恋の方程式は導けない

私には一つ悩みがある。それを女友達に言ったらいつも贅沢な悩みだと一蹴されてしまうのだけど、私は私なり、真剣に悩んでいるのだ。

「木兎さん!今のストレート惜しいです」
「木葉さん今のは拾えましたよね」
「もう一本集中して行きましょう」

私の悩みは、今この体育館で先輩相手にも物怖じせずにテキパキと指示を出す彼そのものだ。彼、赤葦京治くんは梟谷高校2年6組、2年にして男子バレー部の期待のホープかつ副主将。そして私の恋人である。

元々は完全に私の片想いだった。2年生で同じクラスになり、勇気を出して告白した結果なんとOKをもらえたのだ。噂では告白は絶対に断る人で有名だったし、次の恋へ進むための一区切りのつもりだったからなんの期待もしていなかったのだけど。よろしくお願いします、と肯定の意を伝えられた時の自分は相当間抜けな顔をしていたことだろう。

「みょうじさんお待たせ」
「ううん。練習お疲れ様」
「ありがとう」

練習終わり、ジャージから制服に着替えた赤葦くんは体育館前で待っていた私に駆け寄って声をかける。つけたての制汗剤の香りがふわりとして、キュッと胸が締め付けられた。

付き合い始めてから暫く、委員会がある日は当番が終わった後にこうやって少し練習を見学させてもらうことが増えた。そうしてそのまま一緒に帰る。勉強に部活に忙しい高校生にとって、二人きりでゆっくり話をする時間というのは思ったよりも貴重だった。意識して時間を作らなければ、そんな時間を手にすることはできないのだと彼と付き合い始めてひしひしと感じている。

もっと一緒にいたい、と我儘な気持ちが増えてしまうのは彼女なのだから当たり前…だと信じたい。だけど、赤葦くんの邪魔になるようなことはしたくない。彼は、私が会いたいと言っても嫌な顔をするような人ではないはずだ。現にこうして一緒に帰ってくれているわけだし。
だけど部活が休みの日にはデートをしたいとか、もっと一緒に帰りたいから待っているとか、そういう類のことを口にする勇気は今の私にはまだない。

「みょうじさん?」
「え」
「どうしたの、ぼーっとして」
「あぁ、えっと、」

横に並んでいた赤葦くんに顔を覗き込まれてハッとする。君のことを考えていました、なんて正直に答えることはできない。だからといって、うまい言い訳も思い浮かばなくて言い淀んでしまった。

「みょうじさんって、俺のこと好き?」
「へ す、好き、ですけど!?」

何を当たり前のことを聞くんだこの人は。そもそも告白したのは私だし、今だって隣に並んで歩けているだけで幸せで緊張して、心臓がバクバクしているというのに。

「その割には我儘とか言ってくれないよね」
「…わがまま?」
「うん。もっと会いたいとか、一緒にしたいこととか、」
「え」

今日の私は間抜けな顔をしてばかりだろう。まさか彼からそんなことを言われるとは思っていなかった。

「…ホントは、もっと会いたいし、デートとかしたいって、思ってるよ」

答えた声は、それほど小さくなかったと思う。だから赤葦くんには私の声は届いているはず。
本心を伝えた上で返答がないことに不安になったなまえは、赤葦の顔を覗き込んだ。

「赤葦くん?」
「……や、思ったより破壊力が」
「?」

口元を手で覆った彼は、焦ったように私から目を逸らす。よく見ると耳の先まで赤く染まっていて…もしかして、照れてくれてる!?

「言わせたみたいなもんだけど、…あんま可愛い事言わないで」
「え、えと、可愛い…?」
「うん。可愛い」
「恥ずかしい、のですが……」
「その顔も、すっごく可愛い」

あの赤葦くんが、確かに照れていた。私の目の前で、他の人にはあまり見せない表情を見せてくれている、と調子に乗ったのは一瞬だった。今目の前にいる赤葦くんはさっきとはまるで別人で、真顔でこっちが照れてしまうほどの甘い言葉を連呼している。

さっきのちょっと動揺した赤葦くんは幻だったのかもしれない。今度は私が恥ずかしすぎて顔から火を吹きそうだ。

「あの、辞めて…恥ずかしすぎる」
「辞めないよ。いつも、ずっと思ってた」
「ヒ…」

熱を持って真っ赤になっているであろう頬を掌で覆った。バクバクとうるさい心臓に耐えられなくなったなまえは、とうとう赤葦から顔を逸らす。今度は赤葦がなまえの顔を覗く番で、顔を隠していた手まで掴まれて制されてしまってはどうすることもできず、困ったように眉を下げた。

「……可愛い、」
「赤葦くんって意地悪だ…」

顔を覗き込んだ彼と視線が交わると、どうしようもなく優しい表情を浮かべていることに気づく。そのせいでぎゅっと胸が締め付けられて苦しいのだ。

「そうだよ?嫌いになる?」
「……なるわけない、デス」
「ふふ。知ってほしい、俺のこと。もっと。」

もはやこくこくと頷くことしかできないなまえの手を緩く握った赤葦は、バレーをしている時よりも幾分か優しい声色で続けた。こんな声を聞けるのも自分の特権なのかもしれないと、少しずつ冷静さを取り戻した頭で考える。

「みょうじさんのことも、もっと知りたい。」
「うん、もっと知ってほしい、私のこと。赤葦くんのことも、もっと知りたい。」
「………うん、」

甘い空気が流れて、赤葦くんの顔が近づいてくる。これはもしかして、と咄嗟に目を瞑るけど、想像していたような温もりはなくて目を開けた。

「……あんまり可愛いことするの辞めて」

恐る恐る彼を見ると、掌で顔を覆いながら赤くなっている赤葦くんがいた。
赤葦京治くん、17歳。彼はクールに見えて実は照れ屋で愛情表現豊かで、ちょっぴり意地悪な私の大好きな恋人です。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -