3分ルール

"大丈夫"。それは私の口癖みたいなものだ。

「なまえちゃん、大丈夫?怪我をしているわ。」
「あ、ほんとだ…これくらい大丈夫だよ、ありがとう梅雨ちゃん。」

さっきの訓練で爆豪くんと戦闘した時だろうか。赤くなってしまった肌を隠すように折り畳んでいた袖を下ろす。

「無理はしないでね。」

そう微笑んでくれた梅雨ちゃんを見てほっと胸を撫で下ろした。心配されるのは得意じゃない。そもそも話題が自分に向くのが得意ではないのかもしれない。


「あ、みょうじ、いたいた!待ってよ」
「…瀬呂くん?どうしたの?」

荷物をまとめて寮に戻ろうかとしたところで後ろのドアから声を掛けられた。

「これ。轟に氷もらったからさ。」

近寄ってそのまま私の上に、袋に入った氷を乗せてくれた。

「あ、ありがとう」
「爆豪、今日も容赦なかったもんなぁ、あれは避けれねぇわ。」

わざと困ったように眉を下げて笑う彼につられて笑みを浮かべると、"何その顔"ってさらに笑った。
…そんなに変な顔してたかな?

隣に並んで歩きながら寮に向かう。


「そういえば、よく怪我してるってわかったね」
「…あー。」

歩く速度がゆっくりになる。

「なんか、見ちゃうんだよね。なんでだろ」

「お前、すーぐ無理すんじゃん。だから、また泣いてねぇかなって思っちゃう。…ま、大体は俺の考えすぎなんだけど。たまに当たるっしょ?」

泣きそうになった。こんな風に言われると泣きそうになるから、心配されるのも苦手なんだ。足元のローファーだけを見つめて歩を進めると彼は私の腕を掴んでいった。


「…俺の前では泣いてもいいよ、って言ったじゃん?」


◇◇◇



彼がこんなことをいうきっかけになったのは1ヶ月ほど前、神野事件があった頃だった。切島くんや緑谷くんたちが、爆豪くんを救出するために動くことはわかっていた。

だけど私は、梅雨ちゃんやお茶子ちゃん、瀬呂くんのようにみんなを止めることができなかった。そんな中で相澤先生から言われた"除籍にしていただろう"という一言は、私の胸に鋭く突き刺さった。

部屋王も必死に笑いながら参加した。きっとクラス全体があのことを引きずっていて、少しでも明るく、前のように過ごせるようにと企画していることだとわかったから、何も言えなかった私は尚更明るく努めないといけないと思った。


…けど、心は限界だった。

一通り落ち着いてみんなが寝静まった後、私は眠れずに外に飛び出した。

歩いて、歩いて、歩いた。

散々歩いて落ち着いたあと、寮の前に腰掛けて星を見ていた。雄英は敷地が広いからか、星が結構綺麗に見える。


「っ…」

私は、本当にクラスメイトなんだろうか。大事なみんなに何も言えなかった。行かないほうが良い、も、無理するな馬鹿野郎、も、思ったことはたくさんあったのに口にできなかった。


「まーだ起きてんの?」
「…瀬呂、くん」

溢れていた涙を隠す時間もなく、ただ驚いて彼を見つめていた。瀬呂くんは何も気にしていない様子で、私の隣に腰掛けた。

「みょうじが泣いてると、焦るかも」
「へ。」

「普段、ふわふわ?してっから。限界まで我慢してんでしょ」

どこからか、ペットボトルのミルクティーを差し出してくれる。ありがたく受け取って口に含むと、甘さが広がって落ち着いた。


「そんなことないよ、だ「大丈夫」
「…大丈夫って、大丈夫な人は言わないじゃん」

普段おちゃらけ気味の彼が見せるちょっとだけ真剣な表情は、私の胸を締め付けた。


「…そっか」
「美味しい?それ」
「ん、美味しい。ミルクティー好きなの、よくわかったね」
「いや、適当に選んだわ。ごめん」


彼はいつものようにへらりと笑いながら天を仰いだ。

「またこれ買ってくるからさー…、これから、泣いちゃう時は泣く3分前に俺に連絡して?」

その言葉を聞いて、自然に頷いてしまった私は、自分で自分にびっくりするのだった。

それから瀬呂くんは、私の中でなんとも形容し難い存在だ。気になる存在、と言われれば確かにそうだけど、ちょっと違う。心を許してしまっていると認めざるを得ない存在。


◇◇◇



ああ、やっぱり私はヒーローに向いていないのだろうか。雄英に入学して数ヶ月、そう感じたのはこれで何回目になるだろう。


「みょうじ、仲間を助けたいと思うのはいいが、お前の相手は敵だ。敵を放って仲間を助けるのはどうだ?それで被害が広がったら?…もっと視野を広く持て。」
「…はい。すみませんでした。」

ペアだった青山くんが攻撃を受けた時、身体が勝手に守り・逃げに動いてしまった。私が考えて戦えば打開できた場面だったかもしれない。でも一打で焦った私は何も考えることができなかった。

「なまえちゃん、大丈夫だよ!次頑張ろう!」

着替えながら、女の子たちがみんな慰めてくれた。”ありがとう”と無理やり笑顔を作りながら、そそくさと着替えを済ませた。なんで私はこうなんだろう。ここでちょっとでも甘えられたら、後々楽なのに。

夜ご飯は食べる気にならなかった。お風呂はみんなと時間をずらした。負の感情に陥った私は、雄英を辞めることばかり考えていた。やめてどうしよう、ヒーローの他に、もっと向いている職業がないか。



「泣く前に連絡してって言ったでしょ?」

みんなが眠った頃、共有スペースで本を読んでいた。いろんなことが頭を眠って眠れなかった。

「…瀬呂くん、泣いてないよ」
「でも、これから泣くでしょ」

何言ってんの、大丈夫だよ、そう言葉にしようとしたのに思うように声が出なかった。代わりに出たのは透明な液体。ぽたぽたと、持っていた文庫本にシミを作った。


「今日、かっこよかったな」
「え?」
「真っ先に青山のところに走ってって、かっこよかった。続けて攻撃されるかもしれないのに、自分のことよりも、青山を助けにいったお前は、ヒーローだったよ」

辞めてよ、そんなこと言われたら…

「…俺の前では泣いていいって、何回言えばわかんのよ」


引き寄せられて、気づけば瀬呂くんの腕の中にいた。ぽんぽんと一定感じるリズムが私の心を柔らかくしてくれた。

「っ…」
「前に、”よくわかるね”って言ってたでしょ。あれ、考えたんだけどさ」

「…俺、みょうじのこと好きなんだと思うんだよね」

真っ白になっている頭に、その一言だけがパッと浮かんだ。

「だからこれからは、泣いてても泣いてなくても、連絡してよ」

ああ、この”特別”は、そういうことなんだ。顔をあげて頷いた時、自然と君に腕を回すことができた。君の前ではつい涙が出てしまうのは、この気持ちのせいなんだね。



「私も、瀬呂くんのこと好きなんだと思う」

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