人はよく「雨降って地固まる」というけれど

彼氏と同じクラスで嬉しいこと。一緒にいる時間が多くて嬉しいこと、かっこいい所を見逃さずに居られること、授業中の眠そうな顔を観察できること。彼氏と同じクラスで嫌なこと。見たくないところもバッチリ見えてしまうところ。

「なまえちゃん、顔が険しいわよ。」
「…ごめん梅雨ちゃん。」

「なまえちゃん!?シャー芯折れまくっとる!」
「………ごめん、お茶子ちゃん。」


見たくないのに、見えてしまうのだ。見てしまうのだ。仮にもわたしは彼女なので。

「あら、轟さんは国語が苦手ですの?」
「…あぁ、八百万みたいに全部得意なわけじゃねぇ。」
「でも数学は満点ですものね。」

数学満点だなんて知らなかった。推薦入学者同士、2人は仲が良い。お互いを認めて高めあっている、そんな素敵な関係だ。

そして、私が轟くんと付き合っていることは2人だけの秘密。だから今の私には、嫌だと言える理由も、不機嫌になる筋合いもない。


「……はぁ。」

自分が惨めに感じて、思わず溜息が零れた。

「…そろそろテストやねぇ、ウチやばいわ。」
「そうね、勉強始めなきゃだわ。なまえちゃんは?」
「やばいよぅ…助けて2人とも…」


私はといえば、一般入試ギリギリ合格。中間14位。個性も戦闘力も強いわけじゃない。飛び抜けて美人でも可愛くもない、胸もない。良くも悪くも一般的。超フツーだ。

そんな私と比べて、ヤオモモと轟くんはびっくりするほどお似合いだ。容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備。そしてちょっと天然なところが似ていて可愛いふたり。
私なんかより、ヤオモモの方がずっと轟くんに似合っている。

…そう考えていると、自分で始めた思考が自分自身をどんどんと痛めつけていく。ぐさり、ぐさり。1本ずつナイフが突き刺さる。


「……なまえちゃん、移動よ?大丈夫かしら?」
「あは…、ごめんごめん、今行く。」

また、一緒だ。2人並んで移動教室まで歩いていく。

「じゃあ俺が数学教えようか?」
「ではわたしは国語を…!」
聞きたくないのに聞こえてしまう声は、そんな言葉たちを並べていた。

今すぐ駆けだして、「私も混ぜてよ!」なんて言えればいいのに。そんな勇気は私には無い。


◇◇◇



「みょうじ、一緒に帰らねぇか?」
「……ごめんっ、今日、予定があって。」

嘘である。どうしてか大好きな轟くんの顔を見たら泣きそうになってしまって、気づいたら嬉しすぎるそのお誘いを断ってしまった。

寂しそうに眉を下げた轟くんの背中を見送り、教室にひとり。ちょっとだけ、と彼がいつも使っている椅子に腰掛けてみる。ここで勉強して、ウトウトして、隣を見ておしゃべりをしてるんだな。


…この角度で見るヤオモモは、とっても綺麗なんだろうな。

すき、なのに。私の方が、君を知っているのに。どうしても越えられない壁がそこにはあって。全てにおいて、私より優れている。勝てるところは何一つない。…だから、


ぽた、と机に黒いシミを作る。

「っ……」

それはいくつもぽたぽたと垂れて、大好きな人の机に水玉模様を作る。止めなきゃ、誰か来ちゃう、そう思っても止められない。

「てめぇ、なにしとんだ。」
「………え、」

がん、と机を蹴りながらこっちに向かってくる爆豪くん。慌てて袖で涙を拭う。
…見られた、よね?

「あは……は?」
「なんで泣いてんだ、言えや。」


「……目に、ゴミが入って?」

くあっ、と目を釣りあげた爆豪くんの顔が近づく。

「俺が話聞いてやるっつってンだよ。ふざけてんのか?あ?」
「…ふは、」

多分心配してくれているであろう爆豪くんの発言に、思わず頬が緩んで吹き出してしまった。

「ンだよ、その程度か。」
「いて」

ぺし、と頭を叩かれたとき、扉が揺れる音がして2人して振り返る。


「……そういうことかよ、」
「と、どろきくん……?」
「用事ってそれだったんだな。」


なんか、勘違いしてる…?

