あの青だけは永遠に

「みょうじ、今日の放課後プール掃除だからな」
「はあっ!?」
「返事は"はい"だ。心当たりないみたいな顔してるが、赤点、素行不良、自業自得だ!」

昼休み、お気に入りである窓際の席に腰掛けながら購買で買ったウィンナーパンに齧り付いていた。日直の生徒に用があって教室に顔を覗かせた担任は、私の顔を見て次いでとばかりにそう告げた。今日は早く帰ってあの漫画の新刊を読むつもりだったのに。描いていた理想の放課後がガラガラと崩れ落ちる音がして、一つため息を溢した。

赤点に素行不良。
赤点は、致し方ない。他の教科は大丈夫なのに数学だけは昔から滅法苦手で、二次方程式から躓いている。おかげで中間で赤点。
素行不良…と言っても周りよりも少しだけ制服を着崩しているだけだった。高校1年の途中からこの烏野高校に転入してきた私は、烏野…いや、宮城県内で少しだけ浮いていたと思う。だけどやっぱり自分の可愛いは捻じ曲げたくなくて貫いていた結果、生徒指導にお世話になってしまうことが2.3回程度あった。だけど、それだけ。欠席もなければ遅刻もしないし、成績も…数学以外は、別に悪くない。少しコミュ力が低くて、友達が出来にくいだけ。

ひとりぼっちでお昼を取りながら、私は別におかしくないと脳内で繰り返す。
もうすぐ高校生が終わるというのに、私がこの高校で友達と呼べるレベルの存在は、確かにいなかった。


◇◇◇



放課後。
知らないふりして逃げてやろうと思ったけれど、終礼で改めて担任から念を押されてしまったのでそれは敵わなかった。しかも、プール掃除の管理担当がおっかない生徒指導の教師ときた。そう言われて簡単に逃げ出すほど、私の肝は座っていない。

「…最悪だー!」
「うお、……みょうじ?」
「!?」

渋々ジャージに着替えて、見慣れないプールのドアを憎しみ込めて思いっきり開く。八つ当たりだ。
私一人であの広いプールを清掃しなければならないと思っていたけれど、開いたドアの先には目をまあるくした男子生徒の姿があった。同じようにジャージを着ているから、きっと私の仲間!そう思ったけれど、目の前の彼が誰なのか認識して、どうして…?と目を瞬かせた。

「みょうじもプール清掃担当、だよな?」
「…澤村、くん。澤村くんは別に罰とかじゃない……よね?」
「あぁ、俺はたまたま日直だったから頼まれた」
「そっ、そ、うだよね!」

ちゃっちゃとやるかあ、と長ズボンの裾を捲る目の前の男子生徒は、昨年同じクラスだった子だ。澤村…確か、大地くん。男子バレー部の主将をしていて、どちらかというとそこらの男子とは違って真面目で優しい印象。人を揶揄ったりとか、噂話とか、あんまりしないタイプ。だから、素行不良の私と違って彼がここにいるのが不思議だったけど、隣のクラスはどうやらしっかり日直が担当らしい。うちの担任のバーカ。

心の中で担任の悪口を言っている間に、澤村くんはすでに準備を整えて掃除用具を手にしていた。

「やるぞ」
「うん」

同じように長ジャーの裾を捲って、澤村くんから掃除用具を受け取る。この広いプールの掃除を二人でするのは骨が折れそうだ。

掃除を開始してどれくらい経っただろうか。ただ同じクラスだっただけでほぼ会話をしたこともない私たちは、黙々とプール掃除をしていた。反対からじわじわ向かい合っていくスタイルで、ようやく持ち場の2/3くらいが終わったところ。
もうすぐ澤村くんとぶつかるなぁと思いつつ、距離が近づけば近づくほど無言が気まずくなってしまうもので。

「ねぇ澤村くん」
「ん?」
「好きな人とかいる?」
「…は?」

距離を縮めるにはとりあえず恋バナかなと思ったけれど、何かまずい話題だっただろうか。すごい勢いで顔を上げた彼は、ぽかんとした表情でこちらを見つめていた。

「好きな人とか、いないの?」
「…なっ、え、」
「えっ…!?」

水が出ているホースを手にしたままの澤村くんは、私の言葉に明かな動揺を見せたのち、そのまま足を滑らせて尻餅をついた。

「うわッ…!?」

コントロールを失ったホースは周囲に冷たい水を撒き散らす。もちろん近くにいた私はそれをモロに被りびしょびしょになった。澤村くんが一度手を離してしまったホースを慌てて掴もうとするけど、それは焦れば焦るほど暴れ回る。その光景を見て、ただ呆然と立ち尽くす私。

「待って、ほんと、何してんの…っ」
「すまん!本当にっ」
「超ウケる、やば…ッ」

普段落ち着いて見える彼の焦った姿を見たら笑いが止まらなくなってその場でお腹を抱えて笑った。動揺してコケて水撒き散らすってどんだけ…。状況を整理すればするほど面白くて、こんなに笑ったのはいつぶりだろうってくらい笑った。
一通り笑い尽くした私は、あることを思いつく。

「ねぇ、ホース貸して」
「ほんと悪い…」

いまだに平謝りする澤村くんの手からホースを奪い取り、水が出たままの口を摘んで彼に向けた。

「うわっ!?」
「仕返し〜!」
「ちょ、おい、やめろ!みょうじ!」

澤村くんが拒否すればするほどこっちとしては楽しくなってしまって、水の噴射勢いを強めてしまったりもした。涼しいし、泡たち流れていくし、一石二鳥じゃん。そう思っていたけれど思っていたよりも強い力で手首を掴まれてしまって、そこでお遊びは終了になった。

「…思ったより子供っぽいんだな、みょうじって」
「うわ、悪口だ」
「そうじゃなくて…えー、っと、話しやすい、ってこと」
「それを言ったら澤村くんこそ」
「印象変わったわ、いい意味で」

一応全て掃除が終わったプールサイドで腰掛けながら濡れた服を乾燥させる。隣に腰掛けた澤村くんとは、去年同じクラスだったのにやっと友達になれたような気がした。

「そういえばいるの、好きな人とか、気になる人とか」
「教えねぇよ」
「それはいるやつだな〜!?青春してんねえ。いいなあ」
「…まだ、な」
「ん?」
「……なんでもないよ」

柔らかい声色に隣の彼を覗いたけれど、澤村くんは綺麗になったプールの床を満足気に見つめていた。その表情はさっきまで一緒にはしゃいでいた人とは思えないほど大人っぽく見える。高校最後の夏はまだ始まったばかり。少しだけ芽生えたこの感情は、今はまだ気づかないふりをしておこうと思う。



(大地ぃ、日直変わってやったんだからなんか進展…)
(うるさい、スガ)

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