生クリームよりも甘く

本日は、12月25日土曜日。せっかくの休日に加え、聖なるクリスマス当日である。
そんな特別な日も、烏野高校バレー部には関係のないことだ。

当たり前のように朝から体育館に集合し、当たり前のように部活をした。さぁ、昼食をとるぞ!というところで、主将である澤村の声が体育館に響き渡る。

「突然だが、残念なお知らせがある」

「なんすか大地さん!改まって…」
「残念なお知らせってなんですか!?まさか大地さん…」

深刻な空気が体育館を包み、心がざわざわしてきた。なになに?また誰かが何かやらかしてしまったんだろうか。
神妙な面持ちな主将は、重い口を開いた。


「皆知っていると思うが、今日はなんとクリスマスだ。よって…


今日の部活はこれで終わりだ!!」


「「うおおおおおおお!!!!」」

体育館が割れてしまうのではないかというほどの雄叫び。後輩の田中と西谷と日向は犬かと思うくらいにぐるぐると体育館の中を走り回っていた。

「…俺はバレーしたいっす」
「影山くーん、休息も大事ですよ?」
「クリスマスなのに予定もないんだろうね、影山クンは」

平常運転な排球部員に笑みを溢しながら、予定がないのは私もだなと苦笑を浮かべる。午後が休みになるのが分かっていたなら、クラスメイトがやると言っていたフリーの人たちで集まる女子会に参加の申し込みをしたのに。

「ってことで…クリスマスパーティーやるぞ!」
「「「うえーーーい!」」」

澤村の一声により、さらなる盛り上がりを見せる部員。

「もちろんお前らも、な?」

その視線は私と同じくマネージャーの潔子をしっかりと捉えていて、二人で顔を見合わせて笑った。どうやら、賑やかなクリスマスが幕を開けたようだった。

同じく三年の菅原と東峰はこのことを知っていたようで、私たちの驚いた反応を見てケラケラ笑っている。

「私たちには言ってくれたってよかったじゃん…」
「ふは、サプライズだべ?」
「そういうこと」

ヘラヘラ笑いながら言う菅原の肩を小突きつつ、次なる目的地であるカラオケへ向かっていた。どうやら高校から近くのカラオケを予約済みらしく、本当にウチの三年は抜かりない。


「クリスマスだな」
「?そうだね、どうしたの急に」

隣を歩いていた澤村が急にそんなことをいうので、ギョッとしてしまう。寒さからマフラーに埋めていた顔をあげながらそちらを向くと、前だけを見ている澤村が目に入った。
まさか、センチメンタルな気持ちにでもなっているのだろうか。

「高校生最後のクリスマスだな」
「……だから、どうしたの」
「いいのか、このままで」
「は、」

澤村の視線は、少し前を歩く菅原の背中を確実に捉えていた。それだけで言いたいことが全て分かってしまって、その顔から目を逸らす。

「……いいも何も、なるようにしかならないよ」

私が菅原のことを好きだということは、この人にはもうすでにバレバレだった。一年でマネージャーになり、二年の時には彼のことが好きだと自覚していた。澤村にそのことがバレたのは自覚してすぐ。もしかしたら私が好きだという感情に気付く前から、澤村は気付いていたのかもしれないなと今となっては思うけど。

折角チャンスをくれてやったんだからなんとかしろよ

澤村の目は、そんなことを語っているように思えた。
それでも私はその一歩を踏み出す勇気もないし、踏み出す気もない。だってこんな春高も受験も目前に迫った高校三年生のクリスマスに、恋愛に現を抜かしている暇がない。私も、もちろん菅原も。

この気持ちを今は仕舞い込んで、卒業するときに、気持ちだけ伝えよう。そう私は決めたのだ。


「はぁ、スガもスガならお前もお前だな」
「何なのよ」

あからさまに溜息をつく澤村を睨みつけるけど、それはノーダメージだったようで私の言葉を華麗にスルーしながらカラオケボックスに吸い込まれていった。
一度家に戻ると言っていた潔子も合流し、クリスマスパーティーという名のカラオケ大会が始まった。

買い出しに行って来るという二年生を見送り、私は席につく。
空いているのは潔子の隣と、菅原と東峰の間。迷いなく潔子の隣に腰掛けると、「なんでよ」と少し不機嫌な顔で言われた。

え、寧ろなんでよ。

「なんであっち行かないの」
「え、酷くない?」
「……だって」

澤村に続けて、次は潔子まで。じとっとしたその視線が居心地悪くて、仕方なく座る場所を変えた。

「お、どした?場所移動?」
「ん、ちょっと色々あって」

軽く菅原と言葉を交わすと、先ほどまで私が座っていた位置に澤村が座って、二人してこちらを見ていることに気が付いた。今度は私からじとっとそちらを見ると、ケラケラと二人が笑い出す。くっそう、私で遊ばないでよね、ばあか!
心の中の声が聞こえたのか、二人は一層楽しそうに笑っていた。


「なまえさん!」
「ん、どしたの日向」
「歌ってください!!!」
「えっ!?」

マイクを押し付けられたと同時に流れ出したのは有名なクリスマスのラブソング。可愛い後輩からのご指名を拒絶する先輩がどこにいるか。
少し恥ずかしさを感じつつマイクを構えると、横からすごく視線を感じた。

「ん?」
「……んや、」

流れ出したメロディーとともに前を向いたけど、心臓は音を立てていた。そんな目で私のこと見ないでよ。
サビに差し掛かるたびに、その愛の歌に熱が篭ってしまう。いっそのこと、この気持ちも歌に乗せて届いて仕舞えばいいのに。あわよくば、答えてくれたらいいのに。

