すみません、明日学校行きません。


「じゃあ、あとよろしくね耳郎ちゃん!」
「はぁ…ほんと気をつけてよね」


【外出理由:行かないと私が死んじゃうので】

女性らしからぬ汚い字で書き殴った外出届を親友の耳郎ちゃんに押し付けて、私はリュックを背負った。ひらりと身を翻せば一直線に校門へ向かう。雄英高校2年A組出席番号17番の私。チラリと腕時計を見れば時刻は17:15を指している。先生すみません、明日は学校サボります。


◇◇◇



バスに乗って最寄り駅までやって来た頃、この季節には珍しく雪が降り始めた。はぁ、と息を吐くとそれは白く空へ立ち登る。身体は冷えるけど、心はぽかぽかと熱を持っていた。だって後ちょっとで、あなたに会える。
最寄り駅からいくつかの市営電車を乗り継いでやってきた静岡駅。スマホで予約していた切符を引き換えて東海道新幹線こだま号に乗り込んだ。


「天喰先輩によろしくな!」

そう最高の笑顔で送り出してくれたクラスメイトにもらったホッカイロを手の中でシャカシャカ振りながら暖を取る。彼は今から会いに行く私の彼氏・天喰環先輩の直属の後輩で、なんなら私よりも彼の近況を知っている。
…正直、ただただ羨ましい。

今年の春、先輩は私よりも先に卒業した。先に生まれて入学しているんだから、当たり前のことだけど。卒業した先輩はずっとインターンとして通っていたBMIヒーロ・ファットガムのところへ就職した。
そうなると静岡にある雄英高校に在学する私と、大阪にあるファットガム事務所に勤務する彼は必然的に遠距離恋愛になった。


『せんぱい、大阪楽しい?』
『今までもよく通ってたし、あんまり変わりはないよ。そっちは?』
『相変わらず毎日相澤せんせーに扱かれてるよ』
『そっか、がんばって』
『大阪に染まっちゃ嫌だからね!』

初めのうちはメッセージのやりとりでも彼を近くに感じられたし、今まですぐ会えたからこその寝落ち電話が新鮮だった。だけど、それも長くは続かなくて。


「…寂しい。」

ぽつり。教室で零れ落ちたその一言はクラスメイトに掬い上げられ、ガバっと音がつきそうな位の勢いで数人に振り返られた。

「お、おい。今お前が言ったのか!?」
「…悪いの。」

「毎日能天気に生きてそうなお前が寂しいって…明日雪か!?雷か!?台風か!?」
「切島、ちょー失礼なんだけど。」

確かにまあ、私は能天気で楽観的だ。いつでも【なんとかなるでしょー!】と思って生きてるタチだ。それでも、この事態をそんな風に考えられていない自分に気づいてハッとする。私は思ったよりも、先輩不足のようです。


「…会いたい。電話じゃ足りない。先輩の甘い香りが恋しいよぉ…」

一度口に出してしまうと、さらさらと砂のように滑り落ちていく。ぐっと胸を掴まれたみたいに苦しくなって、鼻の奥がツンとした。


「えっ、え…ちょ、」

「ウェ!?なんでみょうじ泣いてんの、切島泣かせたのかよ!」
「違っ、だ、大丈夫かよ…?」

ぽたぽたと机の上に水滴が増えていって、机の周りには人だかりができる。あんまり見ないで欲しい、そう思っても言葉が出なくて、うぅ…と可愛くもない唸り声が漏れた。

もしも私が泣いていたら、先輩ならちょっとだけ困った顔をして、それでも愛しそうに私を見て頭を撫でてくれるはず。あの表情が、私は大好きだ。卒業する先輩に泣いて縋った時に、同じようにしてくれた。先輩の顔が浮かんでは消えていく。


…やだ、消えないでよ。

「なあ、」
「…ん?」

散々泣いて痛む頭を抑えると、珍しく真剣な顔をした切島と目が合った。

「行ってくればいいんじゃね?大阪。」


「……その手があったか!」

という具合で、クラスメイトに背中を押された私は今、新幹線の中。超スピードで流れる景色を見つめながら、先輩の顔を思い出していた。行くってことは連絡していない。事務所の前にいたらびっくりするかな、焦るかな、…もしかしたら喜んで笑ってくれるかな。


『今日、何時に終わりそう?』
『8時くらいかな。どうして?』

よし、時間はぴったりそうだ。もしも怒られてしまったら、その時はその時考えよう。すっかり楽観した私は心地よい新幹線の揺れに身を任せ、目を閉じた。


◇◇◇



【次は新大阪ー、新大阪ー、お降りの方は…】

そんなアナウンスに目を開けると、スマホにはいくつもの応援メッセージ。会話の途中で眠ってしまったので、先輩からは心配のメッセージが入っていた。今行くから安心してね!

そんなるんるんとした気持ちで駅へと降り立つ。心なしかたこ焼きの匂いがする、気がした。

切島にもらったメモの住所をスマホの地図アプリにセットし、それを頼りに目的地を目指す。持つべきものは先輩と同じ事務所でインターン中のクラスメイト!助かる!

