ジェットコースター・ラブ

「菅原ってなまえのこと好きだよね、絶対。」

学食で肉うどんを啜っていた私は、その言葉にゲホゲホと噎せ返った。突然何を言い出すんだ、とはぐらかそうとも、目の前の親友は真剣な表情を崩さない。それどころかにっこり口角を上げて私の顔を覗き込んで来た。

「だってさ、めちゃくちゃなまえのこと見てるし。移動教室いつも一緒に行くし。委員会同じだし。」
「…移動教室は選択授業が同じだから一緒に行くだけだし、委員会に至ってはたまたま同じなだけだし。」

否定の言葉を述べながら、私の顔にはどんどん熱が集中してくる。絶対そうだと思うんだけどな〜と煮え切れない表情を浮かべる親友から視線を外す。パタパタとセーターの中に空気を送り込みながら視線を動かすと、今日も激辛麻婆ラーメンに食らいつくスガくんの姿を見つけた。いつものようにバレー部のメンバーに突っ込まれながら、地獄のように赤いものを口に運んでいる。

…好き、か。


さっき言われた言葉を反芻する。もし本当にスガくんが私のことを好きだったらと思うと心がふわふわ浮ついた。私は、彼のことが好きなのだろうか。ぼーっとしていると、激辛を食べ終わった彼がこちらを見た気がした。

どきっと鳴る胸の痛みがこんなに心地良いことに、今初めて気が付いた。


◇◇◇



「なまえって好きな奴とかいんの?」
「え、何急に。」
「いや、居んのかなーってさ」

五限は例の選択科目で、スガくんが行くぞーって当たり前みたいに私の席までやって来た。その時の親友の表情たるや。バレちゃうじゃんか、って思ったと同時に、もう彼のことを好きだと認めてしまっている自分にも気が付いた。
そんな矢先のこの話題に、私は分かり易く動揺する。気付かれないよう、悟られないよう必死に話題を躱した。


「俺は居るんだけどさぁ、好きな人。どうしたらいいかなって」

少しふわりと浮ついたスガくんの声が廊下に響いた。そう、なんだ。ちょっと照れたようなその表情に、胸がきゅっとした。なんで私にそんなことを言うの?感情がまるでジェットコースターだ。それでも、突然急降下した気分に活を入れて無理やり笑顔を貼り付ける。

「スガくんに告白されたら誰でも嬉しいんじゃないかな?…ほら、モテモテじゃん?」
「え、俺モテてんの?」
「この間も後輩の女の子に呼び出されてたじゃん」

「あぁ、あれは部活の後輩。一年のマネージャー!」

そこから話題は部活のことに逸れていったけど、私の心臓はキシキシと鈍い音を立て続けていた。いつもならあっという間に感じる教室までの道のりがとてつもなく長い。こんな気持ちになっているのは私だけなんだろうと思うと、その事実が足取りを更に重くさせた。

しかし、ジェットコースターはまだまだ終わらない。


「なあなぁ、なまえの好きな奴って誰?」
「自分で確かめればいいじゃん。」
「聞いたけど教えてくれなかったんだもん」

放課後、用事を済ませて教室に戻ってくると、そこには親友とスガくんがいた。そういえば今日の日直はこの二人だったな…。なんとなく入るのを躊躇ってしまったときに聞こえたその会話。
時間を経て静まりかけていた心臓がまたうるさく騒ぎ出した。なんかこれじゃまるで、スガくんが私のことを好きみたいじゃないか。

「さっさと告白しなさいよ」

「…そうしたいのは山々だけどさぁ〜」
「早くしないと取られちゃうかもよ、誰かに」

その言葉に、スガくんは机の上に項垂れた。どういうことだ、頭の中がぐちゃぐちゃで、気付けば身体はその場から離れるために動き出していた。

好き、すき、スキ…?私は、スガくんが好き。

スガくんも、私のことが好き……?


