ミルクセーキに沈む

新しい年が始まって早くも半月。私は浮かれる気持ちを抑えて、電車から指定された最寄駅に降り立った。

「なまえちゃん!」
「仁花〜〜!久しぶり!」

ぎゅっと大天使を抱きしめると甘い香りがしてキュンとする。全国の男性陣は、可愛すぎる彼女に対してこんな気持ちを抱いているのか…。うんうん、とその感情を噛み締めながら一度身体を離す。
厚めのコートに身を包んだ私たちは、それでもなお寒い空の下、身を寄せ合って目的地へ向かった。

「こんばんはー!」
「なまえちゃん、仁花ちゃん!久しぶり!」
「潔子さぁん!」

そうだ、今日は元烏野高校排球部・大新年会だ。
私たちが20歳を迎えた今年、みんなで飲もう!と先輩たちが提案してくれたもの。それが嬉しくて私は一日中浮かれていた。海外に行っている日向や西谷先輩、東京にいる東峰さんは参加できないと連絡がきていたけど、それ以外の地元にいるメンバーはフル参加だ。

この間成人式で会ったメンバーに以外に会うのは、実は私たちの卒業以来で少しだけ緊張している部分もあった。潔子さんとは連絡を取っていたりしたけれど、実際に会ったのは約2年ぶり。

「二人も成人式終わったんだよね?楽しかった?」
「はい。皆大人になってて」
「私からしてみれば二人も大人になったなって感じするよ」

卒業してからなんと田中先輩と付き合うことになったという潔子さんは、当時もクールビューティーだったけれど今は溌剌とした感じが追加されて、本当に綺麗なお姉さんだ。素敵すぎる。


潔子さんと話をしながら視線をぐるりと回すと、他にも見知った顔が勢揃いしていてどうしても胸が躍る。

「おう、二人とも!久しぶりだな!」
「スガさん!大地さん!」

視線の先で既にビールジョッキを掲げている二人が片手を掲げたので、軽く頭を下げた。とりあえず、空いていた二人の目の前に腰掛けながらコートを脱ぐ。仁花は…反対の端に座ったみたいだ。そばに潔子さんがいることを確認したので、安心して改めて先輩二人へと向き直る。

「谷地さんもだけど、みょうじが酒飲む年になるとはなあ〜…」
「え、どういう意味ですか…まさか、まだ餓鬼ってことですか!?」
「ぶは、あながち間違ってない」
「待って、先輩たち開始早々酷すぎる!」

ゲラゲラ笑う二人に眉を潜めていると、ちょうどやってきた生ビール。ジョッキを掲げて先輩たちの手元にあるそれと合わせると、刺激を受けて黄金の液体がシュワシュワと煌めいた。
実を言うとまだそんなに美味しいと思わないけど。ビールで良いよな?って田中先輩に言われたから「はい、喜んで!」なんて適当に答えてしまった。やってしまったやつ。とはいえ、全く飲めないわけではないのでそのシュワシュワを飲み下す。

「どうせ適当に頼んだろ〜、これ飲む?」
「スガさん……」

頑張れたのは半分までだった。苦い、何これ。ほんとさ、なんでこんなのが美味しいの?
と言う全て顔に出てしまっていたのか、スガさんはまた私の顔を見てゲラゲラ笑った。あの、さっきから人の顔見て笑うじゃないですか。

先輩の手にあるのは多分レモンサワーで、少し減っているから飲みかけかもしれない。

「あ、えと…」
「ん、交換ね」

流石に飲みかけはやばいんじゃないか。もしかしたら彼女がいるかもしれないし、先輩だって本当は嫌かもしれないし、というか…間接キス、だし。

そうやって悩んでいるうちに、私の目の前にあったジョッキは取り上げられて、レモンサワーのグラスを握らされた。

「ありがとうございます……」
「ふふ、いーえ」

アルコールが回っているのか、スガさんはいつもよりもふにゃりと蕩けた表情で頬を緩ませた。
今まで彼のこんな行動に何度ドキドキさせられてきたんだろうか。思えば高校に入学してすぐの時からだった。簡単に頭を撫でたり、ペットボトル回し飲みしてみたり、距離が異常に近かったり。今考えてみればそれらの全てはスガさんのパーソナルスペースの狭さに関係しているんだろうけど。そして烏野高校排球部は割とみんなパーソナルスペースが激狭だったんだけど。

頬杖をついたスガさんは、ニコニコしながら私のことを見る。

「…なんですか?」
「んーん、なんでもない」
「めっちゃ見てるじゃないですか」
「んー、強いて言うなら、高校の時のこと思い出してた」

少し思い返すような懐かしみに溢れた表情を浮かべた彼は、一拍おいて手のひらを私に向けた。

「え?」
「みょうじちゃんがスガさんの手って意外と大きいですね、なんて言うからさ。大きさ比べっこしたの覚えてる?」

覚えているような、いないような。一生懸命思い出そうとするけれど、その記憶にはモヤがかかっていて鮮明には思い出せない。そんな程度の朧げな記憶だ。

「こうやってさ、合わせたじゃん」
「…そうでしたっけ?」

左手が私の左手を掴んで、スガさんの右手と合わされる。熱を持った手のひら同士が触れると、じんわりと相手の体温を感じた。どうしよう、こんなのドキドキしちゃうに決まってる。

「俺、スッゲェ緊張してさー、そん時。何言ったか覚えてないんだよね。」
「……今、は?」

「今もしてるよ、あんま成長してねぇな、俺」

困ったように、自分を馬鹿にするように笑ったスガさんの表情が私の胸を締め付ける。どんな感情なのかわからない、ぐちゃぐちゃになった感情が心臓を圧迫した。苦しい。…何これ、何が起きてるの?


パチパチと瞬きを何度か繰り返すと、スガさんの手のひらはあっという間に私から離れていった。誤魔化しなのか、焦りなのか、グッとジョッキを煽ったスガさんの視線は私から外れる。

どうしよう、このままじゃ変わらない。あの時は変わらなくていいと思っていた。
先輩と後輩のまま、その心地の良い関係のままで良いんだと思っていた。だけど今、私とスガさんを繋ぎ止める関係性の名前は何もない。

「…あの、先輩」
「ん?」
「私のこと、お持ち帰りしてみませんか」

口に出した言葉が恥ずかしすぎて顔から火を吹きそうになる。目を丸くしたスガさんの顔が見えたけど、すぐに下を向いた。返事を聞くのも、表情を見るのも怖い。

もっと可愛い誘い方とか、遠回しな表現があるはずなのに。真っ白になってしまった私の頭の中には、どストレートなその言葉しか浮かばなかった。あぁもう、もっと大人になっているところを見せたかったはずなのに。うまくやれるはずだったのに。

ねぇスガさん、私、大人になったの。ビールはまだまだ苦いしお酒だって自分で頼めないけれど、何も踏み出せなかったあの頃の私よりは成長しているはずだったの。


「……ん、先に出よっか」

予想していなかった応えに、勢いよく顔を上げる。スガさんの頬は今まで見たことないくらい赤く染まっていて、照れたような焦ったような初めて見る表情を浮かべていた。その言葉にコクリ、と頷くとホッとした彼の口元も綻んでいく。

もしかしたら私、今までドキドキさせられた分のお返しができたんじゃないだろうか。

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