おまじない

気付いたときには、大したことじゃないと思っていた。消しゴムの一つや二つくらい無くなったってまた買えばいい。拾われたとしてもその程度のものくれてやる!という気持ちだった。

…はずだった。


「なるほど。"消しゴムに好きな人の名前を書いて使い切れば恋が叶う"っていうむかーしに流行ったおまじないを思い出して書いたものを無くした…とね。」
「声でかいよ!?」

私の前の席を陣取って座った親友はにやにやと怪しい笑みを浮かべながら私を見つめる。あぁもう、穴があったら入りたい。なんでこんなことになったんだ。消しゴムなんて無くさなければ…!
そもそも消しゴムに好きな人の名前なんて書かなければよかった。

「まぁ、見つかったところでその消しゴムがアンタのものだなんて誰もわかんないし、中見られるとは限らないしさ。大丈夫でしょ」
「うう…それはそうなんだけどさ…」


もうバレなければそれでいい。現実逃避のために机に顔を伏せると、いつの間にか眠ってしまったようだ。とんとん、と机を叩く音がして顔を上げると、目の前にグレーがかったふわふわ。

ふわふわ…?

「ぎゃっっ」
「あ、おはよ〜。あのさ、」

目の前にいたのは隣の席の菅原くんで、驚いた私からは不細工な声が出た。顔を覗き込むように見つめてくる菅原くんは今日もかっこいい…じゃなくて。寝惚け眼を擦りながら周りの様子を伺うと、あと少しで昼休憩が終わる頃合いのようだ。お昼は学食に行く彼は、いつも部活のメンバーと昼食を共にしている。きっとご飯食べて戻ってきたんだろうな。

「あのさ、これ、みょうじの?消しゴム落としたって言ってなかったっけ?」

「え゛っ」
「もしかして違った?…わりー、なんか先走ったかも」

ちょん、と机の角に置かれた消しゴムは、きっと私のものだ。使用感などを鑑みても十中八九私のものだ。にしても気になったのは彼の態度だ。
さらりと渡してくるわけではなく、なんというか…少し様子を伺うその態度。腫れ物に触るように、とても薄い硝子に触れるかのような声色。もしかしなくても、想定される最悪のパターンなのではないか。


「…それ、みょうじのだったらいいな〜…なんて思ってたん、だけど」

思いもよらぬ言葉に、びくりと肩が震えた。
つまりは、どういうことだ。


何か言わないと、と思っているのに手が震えるばかりで脳は考えることを放棄している。ほんの一瞬の出来事なのに、体感では何分も二人だけの世界に閉じ込められてしまったような気分だった。
始業のチャイムが鳴ると同時に先生が入ってきて、クラスメイトたちは静まり返りながら自分の定位置へと戻っていく。彼は私の視界から抜けて、隣の椅子を引いて腰かけた。

やっと金縛りが解けたみたいに、無意識に握り締めていた消しゴムを見つめる。きゅぽんと音を立ててケースから外すと、紛れもない私の丸い字で"菅原 孝支"と書かれていた。


「放課後、ちょっとだけいいですか」

黒板に向き直りながら、隣で頬を赤らめる想い人に声を掛ける。
恐る恐る隣に視線をやると、彼はくすぐったそうに笑いながら頷いた。

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