[目指せパリ五輪] 烏野応援団編 1.5

「なまえちゃん、パリに行かない?」

スマホに久しぶりに表示された名前に心踊らせながら文面を開くと、予想もしていなかった文字の羅列が脳を掠めた。理解するのに時間が掛かる。
メッセージの主は、高校時代に所属してた男子バレー部で、同じくマネージャーをしていた先輩である清水潔子さんだった。目を見張るほどの美人で、いつも冷静沈着。そんな彼女からこんなに理解ができない言葉が発されるとは思わなかった。

「パリ、ですか?」
「そう。来年のオリンピックはパリ開催でしょ。みんなで応援に行かないかっていう話になって。」

なるほど。
やっと点と点が繋がった。私の出身である烏野高校男子バレー部には、日向翔陽と影山飛雄という二人の怪物的後輩がいた。その二人、今ではなんと世界に名を連ねるオリンピアンだ。当時を見てきた自分にとっては、まさかあの二人が…と思うほどだけれど、今ではその事実もすっかり馴染んでいる。

その二人の応援に行かないか、ということだそう。二人だけでなく、共に戦い抜いてきた同世代には代表入りしている人が何人もいる、いわば“モンスタージェネレーション”。私たちは、その怪物たちを間近で見ていたのだ。

同じくチームメイトだった田中龍之介と結婚した潔子さんは、その田中の姉である冴子さんと応援旅行計画を立てているらしい。今のところ参加者は潔子さん、後輩の谷っちゃん、そして冴子さん…。
その面々を考えると、次に声を掛けられるのが私であるということも頷ける。そうか、谷っちゃんも行くのかあ。東京で社会人をしているという彼女の姿を思い浮かべ、久しぶりに会いたいなと頷く。

「ちょっと、考えさせてください」

うーんと唸りながら、一旦返信を送ると、すぐに既読がついた。

私としては行きたいが90%、少し心配が5%。そして残りの5%はもうすぐ帰ってくるであろう同居人に了承を得られるかどうか、の5%だ。


***



「たっだいまー!」
「おかえり、孝支くん」
「聞いてくんね?今日さ、」
「あのね、その前に…私も話したいことがあるの。」

玄関を開けて帰りを知らせた彼が、いつもよりも明るい表情に見えた。昨日だって年度末で大変だって愚痴を垂れていたのに、何か良いことがあったんだろうか。口早に何かを告げたそうな彼に気付いたけど、今日は私も話したいことがあるので神妙な面持ちでそう告げる。

こちらの様子を悟った彼は急に真剣な顔になり、「何、別れ話なら聞きたくないけど」と突飛なことを言い始めたので少し笑ってしまった。 

かくかくしかじか、リビングのソファに腰掛けて私の話を聞いた孝支くんは「なんだあ…」と気の抜けた声を出してローテーブルにへばりついた。どうやら本当に別れ話をされると勘違いしていたらしい。

「てかすごくねぇ?俺も今日、清水に会ったの。」
「えっ、潔子さんに?」
「そう。たまたまスポーツショップ行く機会があってさ」

偶然の出来事に笑ってしまう。そうなると、孝支くんは私より先にパリ行きを誘われていたわけか。そう考えると少しの嫉妬心が湧き上がってくる。誰に対してかわからないけれど。

「ということは、孝支くんもパリに行くってこと?」
「いんや、俺多分無理だなあ」

彼も行くとなれば話は早い気もするけれど、現実はそう上手くいかないようだ。県内の小学校に勤めている彼は、基本8月頭は仕事がある。夏休みだというのに、と私も初めは思ったものだが、それを言ったら少し拗ねられてしまいそうだ。

「オリンピック、あと一週間遅くなればなぁ」
「…それは無理だろうね」
「だよなあ」

テーブルにへばりついたままの彼が、私のことを上目遣いで見つめる。何その顔、可愛い…ではなくって。

こうなるとやっぱり私も行くのは辞めておこうかな。彼が働いているというのに自分一人でバカンス兼試合観戦なんて気が引ける。それに、行くとしたら最低10日くらいは家を空けることになるということを考えると、孝支くんが一人でやっていけるか心配だ…。

