残念ながらベタ惚れ

初めは完全に好奇心だったし、後先なんてなんにも考えてなかった。

「やっぱり及川先輩かっこいいね」
「うん、そうだね。でも…あのスパイク決めてる先輩、かっこよかった」

新学期になり高校三年生になった俺たちは、後輩を迎えるのも今年で二回目。最後の一年が始まった。例年通り、隣のコートにいる女子バレー部にも新入生が入ったようで賑やかだった。
そんな中でふと耳に入った声。多くの可愛らしい1年生たちが俺を褒める中、離れたところにいる岩ちゃんを見つめている女の子がいた。多分ほの字の方ではなく、どちらかと言えば羨望の眼差しで岩泉一を見つめている。纏っているオーラが他の部員と全く違っていた。そう、まるであんな風に打ちたいって全身で言っているみたいだった。
その視線に、何故か惹かれて。

「こんにちは、みょうじちゃん。へぇ……なまえちゃんって言うんだ」

くりくりとした丸い目をさらに見開いて俺を見上げる彼女は、まるでこれから猛獣に襲われる小動物のような怯えっぷりだった。取って食ったりなんて、そんな物騒なことしませんよ、という意味を込めてとびきりの笑みを浮かべる。

「あの、なまえ…え、」
「はは、ここに書いてあるでしょ」

とん、とジャージの肩部分を指差すと、パクパクと声にならない声を上げて視線を右往左往させていた。そんな可愛らしい彼女にさらに興味を持った俺は、彼女の沼にどっぷりと浸かってしまうことをまだ知らない。


女の子に対して、別に何かコンプレックスを抱えているわけではない。女の子の方から話しかけられることも少なくないし、俺から話しかけることだってできる。だけどあの子にはそう簡単に声をかけることができなくて、最初の一回話してからあっと言う間に1ヶ月が経ってしまった。この1ヶ月の間、やっぱりなまえちゃんは岩ちゃんが好きなのかな?とか、彼氏いたりするのかな?と暇があれば彼女のことを考えていた。今まで一人の女の子に対してこんなに執着したことはなくて、少なからず動揺している。
グタグタ言う割に行動に起こさない俺を見て、岩ちゃんや部員たちは呆れているようだった。タイミングがないんだもん…なんて言い訳をしていたけれど、絶好のタイミングが訪れた。たまたま部室に忘れ物をしたというなまえちゃんと、たまたまこの時間まで自主練をしていた俺。こんな折角の機会を逃すわけにはいかない思うと、勝手に身体が動いていた。家が同じ方向だと嘘なんかついて一緒に帰ろうと取り付けると、半ば強引だったのは百も承知だ。

二人で歩いていて、女の子と話をするのってこんなに難しいっけ?と思っていた。なまえちゃんの好きなものとか趣味とか何にも知らなかったから、当たり障りのない会話しかできなかったけれど。それでも問いかけに対しては返答をしてくれて、なんとか沈黙にならずに済んだ。それがなんだか嬉しかったのもあるし、こっちを見上げた彼女に心臓がギュッてなったのも事実だし。気づけば口から漏れていたその言葉。

「なまえちゃんってかわいいね」

「かわいいね」なんて、言い慣れた言葉のはずだった。それでも自然と溢れたそれを実感してからはじわじわ照れというものが出てきて、しかも、視線をやったなまえちゃんは茹蛸みたいに真っ赤になっていて。俺の一言でそんなに照れたりしてくれるなんて嬉しいなと思ってしまったりなんてして。その日の俺は相当浮かれていたと思う。

「なまえちゃん。おはよう」
「おっ、おはようございます!」

その日からは、なまえちゃんを見かけたら俺から声をかけるようにした。
そうしているうちに彼女からも挨拶をしてくれるようになって、挨拶の他に一言、二言、会話を交わせるようになった。本当にちょっとずつではあるけど近づいている距離に一喜一憂してしまう。

「及川、本当にあの子のこと好きなんだ?」
「てっきり揶揄ってるだけだと思ってた」
「失礼な!俺の恋はいつ何時も真剣なんですけど!」

俺が部活でも教室でもなまえちゃんの話をしまくるので、いつものメンバーの話にも彼女の名前が挙がることが増えた。おかげでこっちも話をしやすいから助かるんだけど。四人で歩いていると、前方から部活のメンバーと連れ立って歩くなまえちゃんがこちらに向かってくるのが見えた。

