ブライダルベール

「お誕生日おめでとう、孝支くん」
「ありがとなあ 、今年も。」

テーブルに広がる料理は前日から仕込みをしてしっかり私が作ったもの。その中にある彼の好きな激辛麻婆豆腐も、好みの味を研究して手作りしたものだ。辛すぎて私は食べれないけれど、目の前のお皿を見た孝支くんはわかりやすく目を輝かせていたので安心した。
付き合って、好きになって。何年経っても大事な人のお誕生日が大事な日であることは変わらない。だけど今年はどうしても忙しくて、お家でのんびりバースデーを過ごすことになってしまった。
それを嫌だと思ったりするような人ではないし、ちゃんと喜んでくれているのは伝わるんだけどやっぱりなんとなく申し訳ない気持ちになってしまうもので。

「ごめんね、今年は家で」
「なんで?こうやって祝ってもらえて幸せもんだべ」

にっこり笑った孝支くんの笑顔はいつものそれで、ほっと胸を撫で下ろす。

彼の好きなものばかりが並ぶ食卓に手を伸ばしながら、わんぱく男子ばりに口に含む姿を見て勝手に頬が緩んだ。
付き合って5年。勿論世の中のカップルと同じように、ずっと毎日仲良しというわけではなかった。同棲するかどうかのタイミングで喧嘩したり、就職のタイミングでギスギスしたりといろんなことがあったけど、やっぱりこの人の隣にいるのが幸せだなあと改めて思ったりする。

「麻婆めっちゃうまい!天才か!?」

と、少し難しいことを考えたけど、やっぱり目の前のこの笑顔を見てたらどうでも良くなってしまったりして。

「ふふ、大好きだなあ。」

と、勝手に口から溢れてしまったりして。

「? 麻婆が?」
「ううん、孝支くんのことが。」

私が人のために料理を作ってあげたいと思うのも、美味しいと褒められて嬉しいのも、相手が孝支くんだからだ。その人が私の料理を褒めてくれて、それを言葉にしてくれて、私の隣にいてくれる。やっぱり幸せだなあ。これから先も、一緒にいられるのかな。

先ほど考えすぎるのは良くないと思ったはずなのに、特別な日だからかどうしても考えすぎてしまう。今日はやめよう と視線を彼に移したら、ぱっちりと目が合って固まった。
孝支くんは一生懸命麻婆に齧り付いていたはずだったのに、気づけばじっとこちらを見ていた。

「どうかした、」
「……結婚しない?」

彼は、私の問いかけを遮るようにそう言った。

「え?」
「…あー、今、言うつもりなかったんだけど」
「え、…と、」
「カッコつかないよな」

「でも、本気だよ」

ちょっと困ったように眉を下げたその顔、そして切り替わったのは表情を引き締めた真剣な表情。冗談で言っているわけではないのは明白だった。

「……そ、今、」
「いや、今言うつもりなかったのに!……ちょっと待ってて」
「え?」

ガシガシと自分の髪を乱した孝支くんは、またもや私の言葉を制すように立ち上がった。孝支くんはああ、とか ふう、とか言いながら部屋の奥に消えていった。もう私の頭は真っ白だ。
今、プロポーズされた? このタイミングで? 今日は孝支くんのお誕生日なのに?

「お待たせ」
「……ハイ」

リビングに戻ってきた彼の手には小さな小包。さすがの私でも、ここまでのことを言われたらそれがなんなのか分かった。
自然と正座をしながら彼が側に戻ってくるのを待っていると、孝支くんはいつものように、自然に、目の前に腰を落とした。まるで手に持っているのがいつもお土産に買ってきてくれるコンビニスイーツかのようだ。

「…なまえ、」
「はい」
「世界一幸せにするから、俺と結婚してください」

真剣な表情、まっすぐな声。パカッと重い音を立てながら彼が目の前に差し出したのは、コンビニスイーツではなくキラキラ輝く指輪だった。きっと今からこれは私の左手の薬指に収まるもの。私のために、私だけのために用意されたもの。

そんなの、答えは最初から決まっている。

「よろしく、お願いします」

真っ白だった頭の中がゆっくりと色づいてきて、じわじわとその実感が湧いてくると、勝手に目から熱いものが溢れた。嬉しい、幸せ、大好き。そのどれもが言葉にはならないまま涙として溢れる。

それでも孝支くんがどんな顔をしているのか見たかった。ゆっくり顔を上げると、くしゃりと笑った彼が近づいて、涙で濡れていることなんてこれっぽっちも気にしていないように唇が重なった。その顔は今まで見てきた彼の中で一番カッコよかったと思う。

どうしよう、私、幸せすぎるんじゃないか。


「私、幸せすぎるかも」
「何言ってんの。俺の方が幸せもんでしょ。」

左手に嵌めてもらった指輪を、彼がそっと撫でた。その所作が新鮮で擽ったくて、また胸がきゅっと締め付けられる。
きっとこれから先も、こうやって何度もこの人に恋をするんだと思いながら、そっとその手に指を絡めた。


Happy BirthDay!!23.06.13

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