きっと星空の下

東京でも冬は冷えるんだなぁ…そんなことを客観的に考えながら夜空を見上げていた。街路樹のくぼみに腰掛けながら、白い息を吐き出す。明日は春の高校バレー、初戦だ。

私が試合をするわけではないのに、嫌な高揚感を抑えられず眠れなかった。頭から布団を被ってみてもそれは変わらず。同じマネ部屋で眠っていた二人を起こさないようにそっと部屋を抜け出すと、ヒヤリとした空気が肌に触れる。高まった気持ちが少しだけ落ち着いた気がして、深呼吸を一度。

「最後かー……」

ぽつり、と呟いた言葉は、星が見えない真っ暗な空に吸い込まれて行った。勿論、3年間ずっと楽しかったわけではない。選手たちが葛藤を繰り返していたように、私自身もマネージャーとして、幾度も『このままでいいのか』と自問自答した。
特に今の一年が入ってくる前まではそうだった。このままじゃダメだろう、でもどうする?正直、目の前が見えなくなることだってあった。それが今、明日は夢の東京体育館オレンジコートだ。奇跡だ、なんて言葉で片付けてしまうのはどうかなと思うけれど、本当に奇跡ってあるんだなと思う。

「風邪引くなよ〜」

「…菅原?」



声がした方を振り返ると、マフラーをぐるぐる巻きにした副主将の姿があった。

「なまえが旭モードだとは思わなかったな」
「旭モードって……」

ケラケラと冗談を述べながら、菅原は私の横に腰掛けた。ふわりと旅館備え付けのシャンプーの香が鼻を擽る。いつもみたいに冗談を言ったくせに、その表情はいつもよりも固かった。そりゃ当たり前か、と思う反面、菅原でもそういう風に思うことがあるんだと安心する。この人は、いつも場を盛り上げる側だから。

「……寒くね?」
「寒い」
「東京はあったけぇもんだと思ってた」
「東京を舐めてたね、私たち」

暫くの沈黙を割ったのは、菅原の明るい声。多分、お互いに分かっていた。寝れないんだろうな、と。それを口に出すことはなかったけど、一人よりも二人の方が有り難かったのも事実。明日日向と影山は大丈夫だろうか、先生たちは飲みすぎて二日酔いになっていないだろうか、宮城は雪が降ってるだろうか、そんなどうでもいい話をツラツラとして、笑い合った。
やっぱり話の中心に来るのは部活のこと、バレーのこと。いろんなことがあったよね、なんて笑ってみたりもした。

「三年間、ありがとな」

シン、と周りが静まり返る。さっきまで聞こえていた車が通る音も、街ゆく人たちの話し声も、全部ピッタリ止まった気がした。なんで今なの。

「……まだ早いよ」
「そうなんだけどさ、なんかさ、言わなきゃなんねー気がしたんだよ」
「何それ。菅原も旭モードじゃん」

ついさっきまで馬鹿みたいな話しかしていなかったくせに。じんわりと涙が浮かんできて、目の前が歪んだ。今菅原の顔を見たら本格的に泣いてしまいそうで、足を伸ばしてそのつま先だけを見つめる。ねぇ、辞めようよ、まだ終わってないじゃん。

「俺、まだみんなとバレーしたいんだよ。なまえと、皆と、まだ見たことないところまで行ってみたい」
「まだ始まってもないじゃん、」
「このメンバーでここまで来れてさ、最高だなって思うわけよ」

「……でもさ、これで終わりかもって思ったら、怖いんだよ」

握り締めたその手が震えていた。私の手もちょっとだけ震えていて格好悪いかもしれないけど、そっと重ねてみる。普段見せない彼の弱いところ。もしかしたら主将である大地とか旭には見せているのかもしれないけど。私が三年だったから、三年間共に過ごした仲間だから見せてくれるのかと思うと、どうしても嬉しくなってしまった。

「私はまだ、言わないよ」
「…?」
「私はまだ、ありがとうとか言わない」

驚いてこちらを見た菅原と、久しぶりに視線が交わる。

「私は選手じゃないからコートの上で一緒には戦えない、けど。一緒に喜んだり、一緒に悔しがったり、一緒に怖がれる権利はあると思ってる。だから……勝ってよ、明日」

怖さの大きさで言ったら比にならないのかもしれない。責任、後悔、重圧…私じゃ到底計り知れない、いろいろなものを背負っているのかもしれない。でもさ、一人じゃないでしょ。菅原も、私も、みんなも、一人じゃない。みんなで戦うんでしょう?

「……っあー……はぁ、やられた…」
「皆には内緒にしておいてあげるね」

ずず、と鼻を啜りながら菅原は空を見上げる。目元がキラキラしていて、純粋に綺麗だなぁと思った。全部背負って、前に進むこの人は強い人だ。その場にいると安心して、素直についていきたいと思える人だ。繋いで体温を分け合ったままの手は、まだなんとなく離したくなかった。

「…なまえが泣いてたのも、秘密にしてあげんべ」
「じゃあ、いつか笑い話として披露しようね」

それがいつになるかは分からないけど、きっと笑って話せる日が来るはず。その日ができるだけ遅くなることを祈りながら、今は二人で夜空を見上げる。

「ありがとう、菅原が来てくれて良かった。」
「もー、だめ!もう泣かせんな!」

泣きながら笑ったこの日は、きっと、他の部員が嫉妬しちゃうくらい大切な思い出。

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