「みょうじ、相変わらずうまいね」
「へへ、嬉しい。東峰も歌っちゃえー!」
「え、俺はいいよ…」

歌い終わった後、菅原が座っている左側を見ることができなかった。もしかしたら伝わってしまったかもしれない。緊張も、想いも、全部。
だから右にいた東峰にマイクを渡して、飲み物を取りに行こうと席に立った。

ふぅ、と溜息を一つ。熱った頬を覚ますように両手を頬に添えると、そこに相当熱が溜まっていたと気づいた。
…恥ずかしい。あんな告白するみたいな曲を、隣の人に向けて歌っただなんて。本人にばれていなかったとしても、澤村と潔子は絶対にニヤニヤしていたはずだし、その空気のせいで勘が良い月島なんかは察してしまったかもしれない。


「…ねぇ、なまえ」
「わ、すが、…どうしたの?菅原も飲み物?何にする?」

背後から声を掛けられてびくりと肩が揺れる。しかもその相手が、いろんな意味で一番会いたくないと思っていた相手だとわかった私は、いつも通りを装うことだけに必死だった。
サイダーのボタンを懸命に押す私の腕を、菅原の優しい手が掴む。

「…ちょっと、抜けんべ」
「え?」
「ちょっとだけ、だから。」

いやとは言わせてくれないような表情だった。いつも優しく後輩を見つめる目でも、巫山戯てくしゃりと笑う目でも、プレーをしている時の真剣な目でもなかった。じっと私だけを見つめる、少し不安そうな、恥ずかしそうな目。
そんな顔をされたら、胸が高鳴るのを抑えられないよ。菅原は、こくりと頷いた私の手を引いたまま歩き出した。


「…あのさ、俺、」

連れてこられたのは、カラオケの階段で。誰も通らないであろうそこには、静かに語る菅原の声だけが響いていた。もしかしたら、そうなのかもしれない。
密かな期待と不安だけが私を包む。

「ま、って…、えと、あの、」
「……いいから、聞いて」

期待と不安をぶち破りたくて浮かべたぎこちない笑顔は、全て打ち消された。握られたままの右手がじくじくと熱くて、侵食されてしまいそうになる。
この先に踏み入れてしまったらもう戻ることはできないと、直感で感じた。高校三年生の私にはそれは少しだけ重くて、怖い。それでも、菅原に、全部全部預けてしまいたくなってしまう。

小さく頷くと、彼はホッとしたように笑みを浮かべた。

「俺、なまえのこと好きだ」


「本当は卒業式とかで言おうと思ってたんだけど。さっきの聞いて、…クリスマスだし。ちょっと我慢できなくて。……ごめんな。」


それはもう、私がとても欲しかった言葉で。欲しくて欲しくて堪らなくて、でもその欲望を押し込んでいて。それなのに、その言葉を貰ってしまったら、私はどうなってしまうんだろうか。


「…うお、ごめん、…泣かないで」
「っ…ぅ、え、…ちが、」
「…ごめんな、ほんと」

溢れてしまったのは、言葉でも笑顔でもなく涙だった。菅原が焦ったようにこちらを手を伸ばす姿ですら、涙のせいで歪んで見える。違う、ちがうよ

「泣くほど嫌だって思わなかった。ごめん……忘れて、」
「違うっ、」

さっと私の涙を拭って離れて行こうとする手を掴むと、目を丸くした菅原の表情が今度ははっきりと浮かんだ。違うよ。嬉しくて、嬉しくて、そんなことを言ってもらえた私が幸せで堪らないんだよ。おんなじ、気持ちなんだよ。

「嬉しくて、しょうがなくて、……どうしたらいいかわかんない。私も、好きすぎて」
「……好き、?」
「好き、好きだよ。菅原のこと、どうしようもないくらい、好きで、…怖いくらい、好き、で」
「……そっ、か。好き、か。やっべ、…俺、すっげぇ嬉しい」


ふわり、と大好きな笑顔を見たあと、視界が真っ暗になる。いつもドキドキしていた菅原の甘い柔軟剤の香りがいっぱいに広がって、暖かくて、今、彼に抱き締められているんだと気づいた。しっかり鍛えられたその腕で、私のことを抱き締めてくれているんだ。

「大好きだよ、なまえのこと。俺もどうしようもなかった。制御とか、できなかった」
「うん、…嬉しい、とっても」
「……歌ってんの見てて。大地とか旭と喋ってんの見てて。あー、ぜんぶ、俺だけがいいのにな、とか思ってた」
「………うん、」

「ぜんぶ、俺のって言っていい?」

「…うんっ、」

顔を上げて初めて、菅原の頬が赤に染まっていることに気付いて笑みが溢れる。「あんま見んなっ」と顔を隠す彼は、いつものように笑っていた。


「私も、菅原は私のですって言いたい」
「うん、いっぱい言って」

「……大好き、」
「あー、もう、ほんと可愛い、好き。」

噛み締めるようにそんなことを言う彼のせいで、また心臓がきゅっとなる。寿命が縮まるんじゃないかというくらい苦しくなるのに、それは不思議と嫌じゃない。


「スガさん!激辛チップス買ってきましたよー!ってあれ、いないんすか!?」
「なまえさん!チョコ買ってきました!」

後輩たちの元気な声が遠くから聞こえて、ふは、と笑みを零す。名残惜しい気もするけど、戻らないといけないなと身体を離すと、指先が触れ合った。

「……みんなに俺のって、言わせて」

耳元で響く甘い声が擽ったくて肩が揺れる。そんな私を見て、また一つ悪戯が成功した子供のように笑った菅原。そんな彼と指を絡ませたまま、みんなの元に戻るのだった。

Merry Christmas! 2021

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