「まって…!」

思わず立ち上がって追いかけようと思ったけど、私を見つめるその冷たい目に足が止まって動けなくなってしまった。足は震えて、ちゃんと動いているのかすら分からない。
スタスタと私の横をすり抜けた轟くんは、こちらを1度も振り向かず帰って行った。


それはもう、わんわん泣いた。小さい頃飼っていたいた犬が亡くなってしまった時よりも泣いた。多分相当ブサイクだった。そんな私を見かねた爆豪くんは制服のブレザーを頭から掛けてくれ、半分抱えられるようにして寮まで戻った。

…逆に目立ってたよね、絶対。

どうにかして誤解を解かなければ、そう思ってスマホを手に取るも、上手く文章に出来ず机に戻す。早く仲直りしないと、そう焦れば焦るほど、頭の中は真っ白になっていた。


◇◇◇



「やってしまった……」

昨日の夜の記憶があまりなく、寒さで目が覚めた時には太陽が登りかけていた。もうすぐ秋だというのに開けっ放しにしてしまった窓からは冷たい風が吹き込んでくる。

「っ……身体、痛。」


ほぼ一晩同じ体制で眠ってしまっていたお陰で全身バキバキ。泣き腫らした目は瞬きをする度に重く感じるし、心做しか頭も痛かった。あぁ、自己管理すら出来ないなんて最悪だ。

電源が切れてしまっているスマートフォンを充電し、電源をつける。轟くんから連絡は来ていないだろうか、そう少しだけ期待して付けた画面には、通知はひとつも来ていなかった。

皆が起きてくる前にシャワーを浴び、朝食の時間をずらし、なるべく人と顔を合わさないようにして登校した。入学して初めて一番乗りで入った教室の空気はピリリと冷たくて、また溜め息が零れた。


「何やってんだろ、私。」
「あら、なまえさん、早いのですね。」

弱々しい独り言が空気に解けたころ、凛とした声が耳を通る。

「おはよう、ヤオモモ。」
「顔色が悪いですわ。体調が優れないんですの?」
「ううん!超元気!」

ガッツポーズして見せると、安心したように頬を緩ませてくれた。正直、会いたくないと思ってしまった。なのに、そんな私すら心配してくれる優しいヤオモモ。
それと同時に、自己嫌悪がどんどん渦巻く。あぁ、こんなはずじゃなかったのに。


◇◇◇



「テメェ不細工な面晒してんじゃねぇぞ。」
「ひっ、爆豪くん!」

昼休み、1人で食堂へと向かっていた。いつも轟くんと一緒に食べているお昼だけど、朝から全く顔を合わせて居ないし、私が様子を伺っていると、デクくんや委員長と一緒にさっさと居なくなってしまった。
今更お茶子ちゃんや梅雨ちゃんに声をかけることもできずに、この有様だ。


「…半分野郎と付き合ってんのかよ。」

この男は、鋭いのである。目を逸らそうにも、泣き腫らした理由を勘づかれてしまってはなかなか逸らしにくい。

「………へへ、振られちゃうだろうけど。」
「悪かったな、俺のせいだろ。」


「………は?」

謝った。あの、爆豪勝己が謝った。

「ははっ、むりっ、爆豪くん…!罪悪感感じてくれてるのっ…!」
「おまっ、笑うんじゃねぇクソ!」

爆豪くんのお陰でちょっと元気が出てきた。


…そう思ったのに。

「……え?」

少し先の空き教室から出てきたのは、ヤオモモと轟くん。ヤオモモの顔は火照って紅潮しており、轟くんの表情も心做しか焦っているように見えた。

「なに、して………」
「……お、」

バッチリと目が合うと、気まずそうに眉を下げられる。ねぇ、どういうこと?

「ッ…さいて、……」

「おい、みょうじっ……!」


止められなかった。泣いたら負けだと思っていたけれど、昨日から馬鹿になってしまった涙腺は我慢するという行為を許してくれない。勝手に流れてくる涙をそのままに、逃げるようにその場を立ち去った。


◇◇◇



轟Side

カッとなって冷たい態度を取ってしまったと、反省していた。
恋人であるみょうじが、爆豪と仲良くしていたのは昨日の放課後のことだった。絶妙に近い距離で触れ合う2人に、ぐにゃぐにゃとした黒いものが渦巻く。


「用事ってそれだったんだな。」

そう放った言葉は想像以上に冷たさを纏っていて、やってしまったと思った。けど、今の俺にはその言葉を撤回することもできなかった。すれ違った時に合ったその目は、赤く潤んでいたと気づいていたはずなのに。

その日の晩、ちゃんと話し合おうと何度もスマホを手に取った。

"何があったか教えてくれ。"、
"何で爆豪といたんだ?"、
"大丈夫か?"

