ゆるやかな一撃を

「「カンパーイ!!」」

カツン、と軽快な音とともに、カラカラと液体の中で氷がグラスに擦れる音がする。その心地よい音を全身で感じながら、ぐびっと飲み下したハイボールは、グラスから口を離した頃には半分ほど無くなっていた。胃の中がポカポカしてきて、これはアルコールなんだと実感する。

「相変わらず、すーげぇ飲みっぷり」
「電気だっていつも通り素晴らしいじゃん」

はは、と豪快に笑った彼の手元にあるビールジョッキも、もう三分の一程度しか残っていなかった。電気は、黄金に輝くそれをとてつもなく美味しそうに飲み下しながら、まあな、と私に同意するのだった。
彼と私は、飲み友達だ。雄英高校時代に苦楽を共にした級友である私たちは、現場が被る被らないに限らず、お互いがお互いを飲みに誘う仲になっていた。

学生時代からウマが合うなという感覚はあったけど、社会に出てからそれは顕著に現れた。多分、だからこそ一緒にいるのがお互いに楽で、楽しいのだ。何も考えずに馬鹿みたいに笑って飲むお酒が一番美味しいのである。


「最近はどうよ?」
「あー、あのさ、……彼氏と別れた」
「はあ!?」

頼んだばかりの新しいジョッキを掲げた電気は、私の低い声と真逆の馬鹿でかい声を上げた。ジョッキからはビールが溢れそうになっていて、慌てて口をつける姿を横目に見る。私だって、好きで別れたわけじゃなかった。

「だってさー、束縛、激しくて。」
「そうだったん?束縛は俺でもキチィなあー…」

別に彼との時間を蔑ろにしているわけじゃなかったし、寧ろ連絡はマメに取っている方だと思っていた。それでも彼にとってプロヒーローという不特定多数の人と関わる職業。そして雄英生徒の絆の深さは大問題だったらしい。電気に関わらず、クラスメイトと飲みにいくといえば鬼のようなメッセージと電話が来ていたし、ワイドショーに映りでもした日には鋭い目で見下ろされることもしばしばあった。
それ以外では文句のつけようがない彼氏だったし、優しかった。ご飯も奢ってくれるタイプだったし、一緒にいる時間は穏やかで楽しいことが大半だった。

だけどその、"束縛"が私には耐えられなくて。

「…ま、私も悪いんだよね」

へへ、と笑いながらグラスの中身の液体を飲み下すと、ちょうど新しいグラスが店員さんの手によって目の前に置かれた。とびきり冷やされたそれは、私の心と裏腹にキラキラしている。


「お前は、大丈夫なの?」

それは、優しい声だった。久しぶりに電気からそんな優しい声が発されて、横並びの体制から思わずその横顔を見つめる。そうすると、やけに真剣な表情を浮かべた彼と、そのまま視線が交わった。どくん、と胸が嫌に音を立てて、心の中で首を傾ける。

「…大丈夫だよ、私は」
「ハイハイ、大丈夫じゃ無いのね。」
「なんで?」

「だってお前の大丈夫は大丈夫じゃ無いって、俺が一番知ってるし」

再び見上げた電気は、いつもみたいにへらりと笑っていた。俺が一番、って、何それ。
なんじゃそりゃ、と軽い調子で返事をすると、彼もいつもと同じように悪戯っぽく笑った。良かった、いつもの電気だ。そう思ったところまでは、しっかりと覚えている。

結局、久しぶりに酔って記憶が曖昧になるまで飲んでしまった。なんの話をしたのかあんまり覚えてないけど、お腹を抱えて爆笑するほど笑った記憶がある。私と電気は、そんな関係。飲み友達とか、級友とか、そんな言葉の枠で収まり切らないような関係だ。


「んじゃ、ちゃんと着替えて寝ろよなー」
「へぁ、ありがと……」

気がついたのは、自宅マンションに着いた時。部屋の前まで半ば引きずるように私を送ってくれたであろう電気は、ちょっと面倒そうに手を上げた。

「あ、の…ごめ、送ってくれてありがと」
「へ?」
「…私が酔いすぎて、心配して送ってくれたんだよね?だから、ありがとう」

さて、帰ろうかとする彼のTシャツを思わず掴む。申し訳無いことをした、と眉を下げると、目の前の電気は予想外とばかりに目を丸くした。その後可笑しそうに笑い、くしゃりと髪を乱すように、私の頭を軽く撫でた。

「元気になったみてぇで安心したわ。俺がついてる日で良かったなあ」
「…うん、」

「いや、素直すぎてどうしたらいいかわかんねぇって」

なんでだろう、ドキドキする。暫くの沈黙が私たちを包んだ。その時間はとてつもなく長く感じて、痺れを切らしたのは電気の方だった。眉を下げて、困ったように笑う。そうだよなあ、どうしちゃったんだろう、私。

「失礼な!たまには素直に感謝を伝える時だってあるんですー。」
「そりゃどうも。じゃあ俺、彼女待ってるから帰んね」
「おーおー!お熱いこと!」

いつもの調子って、これであってる?少し不安になりながら応えると、今度こそ帰るという彼。握っていたTシャツからそっと手を離すと、ひらりと身を翻して廊下を歩き出した。その背中に、どうしようもなく縋りたくなった。
…いやいや、なんで?彼氏と別れたことに対し、もしかしたら、想像以上にダメージを喰らっていたのだろうか。