あとは文明、ありがとう!地図アプリのおかげで迷わず辿り着いたそこは静岡に比べたらだいぶ都会で、思わず高いビルを見上げた。先輩は毎日ここに通ってるんだよな…この中に先輩がいるんだよな…。そう思うとこのビルにすら嫉妬してしまって、ちょっとだけ睨みつけた。

「……え。」
「あ!」

入り口前で待機しつつ先輩に連絡しようとスマホを開いたところで、頭の上から声がした。

「…せんぱ、」



「……なんでこんなとこにいるの」

会えて嬉しい、と紡ぎかけた言葉はピシャリとした冷たい声に遮られる。困った顔でも、会えて嬉しい笑顔でもなくて、先輩の表情は強張っている。怒っている。冬なのにヒヤリとした汗が背中を伝った気がして後退りをした。

「一人で来たの?なんで、明日学校でしょ」
「ご、めんなさ…い……」

握り締めた拳が震えて、顔を上げることができない。こんな顔もこんな声も、見たことも聞いたこともなかった。


「とりあえず、こっち来て」

先を歩く先輩の後ろをとぼとぼと歩く。気を抜いたら見失ってしまいそうなほどの人混みの中、先輩は人の間を縫って歩いていた。すっかり都会の人だなあ…。去年まで、雄英の中ですらあんなに縮こまって歩いていたのに。


こんなはずじゃなかった。るんるんと膨らんでいた気持ちが一気に萎んで冷えていくのがわかる。振り返らないし、話しかけてくれない。私が悪いのはわかってるけど、泣いてはいけない気がしてただ溢れそうなそれを堪えるのに必死だった。
マンションの前で、先輩は立ち止まる。一度だけこちらを振り返り、私がついてきているのを確認すると中に入った。


「あ、の…」

ついて行って良いんだろうか。先輩のお家、だよね。いっそこのまま帰ろうかなと渋っていると、右腕を掴まれて引っ張られた。エレベーターに乗っても無言。ちらりと見上げると先輩は難しそうな顔をしていた。
そんな顔を見たかったわけじゃないのに。そんなに悪いことをしてしまったんだろうか、とまた泣きそうになった。

部屋の前で立ち止まると、半ば部屋に押し込むように身体を押される。

がちゃり、とオートロックが閉まる音がしたと同時に、視界が塞がれて真っ暗になった。


「……ほんとに、心配かけないで」

抱き締められてると気づいたのは、先輩の声が耳元でしたから。次の瞬間にはふわりと大好きな甘い香りがして、もう溢れるものを止めることができなかった。

「ごめ、なさ…っ」
「連絡くらいして。一人で来るなんて危ないだろ…。ほんと。はぁ……。」

呆れたような溜息。それでもあったかくて、優しくて、背中に腕を回すと先輩の腕にもぎゅっと力が込められた。

会いたかった、好き、大好き。

抱き寄せたままの片腕が私の後頭部に回って緩く撫でた。髪の毛を梳かすように撫でるこの仕草が大好きで、心臓がきゅっとなる。


「会いたかった、せんぱい…」
「僕だって会いたかった、から嬉しいけど…。もう、」

リビングに通されて電気をつけると、先輩の顔が真っ赤に染まってることに気づいて嬉しくなる。萎んだ心はすっかり元に戻っていた。いや、元通り以上だ。

「怒ってて怖かった、環くん。」
「ご、ごめん…。でも……嬉しいけど心配だし、学校どうすんのとか思って、ちょっと…うん、ごめん。」
「…私もごめんなさい」

「…うん、おいで」

環くんは、トントンとまだ新しいであろうソファの隣を示しながら頬を緩ませた。隣に腰掛けるとぴったり隙間ないくらいに抱き締められる。とくとくと心臓の音が聞こえて思わずにやけてしまった。あれ、私のも聞こえてるのかな、恥ずかしいなあ。


「…なまえ、会いたかった」
「私も、会いたかった。から、来ちゃった。」

環くんの指先が頬に触れて、するりと撫でる。擽ったくてあったかくてどうしても笑みが溢れてしまう。そのまま流れるように後頭部を抑えられて唇が重なった。ぽろぽろ、溢れているのが自分でも分かる。でも止めたくなくて、それは一緒だったみたいで。そのまま無視して何度か唇を重ねたあと、離れた環くんは困ったように笑った。

「へへ、その顔が見たかったの」
「…やめて、どうしたらいいか分かんなくなくなるから」

そのあと、事態を聞きつけた相澤先生から鬼のような電話がきて、一生懸命謝った。環くんも一緒に謝ってくれた。


彼はスマホを私の手に戻しながら、心配そうな表情を浮かべる。それでも私はぎゅっと抱きついて腕の中に潜り込みながら、先生のお説教を聞く。大丈夫、相澤先生はそんなに簡単に生徒を見捨てたりしないよ、なんて目で訴えるとじっとりと見つめられてしまった。

「みょうじ、わかったな?お前は反省レポート、切島にも…」

だけど、腕の中の私の頭を撫でながら幸せそうにする環くんは、もう立派な共犯者だ。だって私のこと離す気ないもんね。


「先生、すみません。明日はやっぱり学校行きません!」

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