天使×悪魔=?

青葉城西高校1年6組。それが私の教室だ。

4階建ての建物のうち、1年の教室は若いからという理由(本当かはわからない)で最上階の4階にある。エレベーターなんてものあるはずがないので一生懸命階段を登らなければならない。そんな最上階の端っこにある教室の窓際の1番端っこの席…ではなく、窓際1番後ろの左側に私の席はあった。本当は1番後ろの窓際がよかったけど、私の最強くじ運に勝る強運の持ち主がいたのだ。

それが今、隣の席に座っている国見英くん。何を隠そう私の思い人だ。
男子バレー部に入っている国見くんは、朝練があるから教室に来るのが早い。電車通学かつギリギリ主義の私が教室に到着する頃には、すでに自席に座ってぼーっと窓の外を見つめている。青城のバレー部は他の運動部と違って時間配分がしっかりしているようで、だいぶ早めに朝練を切り上げているようだった。そんな国見くんに、朝の挨拶をするところから私の1日は始まる。

「おはよう、国見くん」
「はよ」
「き、今日もいい天気だね」
「…曇りだけど」

どうにかして話題を繋げたかったけど失敗だったようだ。チラリと窓の外を見た国見くんは、怪訝そうに眉を顰めながら私を見た。今日も失敗。せっかく隣になれたからには国見くんとお話ししたいのに、どうにもうまく行かないまま2週間が過ぎた。

『素直に話しかけたらいいのに。好きなもの聞いたりさ』

以前仲の良い友人に、彼と話したいことを相談すると言われた言葉がそれだった。それができているならば、今こうして相談なんかしていないと悪態をつく。友達の言っていることはよく理解できるけど、なんでもない雑談をふっかけてなんだこいつ、と思われるのが怖いのだ。バレー部の人以外と話しているところはあまり見ないし、最悪地雷を踏んで嫌われかねない。

1限目の授業は英語だった。今日もまたこんなふうに国見くんのことを考えて、気づけば授業はあと10分くらい。この調子で今日も1日乗り切りたいと思う。

「(睫毛、長いなあ…)」

序盤からほぼ聞いていない授業を今更真面目に受けても理解できるわけがないので、チラリと隣の彼を盗み見る。国見くんは頬杖をつきながら目を伏せていた。寝ているのかな?寝ているように見えて実は授業に耳を傾けているのかも。
口はキュッと結ばれていて可愛らしいし、睫毛は長い。運動部らしく襟足は切り揃えられていて綺麗だけど、生まれて由来の黒い髪の毛はふわふわしている。柔らかそう。いつかこの手でその髪の毛を撫でることができたらどれほどまでに幸せか。

「何?」
「へ」

綺麗な顔がこちらを向いて、まあるい目が完全に私の存在を捉えた。えっと今、国見くんに話しかけられている…?

「そんなに見つめられると困るんだけど」
「え、あの、え」

左手は自分の頬に触れたまま、顔をこちらに向けている国見くん。カーディガンの袖は綺麗な指を半分まで隠していて、あざとい。かわいい、ずるすぎる。

…ではなく、やっぱり私は国見くんに話しかけられている。彼は私からの返事を待っているんだから答えなければとわかっているのに、焦り過ぎて気持ち悪いオタクのような声しか出てこない。というか、授業中だからか静かにコソコソ話しかけてくれるのがセクシーすぎて心臓が持たない。

「俺、なんかついてる?」
「いえ、何も…いつも通りかっこいいです」
「……そっか」

ふい、と顔が逸されてホッとする。バクバクうるさかった心臓も、国見くんが自分から目を逸らしたらだんだんと収まってきた。授業終了を知らせるチャイムが鳴るまであと15秒。
この時の私はテンパり過ぎていて、自分が恥ずかしいことをさらりと言ってしまったことも、顔を逸らした国見くんの耳朶が赤く染まっていることも全く気づかずにいた。


***


国見くんがモテることは知っていた。だってあんなに魅力的な人なんだから。いつも眠そうなのにバレーをしている時は眼光鋭くなるところも、窓の外を見つめながら微睡んでいる表情も、落ち着いた声も、全部全部素敵なんだから。そうとはわかっていても、いざ直面するとひどく動揺するもので。

「国見くんが好きです。その、よかったら…付き合ってください!」

今時、体育館裏というベタな場所で告白をする人いるんだって呑気に覗き見をしたら、告白されているのは国見くんだった。しかも彼の目の前にいる女の子は、学年でも有名な可愛い子。これはきっとビッグカップルの誕生なのでは?そして私は、人生で初めての失恋をしたのでは。

