不純異星交遊
「菅原くんこんばんは。寒いねぇ」
「ぅお、みょうじ...。ふは、すっげぇあったかそー」
ドキドキしながらその背中に声を掛けると、彼はびっくりしたように目をまん丸にしながら私を振り返った。声の主がもこもこに着込んだ私だと気づくと、ふは、と笑いを零す。その笑顔の柔らかさに胸を締め付けられながら、私もつられて笑った。
よかった、ちゃんと声を掛けられた。
「今日こそ言うんでしょうね!?」
「な、ナンノコトデショウカ…」
彼女の視線が痛いほどに刺さる。彼との会話を終えて元居た場所に戻ると、にやにやと物言いたげな笑みを浮かべた友達が待ち構えていた。
…とまあ、こんな調子で惚けてはいるものの、私だってしっかりと分かっているのだ。図星を突かれて焦ったように視線を巡らすと、同じくクラスメイトでバレー部の澤村くんと談笑する彼と、また目が合った気がした。
「のんびりしてると取られちゃうよ?菅原、ああ見えてモテるし。」
「わ、分かってるもんー……」
私の言葉を未だに信じていないのか、彼女は相変わらずじとっとした目で私を見る。それに対して、私はむすっとした表情で返す。分かっている。自分でも嫌というほど分かっているのだ。
私は、クラスメイトの菅原くんに長めの片思いをしている。きっかけはとても些細だった。2年に進級して、当時仲良くしていた友達の誰一人として同じクラスになれなかった私に、それはそれは朗らかに声を掛けてくれたのが菅原くんだった。
もともと人見知りしがちな私にとってそれはただ一つの助け舟で、緊張していた心が解れたのを今でも鮮明に覚えている。
…と、そこから早1年と半年以上。私は菅原くんとクラスメイト以上でも以下でもない関係を続けているのだ。
菅原くんがモテることも、私の告白を蔑ろにするような人じゃないことも分かっている。それでも、彼に告白をして見事に玉砕する女子生徒が少なくないことも知っていた。バレーに集中したいからと言う理由は最もで、それはきっと嘘ではないのだろう。そこまで理解していてもなお、私には勇気が足りない。
はぁ、と不甲斐ない自分自身に心の中で溜息をついた頃、同じクラスの木村くんに声をかけられた。
「みょうじさんって、彼氏とかいるの?」
「?いないよ」
「じゃあ、…好きなやつ、は?」
「あー…え、と…」
今まさにその事を考えていました。なんて恥ずかしいことを言うことは出来ないだろう。
言い淀んでいると、目の前の木村くんはちょっと困ったように笑った。あぁ、困らせてしまったなと瞬時に悟った私も、きっと彼と同じように笑っていたことだろう。
「みょうじ、ちょっといーい?」
「す!がわらくん!うん、どうしたの?」
思わぬ助け舟。後ろから声を掛けられたのに、声だけで彼だと分かった。
菅原くんはいつも私のことを助けてくれる。勢い良くそちらを振り返ってしまったことに気づき、流石に気持ちがバレバレなのではないかと焦った。
菅原くんの登場により、木村くんは小さく手を挙げて元居た男子集団に戻って行く。数回会話のキャッチボールをした後、小さく笑った菅原くんは私の隣にごく自然に腰を掛けた。その動きがあまりにもスムーズすぎて、ドキドキすることも忘れてしまう。
…まるでカップルみたい。なんて邪念を振り払うように首を左右に振った。
「流れ星、見れた?」
「いや、まだ一回も…」
何か喋らないと、と出た言葉は、ごく平凡な会話で。本当はもっと聞きたいことがあるのに。バレー部はどう?とか、勉強はどう?とか、
…好きな人はいるの?とか。
「ふふ、私も。でも、なんか菅原くんが隣に居たら見れそうな気がする」
「なんだそれ」
ふわりと笑う横顔が可愛くて格好良くて、思わず見惚れてしまう。柔らかそうなその髪の毛も、ぴょこんと主張したアホ毛も、長いまつ毛もちょっぴりセクシーな涙ぼくろも。いつかその全てに躊躇いなく触れるような関係になれたらいいのにな…。
「「あ、」」
身じろいだ菅原くんの手が、たまたま私の手に触れる。よ、よかったぁ…手袋してなかったら心臓飛び出てた!と慌てて手を避けようとすると、ぎゅっとそのまま握られた。
え?
噛み砕けないまま隣の彼に視線をやると、ばっちり目が合った。どうしよう、これは素直に喜んでしまって良いのだろうか。ラッキー、と捉えて良いのだろうか。
ぎこちなく笑った菅原くんは、このままでもいい?と首を傾ける。私に拒否をする理由なんて何もなくて、余裕のないまま頷くと、少しだけ握った手に力が籠った。
熱い。私の右手が菅原くんに繋がっていると思うと、途端にそれが私のものではないような気がした。右肩から下の感覚がない。
本当に手袋をしていて良かった。布の隔たりがなかったら、私の手は手汗でびちょびちょだ。そんなの台無しすぎる。
嬉しさと、恥ずかしさと、緊張と。そんなものを全て誤魔化すように広い空を見上げると、きらりと一つ、放物線を描いて星が流れるのが見えた。
「あ、流れた」
「うぉ、待って、えっ、どこ!」
「そこそこ!あ、また!」
流れ星、初めて見た!思わず大きな声をあげてしまったものの、隣の菅原くんからも呼応するように大きな声が聞こえて盛り上がる。そんな私たちを見守るように、夜空には幾つも星が流れた。
…そうだ、願い事をしないと。
こんなことを願ったら強欲だと神様に怒られるだろうか。それでも高校3年生の冬、どうしても願わずにはいられなかった。
お願いします。神様、どうか。
「菅原くん、お願いした?」
「うん。みょうじが幸せになりますようにって。」
「へっ?」
本日二度目の、間抜けな顔。こんな顔見られて恥ずかしいと思っているのに、どうしても言葉を噛み砕くことができずにただ瞬きを繰り返すだけの私。
幸せに、って何?ただのクラスメイトの幸せを星に願うなんてことがあるのだろうか。いや、心優しい菅原くんだからあり得るのかな。
「だから、みょうじが幸せになりますようにって」
「……じゃあ、そのお願い、叶えて貰ってもいいですか」
何度考えても、菅原くんから発せられる言葉は変わらなくて。だったらもういっそ、強欲になってしまってもいいですか?もしかして神様、私たちのこと見てる?
思わず菅原くんの手を握っていた右手に力が入った。少し俯いた後にもう一度顔を上げると、少し心配そうに私を見る彼と目が合う。どくんどくんと鳴る心臓が煩かったけど、それすらももう愛おしくて。
「私のお願いはね、」
軽く肩を叩いて耳元に唇を寄せる。小さい声だったけど、その言葉はしっかり彼に届いたようだった。
反対の手で口元を抑えながら私を見つめる菅原くんの頬は、暗くてよく見えないけど多分赤に染まっている。確認のしようがないけど、多分私はそれ以上に真っ赤だったと思う。
「…その願い、叶えさせてください。」
【菅原くんと、ずっと一緒にいられますように。】