鞄の奥にあった鍵を取り出して、家の中に入る。当たり前だけど明かりのついていない部屋に入ると、妙な冷静さを取り戻した。電気は、友達。特別な友達。
電気には彼女がいるし(まあ、長く続いた話は聞いたことないけど)、私だって彼氏がいたし(別れたけど)。
お互いに、一緒に居て心地が良い関係なだけだ。好きとか、付き合いたいとか、そんなんじゃない。多分。


◇◇◇



それから暫く経ち、季節は雪が舞う冬へと移った。私には彼氏ができないまま、もうすぐクリスマスを迎える。街にはイルミネーションが煌めいていて、カップルが手を繋いで歩く姿がやけに増えたような気がする。はぁ、なんて虚しいクリスマス、と自分自身を蔑みながら本日の現場へ向かっていた。

「お、久しぶりじゃ無いですかチャージズマ!元気にやってるー?」
「おぉ、久々だな」

あれ、もしかして元気ない?声を掛けようとするけど、電気はスタスタと集合場所へ向かってしまった。
朝早いし眠いだけかな、と納得させようとしつつ、少しの違和感に胸が騒つくのは仕方がないと心に落とし込む。

しかし、私の心配事は杞憂で済まされないようだった。

「チャージズマ!前!」
「っ、」

公安直々の依頼だという今日の任務は、最近周囲で猛威を奮っているという極悪ヴィランの捕獲だった。通り魔殺人まがいのことを繰り返し、一般住民を傷つけているという。個性は刃物を身体中に纏うという、殺傷能力が高いヴィラン。
そのヴィランを追い込み、後一歩というところだった。私は周囲からの囲い込み隊に参画していて、電気は反対に囲い込んだ後に最終始末をするという部隊だった。

よし、追い込んだ。後一歩!という良い流れを作れていて、私たちの部隊も最終始末をする部隊のバックアップをしようと混ざった時だった。

「でん、……チャージズマ!」

一瞬だった。だけど、電気だったら確実に避けられた一撃。少しの違和感は積りに積もってそこに表れていた。

私の声にびくりと反応した電気は、ハッとして避けようとしたものの、腕に深い傷を負っていた。流血もしている。慌てて前線に出た私は、電気に声を掛けながら応戦する。
もはや乱戦となってしまった現場は、駆けつけたエッジショットが納めてくれたお陰で収束した。


警察への引き渡し、事情聴取などから解放された私は、傷が深いであろう電気の姿を探した。


「電気……チャージズマ、どこですかね?」
「あ、確かリカバリーさんが来てくれて、あっちで」
「そうですか、良かった」

リカバリーさん、という単語を聞いて胸を撫で下ろす。現場を指揮していた先輩が指差していたのは臨時で張られたテントで、私の足はすぐにそちらに向かっていた。


「…大丈夫?」
「はは、わりー、足手まとい」

処置が終わったであろう彼は、左手に包帯をぐるぐる巻きの状態で困ったように笑う。あぁこれは、無理しているやつだ。瞬時に悟った。利き手じゃなくて良かった、と零しながら私は隣に腰掛けた。隣から漂うピリ、とした空気に呼吸がしづらくなる。

「…飲み、いく?」


◇◇◇



「振られた、彼女に」

いつもより酒を煽るペースが早かった。それは電気だけじゃなくて、私も。探るように言葉を発しながら飲む酒は、あんまり味がしなかった気がする。
ぽつり、と発せられたその言葉に、私は目を丸くすることしかできなかった。

「公私混同、ありえねぇよな。」
「……なんで、」
「"私のこと、好きじゃないでしょ"」

どこかで聞いたことのあるセリフだなと思った。

「電気、尽くしそうなのに。」
「あー…それがさ、」

少し言い淀んだ電気は、私から視線を外すと結露したジョッキに視線を落とした。しゅわしゅわと弾ける泡は、すぐに飲んでとばかりに主張する。


「お前と頻繁に飲みにいくのが嫌なんだとさ」
「え」

その言葉は、予想外すぎて。噛み砕くことができずに私の頭の中をふわふわと漂う。
それって…

「なまえのせいじゃないから」
「でもっ……」
「俺が、なまえとの関係を取っただけ」

へらり、と笑った電気は、やっぱり無理して笑っているような気がした。掛ける言葉が見つからない。そうはいうけど、完全に私のせいである。
彼女から見たら、確かに知らない女と彼氏が頻繁に飲みにいくというのは良く思わない行為なのかもしれない。全く考えたことがなかった。

うぅ、と頭を抱え込むと、その大きな手が頭に触れる。
また、だ……。ドキ、としてしまった心臓を隠すように胸に手を宛てる。


「なまえとこうやって飲めなくなる方が、嫌だったんだよなあ」


そういって笑う電気は、ビールを通り越してちょっと遠くを見ている気がした。そんなこと言ったって、彼女は戻って来ないし、私が彼女に交渉をすることだってできない。

「じゃあ、私と付き合う?」
「え?」
「あ、いや、えっと、なんでもない…っ」


何を言っているんだ、私は。勝手に口から漏れてしまったとはいえ、恥ずかしいことを言ってしまった自覚はある。ドッ、ドッと、心臓が聞いたこともないような音を立てていた。ひらひらと両手を振って否定すれば、電気は真剣な目で私を見る。
ええい…いっそ、笑い飛ばしてくれた方がよかったのに。


「何それ、好きになりそう」


「…別に、いいんじゃない」

辛うじて吐き出された私の声は、信じられないくらい熱を含んでいた。しゅわしゅわと弾ける炭酸の泡を、グビッと飲み干して見つめると、目の前の彼は今日イチの笑顔で笑った。

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