◇◇◇



昨日、火照りを落ち着かせて教室に戻った頃にはもう二人は居なくなっていて、ほっとしながら家路に着いた。目を閉じたら彼の笑顔が浮かんで眠れない、なんて王道恋愛ソングのようなことを味わってしまい、すっかり寝不足の私。

「なまえ!おはよ!」
「ひゃっ…お、おはよう」

突然声を掛けてきたのは、昨日から私の頭の中を占領しているあの人。自然と隣に並んだスガくんに、私の心臓の音が聞こえてしまわないか心配になる。

「…あれ、なんか元気ない?これ食べるか?」
「え、いや…」
「どうせまた朝飯食ってねぇんだべ!やるわ」

強制的に私の手に握らされたのは、近くの商店で売っているチョコバーだった。スガくんは朝練後だし、自分で食べるつもりだったのでは…。
と思っていると、彼はエスパーなのか『後輩にあげるつもりだったやつだから大丈夫』と笑った。

ありがとう、ってやっとの思いでお礼を告げると、いつもの爽やかな笑顔を向けて先に教室へ入っていった。なんかいい匂いした、どうしよう。

「なまえ、菅原が呼んでる!」
「…え?」

嫌な予感がしたのは、体育前の着替えをしていたとき。クラスメイトの女の子が私を呼ぶ声だった。ザワザワとした声が遠くに聞こえて、私の心臓の音だけが頭に響いてくる。親友を振り返ると、がんばれと口パクで言われた。言われるがままに廊下に出ると、角の階段裏に彼の影を見つけた。

「どうかした?」

「…あ、なまえ、あのさ」

この空気は、どうしても期待をしてしまう。嫌に静かな廊下と、拳を握り締めた私たち。なんだか酸素が薄い気がして、冷えた空気を吸い込むとヒュ、と鳴るのが聞こえた。

「今日の体育、バレーなんだけどさ、頑張るから。俺のチームが勝ったら付き合ってください」

「…え、」
「返事は終わってからでいいから!んじゃな!」

私の頭の中は真っ白だった。有無を言わせずに去っていったスガくんの背中を見送りながら、じくじくと熱を持っている頬に両手を添える。指先は冷たくて震えているのに、全身が熱くて堪らなかった。

やはり事情を知っていたであろう親友に回収され、体育館へと向かう私。どうしても視線は彼を追ってしまって、自分の競技には全く集中できない。女子生徒の誰かが"男子の試合見たい!"と声を上げたことにより、最後の試合だけ観戦できることになった。
…こんな上手い具合に行くのだろうか、とすら思ってしまう。


周りにいるのが経験者じゃないからなのか、スガくんの動きが一層綺麗に見える。無駄のない構え
としなやかなセットアップ。相手のチームに主将の澤村くんがいることもあってか、試合は白熱を極めていた。

デュースに持ち込まれて、あと一点取られたらスガくんのチームは負けてしまう。

声こそ出さないものの、心の中ではずっと祈っていた。スガくんが勝ちますように。ギリギリ持ちこたえて今度はスガくんのチームが一点リード。あと一点で勝てる。いつの間にか、両手を握り締めがら食い入るように見つめていた。

「…がんばれっ」
「大丈夫、きっと勝つよ」


親友が隣に立って、私の背中を撫でてくれた。ふと緊張が緩んで、こんなに強張っていたのだと恥ずかしくなる。
その時、相手からのレシーブがきれいに上がり、ふわっと綺麗なセットアップ。スガくんのセットアップは静かでとっても綺麗だ。何故かそれがスローモーションに見えた時、相手のコートにボールが落ちていた。っしゃ!という声と女子たちの歓声が聞こえる。


…勝った?


「なまえ!」

声のする方を振り返ると、ピースサインをこちらに掲げるスガくんがいた。なんだろう、私、泣いちゃいそう。視界が歪んでいくのを必死に堪えながらピースし返すと、弾けんばかりの笑顔をお返しにくれた。
男子も女子もざわざわしているのに気が付かないほど、私の心は絶頂だった。


「大好きだなぁ…」

思わず溢れてしまった言葉をしっかり届けるために、私はその背中に駆け寄った。


「あの、」
「なまえが好きです!」

パッと振り返った彼は、真剣な表情で私を見つめる。瞳がゆらりと揺れて、吸い込まれてしまいそうになった。


「わたしも、スガくんが好きです。」

超スピードで音を立てる心臓。今はその痛みすら心地良い。
ふわりと笑った彼は、私を胸の中に閉じ込めた。

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