「やっぱり、私も辞めとこうかな」

自惚れとか言われたらそれまでだけど、孝支くんは私がいないと生活力が皆無…な気がする。ご飯とか全部コンビニになっちゃいそうで心配。

「え、なんで?」
「…なんでって、」
「なまえは行ったらいいじゃん。折角だし。」

キョトン、という効果音がぴったりなほど、彼はまあるい目をさらに丸くさせて、不思議そうに私を見る。あれ、これは、思っていた反応と違うな?

「行っても、いいの?」
「逆になんでだよ!?見たいし行きたいべ、どう考えても。俺も仕事なかったらぜっってー行ってた」

でも、そうなると…しばらく私がいない生活になるけど大丈夫?生きていける?

って真面目に質問すると、頭抱えて唸り始めた。もしかして、そこんところ考えていなかったんだろうか。孝支くん、頭が良いはずなのに、たまに熱くなりすぎて周りを見れなくなったりするところは昔から変わっていない。

「…やっぱり、なまえは行ったほうがいいと思う。寂しいけど」
「いいの?ほんとに、」
「うん、寂しいけど。」

今度は駄々をこねる子供のようだ。年上なのにな。

「…本当に本当にいいの?」

じっと見つめると、うぐ…と言葉に詰まって目を逸らされる。けれど、私のよりも一回り大きい両手が頬を包んだ。まっすぐ見つめられると、やっぱり今でも心臓がドキドキと音を立てる。

「行って来な。俺の分まで見てきて」
「うん、嬉しいっ」
「その代わり…」

暖かく包んでいた手が離れ、孝支くんはかしこまって両手を自分の膝につく。その代わり…?その先に続く言葉を全く想像できなかったなまえは、彼の言葉をただ復唱しながらその続きを待った。

「その代わり、パリに行く前に菅原になってください。」

 菅原に、なってください?

言葉の意味が理解できず、ぱちりと瞬きを一つ。いつになく真剣な顔をした孝支くんを見て、じわじわと意味を理解し始めた。

「ちゃんと俺のところに帰ってくるって約束して」
「それは、…勿論、だけど。ねぇ、それって…」

菅原になる、同じ苗字になってほしい。つまりもうそれは、こちらとしてはプロポーズとしか捉えられないんだけど。この後に及んで違っていたらどうしよう、となかなか決定的に質問することができない。

「俺と結婚してください」

よくあるお見合い番組のラストみたいに、顔を伏せて片手をこちらに差し出した孝支くんは、大きな声でそう言った。正直言って、思っていたプロポーズと180度違う。てっきりもう少し、こう…ロマンチックなものかと思っていた。

だけど差し出されたその手は、彼らしくなく少しだけ震えていて、軽々しく放たれた言葉ではないことが手に取るようにわかる。

「…私でよければ、よろしくお願いします」

その微かに震えた手を、一回り小さい両手で包むように握り込むと、パッと顔を上げた孝支くんが潤んだ目でこちらを見ていた。えぇ、どうして。そう思ったのに、気づいたら私も泣いていた。これじゃあ、全くもって収集がつかない。

「ふふ、変なの」
「…ヘンだな、こりゃ」
「でも幸せだな」
「……てことで菅原なまえさん、パリ、楽しんで来て。」

二人は、手を繋いだまま顔を見合って笑う。こんなことになるなんて、思っても見なかった。それでも収まるべきところに収まった、と言うべきだろうか。この状況がおかしくなって、再び笑いが込み上げてきたなまえに、菅原はやさしいキスを一つ落として笑う。

さて、この状況を、清子さんにどう伝えようか。
浮かれた心をそのままに、なまえは明日の自分を想像するのだった。


To Be Continued ....

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