ただ隣の席になれただけで浮かれて、実際のところ会話の一つもまともにできていない私と、告白という壁をクリアした彼女は違う。そもそも私は、その土俵の上にも立てていないんだと突きつけられた。

「…うぅ、」

それでも辛い。だって私も、国見くんが好きだから。
咄嗟に両耳を塞いだ。国見くんがオッケーするところなんて聞きたくないから。壁に背中をくっつけて、そのままずるずるとしゃがみ込む。昨日雨が降ったせいで地面はまだ湿っていたけど、それがちょっと心地よかった。

ぽろぽろ流れていく涙の粒を、制服のスカートが吸い込んでいくのをただ見つめていた。その涙を止めようともしていない。だって今止めたら、私はずっと前に進めないままだと思ったから。両耳を塞いで目を閉じて、国見くんの姿を思い浮かべた。脳裏に浮かぶ彼はやっぱりどれも素敵で、やっぱどう頑張ったって嫌いになんてなれない…。

「ねぇ、なにしてんのこんなところで」

国見くんのことを考えているから、幻聴が聞こえるんだろうか。国見くんの声がする。

「ねぇってば、」

誰かの手が私の右手を掴んだ。びっくりして顔を上げると、そこにはなんと本物の国見くんがいて更にびっくりする。後退りしようとしたけど、すぐ後ろには壁があって無理だった。とりあえずこれが現実か確かめるために左手で頬を抓るとしっかり痛かった。嘘でしょ、現実じゃん。

「見てた?」
「え、な、何を……」
「告白されたとこ」
「み、見てましぇ、せん!」
「…嘘下手くそ」

いつの間にか私の横に同じようにしゃがんだ国見くんは、ぽつりぽつりと話し始めた。咄嗟に嘘をついたけどバレバレのようで背中を冷や汗が流れる。

「みょうじさん、俺のこと好きだよね?」
「は」
「あれ、違った?」

とんでもない問いかけをされたせいで、私の動揺はピークに達した。バッと効果音がつきそうなくらいの勢いで隣の国見くんを見ると、真っ直ぐ見つめ返してくる。自分の顔に熱が集中するのがわかって嫌になるけど、そこから目を逸らすことができない。

「…そうだよね?」
「あの、えっと、」
「言って」
「ちょ、心の準備が…っ」

なぜこんなことになっているんだ。さっき失恋したのに、さらに振られそうになっている。彼女ができたのにも関わらずそんなことを強要してくるなんて、国見くんってもしかして天使の顔をした悪魔?もしかしなくても鬼?

「いいから、言って。」
「……す、す、好き、です」
「ん?聞こえないなあ」
「国見くんがっ、好きです!」

ふ、と真横から笑い声がして、そういえば掴まれたままだった右手が改めて握り直される。わわ、恋人繋ぎってやつだ…。てか笑ってる、可愛い。じゃなくて!

「うん。俺も好きだよ」
「えっ」

まるで小さい子がコソコソ話をするみたいに耳元に唇を寄せられて、囁かれた言葉はあまりにも想定外だった。言葉が理解できない、距離が近い、目がぐるぐる回り出しそうだ。好き?国見くんが、誰を?…私を?ぽかんと彼を見つめる私の顔は、さぞ間抜けだっただろう。
途端、ぎゅっと手を握られて国見くんの胸に閉じ込められた。

「えっ、え、」
「んー?なあに」
「彼女ができたのでは……?」
「告白断ったけど。好きな子がいるからって」
「好きな子、…」
「うん」

とくん、とくん、と国見くんの心臓が動く音がする。

「も、も、もう1回!言って!」

好きな子、というのは私ということだ。国見くんも、私のことを好きだと思ってくれているということだ。長い時間をかけてやっと頭の中で結びついたその言葉。理解すると、先ほどまで真っ暗だったこの場所も、グレーだった空も、途端に全てがキラキラ輝いて見える。
せっかく人生で1番素敵な言葉をもらったのに、テンパり過ぎていて全然受け止められていない。次こそは宝物にするから!と縋ったけど、国見くんは悪戯に笑って言った。

「また今度ね」

ええっ、と思わず声を上げたけど、ぐしゃぐしゃに髪を乱してかき消される。どうやら国見くんは思っていたよりもスキンシップに好意的なタイプみたいだ。せっかく君のために巻いた髪が乱れたけど、触れてもらえて嬉しいから大人しく身を委ねる。

国見英くん。隣の席の男子兼私の好きな人。いつも眠そうなのにバレーをしている時は眼光鋭くなるところも、男の子らしい掌も、ツンデレさんなところも、ちょっと意地悪なところも、全部が素敵な男の子。そして今日から、そんな彼は私の恋人になりました。

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