゃない。

私は後ろめたいのだ。
ヒーローというものから逃げて、普通の人のような生活を送りたいと逃げてここにきた情けない私は、皆に合わせる顔がないだけ。


「…轟くんが、君に会いたがってる」


その名前に、心臓がヒュっとなる。いつか、こんな日が来ると思っていた。
飲み込めなくなったパンを流し込むように、ペットボトルのお茶に口をつける。

その名を告げたデクくんは私の様子を伺うように、そっと話し始めた。


「君に言った言葉を、轟くんはずっと後悔してる。
電話もメッセージも拒否されているだろうから、できるなら直接会って話したいって。

…もちろん僕たち皆、君に会いたい気持ちは同じだけど。轟くんは特別君に会いたがってるよ。」

「それを言うためにデクくんはこんなところまで来たの?」
「うん。だってなまえさんは大事な友達だから。」

当たり前のようにそう言って笑ったデクくんは当時と同じ、ヒーローになるために闘志を燃やしていた緑谷出久のままだった。


「でもそう思っているのは僕だけじゃないからね。皆だよ。
A組皆、なまえさんに会いたくて色んなことしてるよ。」

「もしかして、会社も家も皆で割り出したの?…こっわ」
「あっ、えっと…それは…うん、…ごめん、嫌だったよね……」

「ふはっ、みーんな変わってなさすぎ!相変わらず馬鹿っ」


クラスメイトの顔が浮かんだ。
なんでも真剣に馬鹿やって、阿呆だなって笑い合って怒られて。辛いことばっかりだと思ってたけど、全然そんなことなかったね。毎日笑ってた。

皆と笑ってたね。


「…考えておくね、同窓会」


◇◇◇



1月11日・成人の日。

「よしっ、完璧!」
「先輩、ありがとうございます。ドレスだけじゃなくてヘアメイクもしてもらっちゃって…」
「可愛い後輩の晴れ舞台だものっ、張り切っちゃったぁ!」

先輩が貸してくれたAラインが綺麗なドレスは、全体的に淡いブルー。胸元がお花をあしらったレースになっていて、裾はふんわり広がっている。髪の毛は巻きおろして編み込みにしてくれた。
…散々行かないって言ったくせにこんな張り切った格好していくの恥ずかしい気もする。

「うん、超可愛い!行ってらっしゃい。楽しんで来なさい。」

高校近くのホテルで行うという同窓会に向かうため、新幹線に乗った。
デクくんには参加するということは連絡したので、きっと皆知っているだろうな。どんな顔をするんだろう。笑いかけてくれるだろうか。轟くんとは話せるかな。もしも話ができたら、ちゃんと伝えよう。

"ヒーローにならなかったのは、私が自分で決めたことだよ"って。


やっぱり静岡は空気が美味しい気がすると、降り立った駅で肺いっぱいに酸素を取り込みながら思った。
座りっぱなしで凝り固まった身体が解れた時、なんだか心まで解れた気がして一人で笑った。

ヒールの音を鳴らしながら駅の中を歩き、市営電車に乗り換える。見慣れた流れゆく景色はどこも変わっていなくて、安心と一緒に切なさを連れて来る。
変わらない街は、ちょっとだけ怖い。全てあの時に戻ってしまいそうになるから。


「なまえちゃん!こっちこっちー!」

スマホの地図アプリを頼りに会場まで来ると、入り口にお茶子ちゃんが立っていた。私に気づくと相変わらずの笑顔でぶんぶんと手を振る。何も変わらない。
身に纏っている淡いピンクのドレスが、雄英の制服に見えるくらいに。

「よかった、来てくれて。デクくんから連絡きた日にはもう皆で大喜び!バンザーイって!さ、入ろ入ろっ」
「もう、大袈裟だなあ。」


一歩踏み出すと、重厚感のある絨毯にヒールの音は吸い込まれた。少し緊張気味に開けたその扉の向こうには、変わっているようで全く変わっていない、大好きなクラスメイトたちが居た。

予想はしていたけど、すぐさま取り囲まれて揉みくちゃになる。
さすがに"私、愛されすぎじゃない?"と思わずには居られなかった。

真意はこの中で一番人に会っていないクラスメイトだから、なんだろうけど。私のことを忘れずにしつこく連絡をくれた優しい皆に甘えざるを得ない。


相変わらずな委員長とモモちゃんが乾杯の音頭を取り、お酒を飲み、それぞれが散り散りになった。今は地方でヒーロー活動をしている人も多いみたいで、様々なお土産話を繰り広げていた。

お酒を取りに来た時、ボードに書かれていた日付を見てはっとしたその時。


「…ちょっといいか。」
「うん、私も話したかったの。」


◇◇◇



周りの雑踏が遠く聞こえる席で、私たちは横並びに座った。

すっかりお腹いっぱいになった私の手には、アルコール度数の低いカクテルが握られている。やっぱり少しだけ気まずくて、グラスの中身を一気に飲み干した。


「「あのさ」」

「あ、わり」
「ごめん…先、どうぞ」

新品のパンプスを見つめながら、彼の言葉を待つ。久しぶりに聞いた低くて耳心地の良いその声は、少しずつ私に言葉をくれた。


「あの時、何もしてやれなくて悪かった。
 …苦しんでるのに、気づいてたはずなのに、俺は何もできなかった。」


高校3年生の夏、私はヒーローを諦めようとしていた。
その時一番相談に乗ってくれたのは轟くんだ。

私の良いところも悪いところも含めて、お前はヒーローに向いているんじゃないかって教えてくれた。それでも私は自分の力を信じられなかったから、ヒーローの道は選ばなかった。
確かにアドバイスは貰ったけど、最終的に決めたのは私なんだ。轟くんが思うよりも、私が弱かった。ただそれだけ。


「…違うよ。轟くんのせいじゃない。」

「でも、あの時…お前が泣いたあの時に、もっといい言葉があったんじゃねぇかって、今でも思うんだ。そしたらお前は今でもヒーローしてたかもしれねぇし、同窓会に行くか悩むことだってなかっただろ。」


君の声が、震えていた。


「…違うっ。私が弱かったの!自分が死ぬのも、仲間が傷つくのを間近で見なくちゃいけないのも、耐えられる気がしなかった。
 だから…逃げただけなの」

縋るように轟くんの手を握っていた。分かって、伝わって。君は何も悪くなくて、むしろ私を助けてくれたんだよ。

「…"戦うことだけがヒーローじゃない" って、言ってくれたでしょ。轟くんはヒーローだって人間だって伝えたかったのかもしれないけど、その言葉のおかげで救われたの。
最終的に辞めることになっちゃったけど、そのおかげで高校はちゃんと卒業できたんだよ」


あぁ、私泣いてるのかも。って思った時には遅くて、ぽたぽたと手の甲に雫が伝った。

「…逃げるってことを選択できたお前は、十分強かったんだな」
「ふは、なんで轟くんが泣いてんのっ…」

「いや俺は泣いてないぞ…」


くしゃりと表情を歪めた後、すぐにいつもの表情に戻ってたけど。目うるうるしてるもんね。好きだった。彼のこういうところが。
真っ直ぐで、天然なくせに意外と人のこと気にしてて、感情表現薄そうに見えて結構わかりやすくて。もしかしたら気にしてるかもしれないって分かってたのに、今まで気づかないフリしてごめんね。


「なんでお前ら二人して泣いてんの…大丈夫??」

「なまえぢゃああん…!轟くんと仲直りしたんだねえ゛…!」
「麗日さん!ストップ!ちょ、危ないから!」

賑やかな風が舞い込む。
何故か私よりもお茶子ちゃんの方が号泣していて、手をつけられないほどだった。


「俺のLINE、ブロック解除してくれ」
「そもそもブロックしてないからね」

「…は?」


会いたくないなんて、嘘だった。
皆は相変わらず馬鹿で賑やかで、私はちっぽけなままだった。

それでも、皆のことが大好きだ。いつまで経っても、ここは私の居場所に代わりはないから。


「二次会行くぞーっ!」

「お、そう来なくっちゃな、なまえ!」
「テメェ、絶対ェ潰す。高校の時どっちが酒弱ぇか賭けたの忘れたとは言わせねぇからな!」
「辞めてやれ爆豪、仮にもなまえは女の子だ。」
「は?テメェは今でも舐めプ野郎なんかよ!」

久しぶりに一歩進んだ私の日々は、これからきっともっと楽しくなる。はず。

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