打っては消し、また打っては消しを繰り返しているうちに、いつの間にか眠ってしまった。


しかし次の日、1ミリもこちらを見ないみょうじに腹が立った。
なんにも気にしてねぇのかよ、と。

「八百万、ちょっといいか?」
「えぇ、どうかしましたの?」

女心は難しい。姉さんに言われて認識はしていたが、ここまでとは思わなかった。

…ということで、女心は女子に聞いてみるしかないと思いたった俺は、隣に座る八百万に声をかける。


俺とみょうじが付き合っていることは内緒だと彼女に念を押されているので、周りに人がいたらマズいと思い、適当な空き教室に入った。俺にとっては今すぐ教室中にバレてしまっても問題ないのだが、それが原因でさらに状況が悪化してしまうのは避けたい。

「…喧嘩した女子と仲直りをするにはどうしたらいいんだ?」
「あら、それは一体…」
「彼女と喧嘩しちまったんだ。謝りたいんだがタイミングがねぇ。」
「まぁ!お相手はどなたですの?」

目の前の八百万は、俺に彼女がいると分かると分かりやすく目を輝かせる。

「みょうじだ。だけど、重要なのは仲直りの方法だ、八百万。」
「まぁまぁ!…喧嘩は大変ですね。原因に心当たりは?」


「……冷たくしちまった、と思う。」

楽しそうに話を聞いたり質問してくれていた八百万だったけど、その言葉に空気がぴりつくのがわかる。

「それは今すぐに謝らなければなりませんわ!」

がたり、と立ち上がったと思えば扉を開けて出ていく。
それに続いて教室のドアに出ると、すぐにでも会いたかった相手が、そこに。…また爆豪と居るじゃねぇか。


「ッ…さいて、……」

元々丸くて大きい目が、さらに丸く見開かれて俺を捉える。その瞳は揺れていて、薄い膜を貼ったかと思えばぽろぽろと涙を零した。

「……おいっ、」

なんで、と思っているうちにあいつは駆け出して行ってしまった。謝ろうと、思ったんだ。何で泣いている?泣くほど俺のことが嫌いなのか。なんで昨日も今日も、爆豪といたんだ。

心配と不安と怒りが渦巻き、また俺は動けずにいた。

「追いかけなくていいんかよ。クッソめんどくせぇ。」
「そうですわ!仲直りするんでしょう!」

爆豪がだるそうにこちらを見据える。

「2人揃って湿気た面してんじゃねぇよクソ。ムカつくからさっさと解決しろや舐めプが!!恋愛まで舐めプか!?あ!?」
「……ふ、ありがとな、爆豪。」

右手をバチバチと鳴らしながら首根っこを掴まれてしまったので、自分が親猫に運ばれる子猫のようだなと笑ってしまった。行かなければ、君の所へ。


◇◇◇



みょうじSide

わけも分からず走って、やって来たのは中庭だった。昼食時ということで誰もいないベンチに腰掛ける。あんな空き教室から出てきて、何も無いわけが無い。ヤオモモの乙女な表情。轟くんの焦った顔。キス、でもしたんだろうか。大好きなその唇は、他の人のものになってしまったのだろうか。

乾いたはずの涙がまた零れて、制服のスカートに落ちる。ぽた、ぽた。涙よりも早いスピードでスカートに水玉が増え、雨が降っているのだと気づいた。丁度いいや、涙、止まんないもん。


「なまえっ!」

聞き慣れない下の名前を呼ばれて振り返ると、ふわりと大好きな香りがした。

「…とどろき、くん」
「悪かった、ごめん。」

ぎゅっと抱き込まれて、暑い胸板に額を押し付けられる。柔軟剤の香りが肺いっぱいに広がって、また涙が滲んだ。


「…嫌いに、なってないの?」
「なんで俺が嫌いになんてなるんだ。だいすきだ。」

「…っ、やおももと、付き合うんじゃ……」
「なんで八百万なんだ?相談に乗ってもらった。」

強く抱き締めたまま、しっかりと答えてくれる。その返事には濁りなんてなかった。


「お前こそ、爆豪と付き合うのか?」
「え、そんなわけ!!」
「じゃあ、何してたんだ。……心配だったんだ。お前が取られちまうと思って。」
「わたしも…相談に乗って貰ってて、」

身体を離して真っ直ぐ見つめられると、可笑しくて吹き出してしまった。お互いに心配して、無駄に嫉妬し合っていたのか。


「……ふは、変なの、私たち。」
「そうだな」

自分が着ていたブレザーを脱いで私の頭に被せながら、轟くんはとても優しく笑を零した。

「ふふ、大好き、轟くん。」
「……もう1回言ってくれ。」
「だいすき!」
「あぁ、俺もだ。」

"雨降って地固まる"と人はよく言うけれど、それはきっと本当だ。
ただし、それを教えてくれる人がいることと、相手がしっかり受け止めてくれる人であることが条件……だと私は思う。

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