終いの日には花が咲く

高校最初の夏休み最終日は体育館の点検が重なり、午後はまるっと部活がお休み。そしてタイミングが良いことに、今日は隣町の花火大会だった。クラスの女の子たちから誘われていたものの、部活だからと断ってしまった矢先にこれ。休みになるなら誘いに乗ればよかった。私だって花火大会の一つや二つ行きたかったのに…。

「午後休み!?これはまさか」
「潔子さんと一緒に隣町の花火大会に行くチャンスでは!?」
「たこ焼き!焼きそば!」

どうやら部員たちは、田中さんや西谷さんを中心にお祭りに行く算段を立てているようだった。水道にいる私まで聞こえるくらいだから、ワクワクが止まらずに相当大きな声で話していることになる。潔子先輩は行くんだろうか。だとすれば私も…なんて淡い期待を抱きながら洗ったボトルたちを抱えて体育館に戻ると、ワッと部員たちに取り囲まれた。

「みょうじも行くよな!?花火大会!」

あれよあれよという間に話は進んでいき、18時に花火大会が開催される公園の最寄駅に集合することになった。潔子さんの浴衣を見るにはお前の浴衣も必要だ!という田中さんに乗せられて、私も浴衣を着て行くことになってしまったけど…。
駅前でみんなと別れ、いったん帰路に着く。二つ返事で行くと行くと答えてしまったけれど、私が行っても邪魔じゃないんだろうか。菅原さんも、来るのかな。


***



やっと辿り着いた駅前は想像していたよりもずっと人が多いし、久しぶりに袖を通した浴衣は思っていたよりも動きにくかった。白地に赤の花を咲かせた浴衣は、今の私にとっては少しだけ背伸びした柄。

「なまえ!こっちこっち!」

キョロキョロと辺りを見渡す私に大きな声で声をかけたのは日向だった。そのオレンジの髪色のおかげですぐに姿を発見でき、集団に合流する。そこにはすでに山口、田中さん、西谷さん、潔子先輩、大地さん、旭さん、そして菅原さんがいた。

「あれ、私最後…?」
「おう!月島と影山は来ないらしい」
「そっかー…。遅れちゃってすみません!」
「女の子は準備時間かかるからしゃーなし!」

にっこり笑いかけてくれたのは菅原さん。男性陣はみんな浴衣じゃなかったけど、私服も私服で新鮮だ。普段のジャージとは違って、大人っぽく見える。

「潔子先輩!めっちゃ綺麗…」
「ふふ、なまえちゃんも可愛いよ。似合ってる。」

紺地に白い花が描かれた浴衣を着ている潔子先輩は、本当に凛としていて美しいという言葉がぴったりだ。紺色が肌の白さを余計に際立たせている。すっかり見惚れていると、その口元が緩く上がって私を捕らえた。瞬間、後ろにいた田中さんと西谷さんが小さく悲鳴を上げたけど、今はその気持ちがなんとなくわかるような気がする。

合流した私たちは、花火が打ち上がる公園へとやってきた。道中も綿飴にかき氷、スーパーボールすくいとか屋台がいっぱい並んでいて心が踊る。

「楽しそうだなあ」
「わ、菅原さん!」

隣を歩いていたはずの日向と山口はいつの間にかはるか先を歩いていて、気づいたら隣にいたのは菅原さんだった。気づかないほどはしゃいでしまって恥ずかしい…。くしゃりと目尻を下げた先輩は、あれ食いたくね?とフルーツ飴を指差した。
頷くと、腕を掴まれて歩行者天国になっている車道を二人で渡る。ちょっと後ろから見つめる菅原さんはなんとなく新鮮で心臓がキュッとなった。

「なんかあった?」
「いえ…!」

不意に絡まった視線に耐えられず遠くの屋台を見る。
あぁ、やってしまったという気持ちが湧いたけど、恥ずかしくて顔を上げられない。菅原さんに掴まれた右手からじわじわと熱が這い上がってくる。

パッと手を離されたのは、フルーツ飴の屋台の目の前だった。

「なに飴にする?」
「えーっと…いちご飴で」
「っぽいなあ!おじちゃん、いちご飴とぶどう飴!」

菅原さんは、確かめるように私を見下ろした後すぐに屋台のおじさんに向き合った。白い肌と綺麗な横顔。屋台のおじさんと談笑するその表情が柔らかくてつい見惚れてしまう。

「ん、どーぞ」
「え、あの、お金っ」
「いいからいいから」

私の左手に強制的に収まったいちご飴は、夕日を浴びてキラキラしている。再び握られた右手はいつの間にか菅原さんの手と繋がれていて、思考が停止した。
突然のことにびっくりしたけれど嫌なわけなくて。ソワソワ落ち着かなくていちご飴なんか食べられないくらい心臓がバクバクしているのに、この手はまだ離したくない。

みんなのところに戻るのかと思いきや、やってきたのは人が少ない公園の噴水前だった。ここ穴場なんだと嬉しそうに言うので疑いもなく着いてきたけれど…。
空いている垣根の窪みに腰掛けた菅原さんに倣うように隣に腰掛けると、ふわりと柔軟剤の香りが鼻に触れる。

「あの、みんなのとこ戻らなくて大丈夫、ですかね?」
「あー…あのね、えっとね」
「はい?」
「わざと、はぐれたんだよね」

不安げに揺らいだ瞳を見たら、その先に出てくる言葉に期待をせざるを得なかった。

「みょうじに、告白したくて」

もともと人が少ない場所だけど、余計にシンと静まり返った気がした。
きっとそうではないはずなのに。

「みょうじが好き。」
「…」
「俺先に卒業しちゃうしさ、これがラストチャンスかもって。…俺と、付き合ってくれませんか。」

どくどく、心臓が今まで聞いたことないくらいに音を立てる。でもきっと、緊張して自分が自分じゃないみたいだと思っているのは私だけじゃないはずだ。

「よろしく、お願いします」

ちょっとだけ力が入っていた握られた手の力が、私が答えた途端に緩んだのがわかった。それに追い討ちをかけるように上がった大輪の花火は、周りの音をさらに私たちから遠ざけていく。
私のことをしっかり見た菅原さんの目があまりにも優しくて、あぁ、この人本当に私のこと好きなんだってわかってしまった。冗談でもなくて、クラスメイトの男子がワイワイ言ってるような嘘告白でもなくて、本当の気持ちなんだ。そう実感したらお腹の底から愛おしさが湧き上がって、ふわふわ浮いていく。

「大好きです、」
「…っ、もう一回!」
「え」
「夢かもしんないべ?お願い、もう一回」
「菅原さんが、だいす…っ」

言い終わる前に引き寄せられた手。目の前が真っ暗になったと思ったら、菅原さんの胸に引き寄せられていた。
さっきまでふわりと香っていた柔軟剤の匂いが、一層濃くなる。花火なんて見えないし、音なんて聞こえない。聞こえるのは花火の音よりもうるさい、菅原さんの心臓の音だけ。



(花火、終わっちゃったな)
(戻ります、か?)
(んー…もうちょっと。)

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