キミまでの


クリスマスイヴの、銀座コリドー街。私だって、好きでこんなに賑やかな街に一人ぼっちで突っ立ってるわけじゃない。あぁもう、色々通り越して怒りしかなくなってきた。

今日、というかさっき、付き合っていた彼氏と別れた。正確に言えば彼氏じゃなかった。彼にとって私はただの遊び相手で、本気で好きだったのは私だけ。2年も付き合ったのに浮気を疑ったら一瞬でポイッと捨てられた。結局のところ、浮気相手は私だったって話だ。

ことの始まりは数十分前。目の前で彼が女に絡みつかれながらレストランに入っていくのを見てしまった。

「もしかしたら仕事かもしれない」
「ただ女に絡まれてしまったのかもしれない」

そんな淡い期待を抱いて、写真を添えて送ったメッセージの返信はたったの一言。

『ごめん、もうお前とは会えない。』

そっかそっか、そういうことか。街中に流れるクリスマスソングが私の胸をこれでもかとばかりに突き刺した。こんなところで泣いちゃいけないし、予約したお店にキャンセルの連絡も入れなきゃいけない。こんな時期だからキャンセル料もかかっちゃうかな、結構かかるかな…。もう、やだな。十秒数えて目を開けたら、全部夢だったらいいのに。


「お姉さん、暇っすかー?」

十秒数え終わる前に声を掛けられて強制的に現実に戻される。声のする方に視線を向けると、金髪に黒のメッシュ。分類としてはイケメンだけど、コリドー街で女に声をかけるというチャラさ。愛嬌たっぷりにはにかむ男…うん、悪くはない。

「暇じゃないです。」
「なんで?待ち合わせ?彼氏ー?」
「…るさい、他の子にして。」

だけどデリカシーのなさはいただけない。今の私に彼氏っていうワードを出したのが間違いだったね、お兄さん。
もう帰ろう。こんなところにいてもいいことなんてないし、私の彼氏(仮)が戻ってくることはない。それに、明日も仕事だ。チャラ男の言葉を無視して背を向けた時、腕を掴まれた。

「だってお姉さん、泣きそうな顔してる」


◇◇◇



「うっはぁ、それはマジでキツいわ…!どおりでで死にそうな顔であんなとこ立ってるわけだ…。」
「ねぇ、ありえなくない!?しかも今日がなんの日か知ってる!?!ク・リ・ス・マ・ス・イ・ヴ!二年間も無駄にしたんだよ!?私の大切な二年間を返して欲しい…!」

銀座のフレンチレストランは、新橋の居酒屋に変わった。本来ならばワインを飲んでいたはずなのに、私は今思い切りビールジョッキを掲げている。
目の前にいる男は彼氏ではなくついさっき出会った金髪の男。


「まあー、でも俺はお姉さんに会えていい日になったかも」
「君はなんであんなところにいたわけ?」
「実は俺も彼女に振られたから、ナンパしようかなって」

詳細を聞くと、彼自身も彼女に振られたから、それの腹いせにナンパして新しい女の子をホイホイ捕まえようとしていたという訳だ。私はそんな男にまんまと引っかかってここにいるということ。よくできた話だなと思うが、事実である。彼の名前は上鳴電気というそうだ。
大学生くらいかと思っていたらなんとまあ同い年でびっくりした。そのあどけなさが残る表情になんとなく惹かれてしまって、言われるがままに居酒屋までついてきたなんともちょろい私。

「なんか俺と重なっちゃってさー、なまえちゃん。だからつい声かけちゃった。」
「そっかそっか。まぁここ美味しいからいいや、オッケーオッケー!」

どうせ女なら誰でもよかったんでしょ。そんな言葉をビールと焼き鳥で流し込む。"この後"はないからね。そう思ってたのに。

「なまえちゃん可愛いし、きっとすぐ彼氏できるよ」
「そんなこと言ってたら、いつの間にか売れ残っておしまいなんだよー…」

彼は、女の子が言われたら喜ぶ言葉を知っている。女子がこんな甘えた表情に弱いことも知っている。全部全部熟知している。それが悔しくて何か鋭い言葉を投げつけたくなるのに、なに一つ浮かんでこなくてそれにも腹が立った。

