惚れられた強み

男女の友情は成立しない、なんて言葉はよく耳にする。それでも私は、男女の友情は成立すると思うのだ。いや、思いたいのだ。
だって面倒じゃない?恋とか愛とか、そういうの。

「んー、そうかねぇ」

半ば吐き捨てるように言った私に対し、菅原は頬杖をつきながらこちらを見た。その表情から、今思っていることはきっと『どうでもいい』だ。どうせ昼飯何食おうとか、今日の練習メニューはなんだったっけな、とか、今の話題に関係のないことが頭の中を占めているのだろう。
はぁ、とため息をつくと、今度はムッとした表情でこちらを見つめた。

「ため息つくと幸せ逃げんだぞ」
「もともと今の幸せなんてないもんね」
「そう言ってる今が、案外幸せかもよ?」

なんつって、と戯けると、くしゃりと笑みを浮かべた。菅原は時々、どこか達観したような表情をすることがある。その度に私は、まるで親が私を残して遠くに旅行に出掛けてしまったかのような不安に襲われるのだ。

彼、菅原孝支は、私の友達だ。友達…というと薄すぎるか。いわば腐れ縁というやつだ。中学二年生から同じクラス。高校受験は示しを合わせたわけでもないのに志望校が同じで、いざ入学してみればなんとまた同じクラス。そしてそのまま三年間、同級生を決め込んでいる。
ここまで来るともう運命じゃね!?とノリで言えるほどの仲である私たちは、三年のクラス替えでは「どうせ同じクラスだろ」と話したのち、見事に爆笑しながらハイタッチを交わした。

「みょうじだってさ、もしかしたら突然そういう相手が現れるかもしれないべ?」
「白馬の王子様的な?」
「そーそー、」
「へぇ、菅原ってロマンチストなんだね」
「馬鹿にしてんだろ!?」

そう、この位が心地いい。軽口を叩いて、巫山戯たことを言い合えるこの関係がちょうど良いのだ。
勿論側からみればこの距離感なわけで、付き合ってるの?などと聞かれることも少なくない。それでも、中学のときから腐れ縁だと言うことを説明し続けたのと、普段の会話の内容のおかげでその噂はどんどんなくなっていった。おかげで三年になった今は、私の独壇場である。非常に楽だ。


それでも、貴重なお昼休みに溜息をついていた理由が一つ。
私の平穏な日々が失われつつあったからだ。

「まぁ、まさかあの相澤に彼氏とはねぇ」
「皆まで言うな!」

親友であり仲間であった相澤に、彼氏ができた。
友達が多いわけではない私はいつも相澤と昼食を食べていたのに、その相澤は彼氏と食べるからと言ってウキウキで教室を出て行ったのだ。

幸せなことは、悪いことじゃない。むしろ良いことだ。
それでもこういう類のことがいざ起きてしまうと、自分の虚しさを実感せざるを得ない。

「みょうじでも寂しいとか思うの?」
「…私のことなんだと思ってるのさ」

じと、と見つめると、当の本人は全く気にしていなさそうな顔でへらりと笑った。なんでそんなに楽しそうなんだよばかやろう。

「みょうじは心配しなくても、すぐ彼氏できるよ」
「は?何言ってんの。自分の方がモテる癖に」
「いやー、俺は全然」

私は知っているぞ。他のクラスの女子たちが、菅原のことを王子様と呼んでいることを。確かにこの男は見た目は爽やか系イケメンだし、話すと話しやすくて面白い。進学クラスに居るだけあって頭も良いし、空気も読める。それにバレー部の副部長をやっていて面倒見も良いときた。

……あれ、もしかして菅原ってめちゃくちゃハイスペック男子なのでは?

「みょうじのこと可愛いって言ってる奴、結構いるよ」
「そんなこと言ったら菅原だって、女子の間で人気だよ」

よく考えてみれば、モテないはずがないのである。
告白されただなんて噂も、確かに聞いたことがある気がする。

じゃあなんで、彼女作らないの?


「じゃあ、俺なんてどうですか?結構優良物件だと思うんだけど」
「は?」
「みょうじが誰にもモテてないって言うんなら、俺が貰ってあげる」

パチリ、瞬きを繰り返す。
それでも目の前にいるのは菅原に変わりはなくて、目の前の人から発されたセリフということは間違いなくて。ということはやっぱり今の言葉を言ったのは菅原ということで。

「ま、考えといてよ」

へらり、またいつものように笑った菅原は、ジュース買いいくべ!と周囲の男子に声を掛けて去っていった。

信じたくないけれど、古来から伝わる「男女の友情は成立しない」という問いは、もしかしたら正しいのかもしれない。そう思ってしまうほど、彼の言葉が私の心を乱した。

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