ずるいから好きです

中学から引き続き女子バレー部に入るために見学に来た私は、女子バレー越しの男子バレーに目を奪われてしまった。たまたまいつも使用している体育館が工事中で、今日は男子バレーと半分なんだという会話が左から右に流れていく。セッターの人から上がった綺麗なトスをどすんと撃ち抜くパワー。きっとあの人はエースと呼ばれるポジションなんだろう。空中姿勢が美しいのは勿論だけど、やっぱり女子には無い力強さにとても惹かれた。

「男バレの主将、及川さんって言うんだって!めっちゃイケメンだよね」
「そうなんだぁ」
「なまえちゃん冷めてる〜」

同級生の女の子の他にも一個上の先輩や、周りにいるギャラリーたち。その人たちの反応から、その【及川さん】は相当の人気者だということがわかった。まさか自分が【人気者の及川さん】に一目惚れをするなんて、この時の私は微塵も思っていなかったのだけど。


初めての部活動はほぼ見学と軽い対人パスで終わりを告げた。もちろん経験者である私を含めたほとんどの一年にとってはイマイチ物足りない時間で、先輩の目を盗んで噂話に花を咲かせた。どの子の話も口を揃えて及川さんがカッコイイという内容ばかりだったけれど、私はやっぱり、気づけば名前も知らないあのエースを視界に捉えてしまっていた。

私立ということで広い部室を与えられている女子バレー部。一年も部室を使わせて貰えるそうだ。
三年生が出て、二年生が出て、最後は一年。皆制服に着替えて帰るようだが、家が近い私は着替えもそこそこに部室を出た。扉を開けて校門へ向かう各部の合流地点、そこに【あの及川さん】が立っていた。

「やっほー、みょうじちゃん。へえ…なまえって言うんだね。いい名前だ。」
「へっ…」
「ここ、書いてあるから」

「男子バレー部、主将の及川です。」

まだ新品のジャージに刻まれた私の名前に触れながら、及川さんはそれを読み上げた。なんで、どうして、そんな言葉ばかりがぐるぐると頭の中を回る。

ドキドキの高校生。あんなことやこんなことが待っているのかと期待していた高校生。こんな漫画みたいなこと、本当にあるだなんて思っていなかった。
ふんわりと笑った及川さんを見た私は、この時初めて恋に落ちる音というものを聞いたのだった。


及川さんに恋をしてもうすぐ1ヶ月が経とうとしている。無事に女子バレー部に入部した私は、厳しくも楽しい日々を送っていた。あれから男バレと練習が一緒になることはなく、階が違う三年生とは会う機会もない。言うまでもなく進展なんてものは何もない。
もとより恋愛に対して積極的ではない私は、たまに視界の端に映る及川さんにときめくだけの日々を送っていた。

「あ、忘れ物した!先帰っててっ」

いつものように練習が終わり、一年で片付けをして校門まで歩いている途中、バッグの中にスマホがないことに気づく。部室でみんなと好きなアーティストについて話していたときにスマホで調べて、その時に置いてきてしまったようだ。気をつけてねと手を上げる部員に同じように手を上げて、部室へと方向転換。

「あった〜…よかった…」
「わ、びっっっくりした……」

部室にちょこんと取り残されたスマホを無事回収してホッとしながら、暗くなった体育館を通り過ぎる。よくないことではあるけれど、【大丈夫だった?】という心配のメッセージに返信しながらその道を歩いていた。すると、よく聞き覚えのある声が上から降ってくる。
え、え、…びっくりして顔を上げると、想像していたよりもずっと近くに及川先輩の顔があった。

「あ、え、お疲れ様です…」
「お疲れ!あーっと…みょうじなまえちゃん!」

ピコン、と閃いたように私の名前を口にする。たった一度だけの会話で、私の顔と名前を覚えていてくれたことに感激して胸がぎゅっとなった。

うわぁ、私、及川さんと話している。二人きりで。

「どうしたの?こんな遅くに。しかも一人?」
「あ、部室にスマホ忘れちゃって。それで…」
「あー、それはやっちゃったね。そうだ、送っていくからちょっとだけ待ってて」
「えっ!?」

にこりと爽やかに笑みを浮かべた先輩は、そそくさと部室の中に入って行った。そういえばまだ練習着だったな…こんな時間まで自主練してたんだろうか。有無を言わさず行ってしまったせいで、私はここに取り残される。

え、まって…送っていくからって言った…?
私今から、及川先輩と一緒に帰るの…?ふ、二人で……!?

どどどどうしよう…!?私汗臭いよね、絶対!髪もぐちゃぐちゃだし、どうしよう。
自覚したら心臓がバクバク煩くて、変な汗が噴き出してきそうだ。とりあえず私の気持ちを知っている一年メンバーのグループチャットにSOSを送る。しかしちょうど帰宅中のみんなからの返信はなく、一人で途方に暮れかけたその時、背後から及川先輩が私の名前を呼んだ。

「ごめん。一人で大丈夫だった?」
「だ、大丈夫です!むしろすみません!」

やってきた及川先輩が私の隣に並ぶと、ふわりと甘い香りがした。柔軟剤ではない、ちょっと女の人の香水みたいな香り。もしかしたら彼女の香水の香りなのかなと、少しだけ心臓が痛んだ。及川先輩に彼女がいるということは有名なことで、好きを自覚した頃から分かっていた。
それでもこうやって私なんかのことを送ると言ってくれるのだから、本当に優しくてすごい人だ。

「どう?部活楽しい?」
「はい、おかげさまで。きつい時もあるんですけど…」
「まぁそうだよね。部長の今井ちゃん、性格アレだもんね」
「厳しいですけど、優しいですっ」

私が困らないように答えやすい質問をいっぱい振ってくれて、とっても話しやすかった。こんなにしっかり話したのが初めてだなんて嘘みたい。
初めは夢みたいだと思っていたけれど、横を向いたらしっかり及川先輩の横顔が見えて、これは現実なんだと認識せざるを得なかった。

「なんか、なまえちゃんってかわいいね」
「へっ」
「一年生って感じ!うちの子もこんな素直だったらなぁ」

方向が同じだからと二人で乗り込んだ電車の中。吊り革に掴まって体重をかけた及川先輩が突然そんなことを言うので、びっくりしてその横顔を見る。へらりと笑う表情はいつものそれで、冗談半分だって分かっているのにどうしようもなく心臓がうるさい。男バレの一年生と比べて、なだけだと分かってる。分かってるけどそんな言い方ずるい…。

「んじゃ、気をつけて帰るんだよ。また明日ね」

何故か私の最寄り駅で一緒に降りた及川先輩は、すぐ反対方向の電車に乗り込んでいった。

彼女がいることも、私のことなんか眼中にないのも分かっている。
それでもこんなふうに直接おしゃべりしたり、本当は反対方向なのにこんなところまで送ってくれるなんて、普通の人だったら期待してしまうと思います。ずるいですよ、及川先輩。

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