愛情とは

浮気をされたとか、他に好きな人ができたとか決定的な理由があるわけではない。だからと言って、その先に踏み出すような決定的な理由があるわけでもなかった。二十五歳、そろそろ周りの友達から同棲やら結婚やらの報告が来るようになってきた。私は?このままでいいのだろうかという漠然とした焦りを感じた結果、私は蛍くんと別れる決断をした。

もう一度言うけれど、決して浮気をされたとか嫌いになったとか、何か癪に障るようなことを言われたとかはない。ただ……ただ、本当に彼に愛されているかどうかわからなくなってしまっただけ。彼はその性格故、好きだとか愛してるだとか、そういう類の甘い言葉を私に言ってくれる機会が多くない。それでも表情とか行動で好かれていることが分かるから今まで気にしたことが無かった。

「ナマエは同棲とか考えないの?もう付き合って長いよね?」
「高校卒業して大学の時からだから…もう5年経つのかな」
「長!それで同棲の話とかならないの?」

信じられない、という友人の顔が今でも鮮明に思い出される。確かにそういう話をしたことは今まで無かったし、私も脳の端っこにチラつくくらいで真剣に考えたことが無かった。

「…それ、ちゃんと愛なの?長く付き合ったらもう好きじゃないのに情が湧いちゃうって言うじゃん」

愛、情。その二文字がぐるぐると頭の中を巡った。確かに付き合った当時はちょっとしたことでドキドキしちゃってたけどそんなことはなくなった。蛍くんがデートプランを考えてくれることが嬉しかったけど、今では大体家でまったり。
これは、"情"なんだろうか。

「ねぇ、蛍くん」
「ん?」

リビングで小説に視線を落としている蛍くんに声を掛けた。別のことに集中しているときの生ぬるい返事が、私のモヤモヤを更に助長させる。

「私のこと、好き?」
「え、何言ってるの急に」
「あはは、ごめんね突然。気にしないで!」

大体反応を予想していたけれど、予想通りの反応を受けた私の心は萎んでいく。少し、ほんの少しだけ、好きだよという言葉を期待してしまった。突然こんなことを聞いたら当たり前の反応なのに、胃がキリキリと痛む。情。もしかしたら蛍くんも、情で私と一緒に居てくれてるのだろうか。

その日からなんだか考え込んでしまって、蛍くんとの連絡もなんだかギクシャクしてしまう日々が続いた。私が勝手に気まずくなってしまっているだけだけど、少しずつ見切りを付けているみたいで嫌だ。それを知らないままいつものように淡白な返信をしてくる蛍くんも、今週は会えないって言っても『分かった』とすんなり受け入れてしまう蛍くんも嫌だった。生まれた距離をヒシヒシと感じて思ったのは、やっぱり別れたほうが良いんじゃないかということだった。このままダラダラと付き合っても何も生まれないんだったら、きっとそれぞれの道を歩んだ方が良いのだろう。お互いもう、高校生じゃないんだから。

今日は蛍くんと話をしよう、そう決意して彼の家のインターフォンに指を添える。そもそも彼に会うのは二週間ぶりだった。こんなに時間が空くのは初めてで、緊張なのか切なさなのか良くわからない感情に包まれる。どんどん足元から暗闇に引きずり込まれていく気がして、インターフォンから手を離した。

…やっぱりまだ、別れたくない。


「…なにしてるの?」
「蛍、くん」

今日は会うのを辞めようと踵を返したところで、丁度帰宅したであろう蛍くんに遭遇してしまった。頭がグチャグチャだから、今話したら収集がつかなくなってしまうはず。

「ごめん、今日は…」
「何、その顔。酷い顔してるんだけど」

怪訝そうな顔に見下ろされる。ダメだ、今日は。帰らないとと思えば思うほど身体が動かなくなって、その一瞬で蛍くんは私の目の前に立っていた。

「あの、ごめん…その、」
「いいから」

ふわりと蛍くんの香りがしたかと思えば、抱え込むように抱き締められた。ぎゅっと腕に力が籠ると安心してぼろぼろ涙が出てくる。マンションの廊下なのに、普段なら絶対に嫌がるのに、蛍くんはそのまま暫く抱き締めたまま居てくれた。

「ナマエが不安に思ってるのかもって、よそよそしくなって気付いた」
「…気づいてたの?」
「そりゃ、あんなあからさまに態度変えられたら誰でも気づくよ。…ごめん。」

人差し指でべしゃべしゃになったほっぺに触れながら申し訳なさそうに眉を下げる蛍くん。

「好きだよ。誰よりも、大好き」
「うんっ…わたしもだいすき」
「分かったからもう泣かないで」

蛍くんは、スウェットの袖で私の涙を拭いながら持っていたレジ袋を掲げた。その袋の中にはプリン、チョコレート、ちょっと高いアイス。どれも私の好きなものばっかりで、何も心配する必要なんてなかったのになと頬が緩んだ。

「私のこと大好きだね」
「だからそうだって言ってるでしょ。あんまり言うとアイスあげないよ」

愛とか情とかわからないけど、あなたが好きです。それだけで充分だよね。

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