イレギュラー

きっかけは何故だったのか分からない。高校二年生になった私は、後輩の男の子に懐かれていた。

「みょうじ、月島来てるぞ〜」
「はあい」

同じクラスの田中が私の名前を呼ぶ。彼が言う【月島】というのは、どういうわけか仲良くなった後輩の男の子だ。田中と同じ男子バレー部に所属しているという彼は、ある日突然私に声をかけてきた。それからというもの、廊下ですれ違うたびに声をかけられ、そのうちにこうして教室までやってくるようになっていた。

「先輩、前に言ってたCD持ってきました」

「あ、ありがとう!いつでも良かったのに」

「…会いたかったので」

真顔で真っ直ぐそんなことを言われて仕舞えば、私は「そっか…」と気の抜けた返事をすることしかできない。周りから言わせてみれば、私たちはアツアツの関係らしい。付き合うのも時間の問題だと言われるけれど、私は彼のことを恋愛的な意味で好きかと問われれば微妙だ。要するに、端的に言うと私はこの身長が馬鹿みたいにでかい後輩から熱烈アピールを受けている。
正直なところ、彼のことはあまりよく知らない。田中や、昨年同じクラスで仲が良かった西谷と同じく男子バレー部に所属していて、一個年下の男の子。クールに見えて結構感情表現が豊か。あとはそう、見かけによらず甘いものが好き。私が知っている彼のことなんてこのくらいで、これらは全て少しずつ積み重ねた会話の中から知り得た知識。

なのに、だ。

「じゃあみょうじ先輩、また。」

私よりもはるかに身長が高い彼は、153cmの視界と目線を合わせるために腰を折った。そうすると必然的に顔が近くなる。鼻筋はすんと伸びていて、キリッとして見えるけれど実は柔らかい目元。なんか…そう、整ってるんだよなぁ。ぼうっとしているうちに月島くんは自分の教室に向かって歩き出していて、返されたCDを握りしめたままその場に取り残されている自分に気づいて慌てて席に戻る。

「相変わらずアツいねぇ」

「そんなんじゃないってば」

席に腰掛けると同時に、教室の隅からこちらの様子を伺っていたであろう友達が寄ってくる。ニヤニヤと笑みを浮かべた顔を見れば、言いたいことなんて一目瞭然である。この子は少し、私の気持ちを弄んでいる節がある。嫌ではないけれど必要以上に踏み込まれるのは好ましくなくて、はぐらかすように別に興味もない問題集を開いた。

なんでだろう。
授業が始まっても、スッと伏せられた月島くんの目を思い出してしまう。どうしてだろう。こんな関係が始まって1ヶ月、こんなことは初めてだった。


それから暫く、月島くんが教室に姿を見せることはなかった。何かがあったからとかではなく、当たり前のことだ。数日前から運動部の人たちはインターハイ予選やらで公欠が続いている。バレー部もそれは同じで、同じクラスの田中が絶対に勝ってくる!と意気揚々出ていったのを私たちも送り出していた。田中と部活が同じである月島くんがここに来ることがないのは当たり前だし、分かっているんだけど。
なんとなく物足りないというか。そう、お腹はいっぱいなのにデザートが食べたくなってしまうのに似ている。

「…我儘だなぁ、私。」

物足りない一日に違和感を感じながら、今日はさっさと帰ろうと決意した日に限って委員会の仕事を押し付けられてしまった。相方の吉田くんは野球部で、今日は遅れられないから頼むと頭を下げられてしまっては仕方がない。バレー部に限らず、今運動部の人たちは部活が第一優先なのだ。ならば帰宅部の私は仕事を引き受けるほかあるまい。

やるべき仕事は想像以上に多く、資料をまとめてファイリングして、さらに書き足すことも必要だった。先輩からの引き継ぎ資料はあったけど、情報が古いものもある。点在した情報を照らし合わせながら整理を行っていたら、いつの間にか夕日が沈んでしまう時間だった。

「…みょうじ先輩?」
「ぎゃあッ!?」

終わった、帰ろう、暗くなる。とドアに目を向けた時、隙間からにゅっと顔を覗き込む人影があった。
お化け!?まだ完全下校時間は過ぎてないのに!と飛び退くと、私に声をかけたのはなんと月島くんだった。

「何してるんですか、こんな時間まで」

それはこっちの台詞である。一回戦、二回戦と順調に勝ち進んだバレー部は、どうやら明日も試合があるらしい。いつの間にか空いている隣の席に腰掛けた彼に向かって、すごいね!と労いの言葉をかけると、別に…と目を逸らされてしまった。もう一つ、月島くんは多分ツンデレなのだ。ストレートに褒められるのに慣れていない。

「……こんな時間まで一人で何してるんですか。危ないでしょ」

まただ。私の様子を確認するみたいに顔を覗き込んだ月島くんは、すぐ目を伏せて身体ごと距離を取る。
そうやってちょっと距離を保とうとするのも、私を女の子扱いするのもずるい。どくん、と鳴ってしまった心臓を誤魔化すみたいに笑顔を貼り付ける。

「大丈夫だよ。私なんてこんな感じだし」
「だから心配してるんでしょ。先輩、可愛いんだから」
「なっ……」

ぱくぱくと口を開け閉めした私を見て、月島くんは笑う。あぁ、こんな風に笑うんだ…。

「好きです」

くすくす一通り笑ったあと、すんと表情を正した月島くんは、真っ直ぐに私を見た。目線で殺されてしまいそうなくらい真っ直ぐ見るから、こちらも目を逸らすことができない。好き、好き?

「だから、僕と付き合ってください」

頭の中が真っ白になって、言葉が何にも出てこない。変わらず月島くんは真っ直ぐ私のことを見ているので逃げ出すことも出来ない。気付けばわたしは、こくん、とひとつ首を縦に振っていて、彼の表情がふわりと緩んだ。それがとても印象的で、なんでか私まで嬉しくて、口角が勝手に上がっていってしまうのが自分でも分かる。

「先輩、本当に恋愛下手くそで可愛いですね」
「……はえ?」
「全部顔に出るし、動揺するし。僕にこうやって見られるの緊張するんでしょ?」

さっきよりも近い距離で私の顔を覗き込んだ月島くんは、目が合うと得意気に笑った。私の顔には熱いくらいに熱が集中して、突如ばくばくと心臓が音を立てる。図星である。全部全部、お見通しだったんだ。恥ずかしい、顔から火を吹きそうだ。
それでもふわって笑う彼からどうしても目が離せないから、私はもうお手上げだ。私が主導権を握れる日は、いつか来るのでしょうか。

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