花柄宇宙

「今日流星群らしいから天体観測しようぜ!」

そう言い出したのは誰だったか。菅原も行くだろー!?とトントン拍子で半強制的に決まったそれは、口頭では文句を垂れつつもなかなかに楽しげな内容だった。

今日は金曜日。
各自部活やら何やら済ませた深夜に学校に集合し、天文部に擬態化して学校に忍び込むというものだ。(まあきっと、誰一人として擬態化が成功するとは思っていないだろう。)顧問の先生がいるというのでもしかしたら怒られてしまうかもしれないが、高校最後の思い出づくり。少しぐらい羽目を外してしまったとしても許されるだろう。

…そして、何より。

「菅原くんも参加なんだね!楽しみだね!」
「おう。ちゃんと見れるといいなあ」

にこりと笑いながら此方に話しかけてくるクラスメイトは、何を隠そう俺の好きな人だ。思いがけない接触のタイミングにどうしても口角が上がってしまうのは、仕方のないことだと思う。それを知っている大地が何か言いたげに此方を見ていることに気づいたものの、俺は見て見ぬふりを決め込むのだった。

何はともあれ、楽しみだ。春高に向けてバレーに打ち込む自分にとって、少しばかりの浮ついた空気を肌に感じた。


◇◇◇



「おー、菅原!こっちこっち!」

集合場所である校門には、既に彼女を合わせて5、6人が集まっていた。その中には大地の姿もあって、少しばかり安心する。

「お前も参加すんのかいっ」と声をかけると、「面白いもんが見れそうだからな」と俺を揶揄うように笑っていた。見せもんじゃねぇぞ!

「菅原くんこんばんは。寒いねぇ」
「ぅお、みょうじ...。ふは、すっげぇあったかそー」

お返しとばかりに大地に肘を押し当てていると、背後から声を掛けられた。それは間違うはずもないその人の声で、慌てて振り返る。
寒い寒いと繰り返すみょうじは、その場の誰よりも厚着だった。防寒ばっちりそうなダウンに、マフラーをぐるぐる巻きにしている。

布に埋もれる小柄な彼女を見ると、愛しいという感情以外どこかへ行ってしまった。


「…抱き締めてぇ、」

「おい、漏れてるぞ。心の声が。」
「えっ!」

バッと周りを見渡す。不幸中の幸いなのか、俺の傍にいたのは大地だけでホッと胸を撫で下ろした。のも束の間、とびっきりのムカつく笑顔でこちらを見て来る。そもそも、思ったことが口からそのまま出ていたという事実に衝撃を受けた。どうやら俺も、非日常なこの空気に飲み込まれてしまっているようだ。

「なんだよ、その顔」
「さっさと告白すりゃいいのに」
「それが出来たらもうとっくにしてるべ」
「案外へなちょこだな、スガも」

その言葉には何も言い返せず、口をつぐむばかりだ。
俺だってもう白状してしまいたい。そしたら楽になれるのに。


既に天文部が入ったあとなのか、空けっ放しになっている不用心な校門から堂々と中に入る。部活が終わる頃には既に真っ暗だったものの、やはりこのシチュエーションで学校入るというのは妙なワクワク感があった。

屋上までやってくると、団体行動を乱してそれぞれ好きに散らばった。彼女はどこにいるだろうか、と視線を巡らせると、仲の良い女子生徒と盛り上がっているところだった。
…あそこには、さすがに入れねぇな。


「しゃーない、大地で我慢しよ」
「おいこら、代わりにするんじゃないよ」

といいながら、大地は拒否をしないことを知っている。にやりと笑いながら、男二人きりでの天体観測を開始した。

「今日ってふたご座流星群なんだよなー?俺、ふたご座」
「へぇ。ふたご座流星群って、恋の知らせが舞い込みやすいらしいぞ」
「え、なにそれ」

男二人でそんなロマンチックな会話してどうすんだよ、と笑う。ちらりと彼女が居たであろう場所に目をやると、そこに先ほどまでの楽しそうな気配は感じられなかった。その代わりにあったのはみょうじと、クラスメイトの木村。
確かサッカー部である木村は、みょうじのことを可愛いと零していたのを聞いたことがある。

「菅原さん。いいんですか、アレ。」
「……良いわけねぇべ」

背水の陣とはまさにこの事。その場から素早く立ち上がると、大地に背を向けて歩き出した。
頑張れよ、というその言葉を握り締めて。


「みょうじ、ちょっといーい?」
「菅原くん!うん、どうしたの?」

割り込むように声を掛けたのに、目の前のみょうじは俺を見て目を輝かせる。その目にどうしても期待してしまいそうになる。隣にいた木村は面白くなさそうな顔を浮かべながら、元居た男子の集団の中へ戻っていった。

「もしかして、邪魔しちゃった?」
「ううん、むしろありがとう」

良く分からないけど、ほっとした表情を浮かべた彼女を見たら、声を掛けて正解だったかもなどと思った。隣に腰掛けると、みょうじの体温が伝わって来そうで心臓が鳴る。いやいや、意識しすぎるな。自然に。
…とまぁ、意識すればするほど、緊張してしまうのは当たり前のことで。

「流れ星、見れた?」
「いや、まだ一回も…」
「ふふ、私も。でも、なんか菅原くんが隣に居たら見れそうな気がする」
「なんだそれ」

いつまで経っても心臓の音が落ち着くことは無く、なかなか隣を向くことができない。誤魔化す様に手を地面に置くと、ふわふわとしたものに触れた。

「「…あ、」」

それが彼女の手袋だと分かった時、緊張は本日の最高潮だ。メーターがあればぶっちぎっているはず。

「ご、ごめ…っ」
「……このままでもいい?みょうじ、暖かいから……なんて、」

離れて行きそうな手をぎゅっと握りながら、やっと隣の彼女を見つめる。うるさすぎる心臓の音も、もはや心地良い。暗闇では分かりづらいけど、多分お互いに顔が赤かった。


「あ、流れた」
「うぉ、待って、えっ、どこ!」
「そこそこ!あ、また!」

左手は繋がれたまま。ふわふわの手袋越しに、彼女のぬくもりが伝わる。
片手で上空を指さした彼女に操られるように空を見れば、スッと放射線を描いて星が流れた。それは一瞬だったのに、残像のように目に焼き付いた。

「…すごい、初めて見た」

これでもかとばかりに流れる星に、そっと願いを込める。一つの流れ星で3回なんて到底無理なスピードだったけれど、叶えて欲しい。だいぶ格好つけたお願いだけど。


「菅原くん、お願いした?」
「うん。みょうじが幸せになりますようにって。」
「へっ?」

俺の言葉が信じられないとばかりに、彼女はぱくぱくと口元を動かす。思わずふ、と笑うと、少しだけ拗ねたように俺の肩に触れた。
あぁ、抱きしめたい。そんな欲望をグッと堪えて空に向き直ると、繋がれた左手に少しだけ力が込められた気がした。

もう少しだけ、このままで居させてよ。


【あわよくば、俺が幸せにできますように。】

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