「あ、なまえちゃんだ」

少し離れたところから俺の存在に気づいたなまえちゃんと視線が交わる。しかし、声を掛けようとしたところで、視線はさっと外されてしまった。…どうして?
部員の女の子と会話を再開したなまえちゃんは、そのまま俺の横を通って行った。

こんなことは、今まで一度もない。
二人で話すようになってからは、こうして廊下や体育館ですれ違うときは必ず会話をしていたし、話せないタイミングでも会釈をしたり笑って通りすがったり。こんなにあからさまに目を逸らされたのは初めてだ。

「及川なんかしたんじゃねぇの」
「…」
「マジで岩泉のことが好きで勘違いされたくなかったとか?」
「いや、ないだろ」

俺を挟んで両サイドにいる男たちの声が胸に刺さる。俺、なんかしちゃったっけ。


その日からなまえちゃんとは話せず、あれよあれよとインハイ予選。烏野に勝利した俺たちは、これから因縁の相手である白鳥沢と決勝戦だ。

「今日こそウシワカ潰す」
「当たり前だ」

なまえちゃんからなぜか避けられ続けて二週間くらい。ショックが消えたといえば嘘になるけれど、部活に集中しなければという気持ちが高まっていた。俺が何かしてしまったのなら謝りたいけれど、話をすることも叶わない。何か理由があるんだろう、と思うことにした。
…本当は、ちゃんと話がしたいけど。

「及川先輩!」
「…なまえちゃん?」

後ろから名前を呼ばれて振り返る。さっきまで写真をせがまれていた女の子たちかなと振り返ると、そこにいたのは息を切らしたなまえちゃんだった。ジャージじゃなくて制服を着ているのは、女バレは既に敗退していて今日が普通に授業だからだろう。授業サボってここに来たってこと?

「どうした、」
「がんばってください!」
「えっ?え、」

俺たちの距離、3メートルくらい。駆け寄ろうとすると手を振って拒否される。
ぎゅっと両手を握りしめたなまえちゃんは、俺に向けて激励の言葉を叫んだ。

「及川先輩のことが、好きです!」

スゥ、と一つ息を吸って吐かれた言葉は、想像もしていない一言だった。真っ赤に染まった頬、遠目からでもわかるほど震えた手。本気だとわかるのには十分は態度、行動、言動。…なにこれ、夢?

「ちょ、まって」
「わ、来ないでくださいッ」

そんなこと言われて、この距離があるの普通に無理でしょ。駆け寄って目の前に立つと、目を潤ませたなまえちゃんが俺のことを見上げた。その顔反則すぎる。抱き締めたい気持ちを抑えながら、まだ話を続けたそうななまえちゃんの言葉の続きを待った。

「及川先輩といるとドキドキして、緊張して、なんかわけわかんないこと言っちゃって…。一緒にいると苦しくて、避けていてすみませんでした」
「え、もしかして、ずっと俺のこと好きすぎて避けてたの?」
「……はい」

赤く染まっていた頬が、さらに一層赤くなってしまった気がする。言葉はもちろん、その表情から溢れ出る肯定の意。なんだそれ、可愛すぎる。今までショックだったのに、こうも気持ちが急上昇してしまうものなのか。我慢できずにその身体を引き寄せて抱き締めると、思っていたよりも小さくて小柄で、俺の心臓までバクン!と音を立てて跳ねた。なにこれ。

「俺も、なまえちゃんのことが好き。だから俺と付き合って」
「はい。……えっ!?」

俺の腕の中にいるなまえちゃんは、信じられないという声色で身を捩る。押さえつけるように抱き締めると大人しくなって、もう一度小さく頷いてくれた。

「おい、いい加減行くぞ」
「ごめん岩ちゃん!嫉妬?」
「シバくぞ…」

背後で岩ちゃんのすごい剣幕を感じてやっと身体を離すと、目の前の彼女からやっと息を吸う音が聞こえた。ちょっと意地悪しすぎちゃったかなと思ったけれど、可愛すぎて嬉しすぎて止められなかった。目の前で目を潤ませるこの可愛すぎる子が俺の彼女になったなんて。
彼女にどっぷりハマってしまった俺の、彼女溺愛物語が始まった瞬間だった。

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