ヒラエスの果て

多分、丁度1限目の英語の授業が始まったところだ。
だけど私が今聞いているのはマイク先生のノリノリな声でも、皆がノートにペンを滑らせる音でもない。

ザザーン…ザァー…一定に繰り返されるその波の音を聴きながら、私は目を閉じた。

精神的に、限界だった。小さい頃からの"ヒーローになる"という夢を叶えるため、必死で勉強して憧れの雄英高校に入学した。私もイケるじゃん?なんて思った少しの自信も初日から一気に萎んでいくことになる。雄英生は忙しい。入学初日から個性ありの体力テスト、あれよという間に一大イベントの体育祭、中間テスト、それが終われば職場体験。そしてもうすぐ期末テスト。その全てで周りとの差を見せつけられ、自分の不甲斐なさを知った私の心は、もうぽっきりと折れてしまいそうだった。…こうでもしないと。

私は今日、人生で初めて学校をサボった。

自分で言うのも何だが、私は真面目な方だ。根が真面目というよりは、咎められるのが面倒だから真面目に生きているという方が近い。だから、こんなことをしてしまってもなお頭に浮かんだのは、『あぁ、相澤先生に怒られちゃうかな。』ということだった。

「お姉ちゃん、知ってるよ。体育祭でお花ぱあーって咲かせてたっ。綺麗だった!」

砂浜に腰掛けていた私は、小さな女の子であろう声に反応して目を開ける。そこにいたのはやはり5歳位の女の子で、きゅるんとした丸い目で私を覗き込んでいた。目が合うと大きな目がさらに見開かれ、キラキラとした視線を向けられる。思わず溜息が出そうになり、慌てて吸い込んだ。
体育祭、私は騎馬戦で敗退。最終種目にすら出られなかったのに。

「私も、お姉ちゃんみたいなヒーローになれるかな?」

その言葉にはっ、と息を呑む。この子から見たら、落ちこぼれの私だってヒーローなのだ。こんなにダメダメだったとしても、雄英生なのだ。小さい女の子の夢を、目標を、私が奪ってしまうわけにはいかないのだ。

…まだ、頑張れる。

「あなたもなれるよ、立派なヒーローに。」


『最終下校までには学校に来なさい。』

鞄の奥底にしまっていたスマートフォンには電話が2件と、ショートメッセージが1件。全て相澤先生からだった。憂鬱な気持ちが渦巻くけど、このまま逃げてもいられないな。重い腰をゆっくり上げる。手脚に纏わりついた砂も、髪の毛がキシキシになる潮風も、今日は全部心地よく感じた。


◇◇◇



学校に着いたのは7限目の途中。今クラスメイトはヒーロー基礎学中だろう。失礼しますと職員室の扉を開けると、そこにはミッドナイト先生と相澤先生しかいなかった。

「あらイレイザー、問題児のお出ましじゃない?」
「こっちに来なさい。」

私をチラリと確認した先生は、非常に怖い顔をしている。ひいと心の中で小さく悲鳴を上げた。何故か隣の資料室に通されて、私の焦る気持ちはさらに高まっていく。どうしよう、こんなにこっぴどく絞られるならサボりなんてしなきゃ良かった。

「……落ち着いたか。」

ドアを閉めながら相澤先生はこちらを見る。
先生から発された言葉は予想と違いすぎて、間抜けすぎる声が漏れてしまった。

「その感じだと、発散できたようだな。」
「…その、それはどういう……?」

状況がわかっていない私を見て表情を緩めた先生は、イレイザーヘッドでも、相澤消太先生でもなく、相澤さんの顔をしている…気がした。

「今日は見逃してやる。…お前は自分で自分の限界をわかっていて、偉いな。」

ぽん、と相澤先生の大きな手が私の頭に触れた。
途端、どくりと心臓が跳ねる。

そんな優しい顔で、生徒のサボりを肯定しないでくださいよ、先生なんだから。ドキドキと鳴る心臓の音が煩くて、先生に聞こえてしまうんじゃないかと思った。

「わたし、頑張ろうと…思います、」
「そうか。まぁ、次からは無断欠席はどうなるかわからんけどな。」

そう言った先生は、もういつもの顔に戻っていた。
戻らないのは、私の早くなった鼓動と浮ついた気持ちだけ。

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