「あんたこそすぐ新しい彼女できるでしょ」その言葉はなんとなく言えずに飲み込んだ。この頃の私は、数時間前に別れを告げられた糞男のことなんて忘れていた。彼が私が気持ちよくなる言葉を与え続けてくれるから。それくらい、電気くんはズルかった。
ちょろい私は気持ちよく呑まされて、…というか勝手に呑みまくって余計なことまでもベラベラと喋ってしまった気がする。


次に目覚めたのは見慣れない部屋の中、しっかり太陽が登って朝だった。多分ここはビジネスホテルだ。痛む頭を抑えながら起き上がるけど、
部屋には誰もいなかった。下着はついてるけど、服は備え付けであろう部屋着に着替えさせられている。

…大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫。間違いは起きてない。


誰もいない少し広めの部屋には、ふにゃふにゃの文字で書かれた『いつでも連絡してね』と一文と連絡先の書かれた紙切れだけが残されていた。
その他には何も、なかった。


◇◇◇



いつの間にか新しい年を迎え、また仕事が始まった。あれから彼には一度も連絡をしていないのに、連絡先の書かれたメモは何故か捨てられずにいた。どうしても、彼のあの人懐っこい笑顔が頭を過ぎることがある。

あの一夜は本当に楽しかったし、もしもっと普通の出会いができていたら、私たちは良い友達にでもなれたのだろうか。いや、友達のように毎日笑い合って過ごせる恋人になれるのだろうか。
…まぁ、もともと彼にも私にもそんな気がなかったから楽しかったのかもしれないけれど。そうやって自分の中に落とし込んでは、ズシンと重たく心臓が軋んだ。

「なまえちゃん、今年は彼氏できるといいね」
「頑張ります、部長!」

会社の新年会で、数週間ぶりに訪れた銀座コリドー街。こういうことがあると、つくづく嫌になる。十も二十も年上の男性から向けられるねっとりとした視線。底から湧き上がる吐き気を堪えながらにっこりと笑顔を貼り付けると、手首を掴まれた。


「君はそうやって僕にだけ軽蔑の目を向けてさ?そんなんだから彼氏に捨てられるんだよ」

ごくり、と喉の音がした。一つ、また一つ、浮かんだ言葉を必死に飲み込む。きもい、気持ち悪い。目の前にいる小太りの男は、私の腕を掴んだままジリジリと近づいてくる。大嫌いなマルボロの匂いと、アルコールの匂いが混ざって鼻につく。

「…へぇ、拒否、しないんだ?」

振り解きたくて堪らないのに、身体が動かなかった。


「ねぇオッサン、その子嫌がってない?」
「あ?誰だテメェ!」


「…その子の彼氏になりたい男、って言ったら離れてくれんの?」

へらりと笑顔を浮かべたその人は、一歩一歩ゆっくり近づいてくる。目が合った彼は、まるで大丈夫だよとでも言うように私に笑いかけた。

「ま、どっちにしろオッサンには渡しませんけど」
「…っ、君、そういう相手がいるなら言いなさいよね!」

部長と私の間に身体を滑り込ませた電気くんは、背後に私を隠しながら部長を睨みつける。怯んだ彼は一瞬にしていなくなっていった。へなへなと、力が抜ける。その場に座り込んだ私を、彼は庇うように抱き締めた。ヒリヒリと肌を刺していた空気が遮られて暖かい。


「なまえちゃん、なんで連絡してくれなかったの」
「…だって、そういう関係になるの、嫌だったし」
「俺、本気で待ってたのに」

そう言う彼の声は、どことなく張り詰めている気がした。耳元から入り込んで身体に巡っていく感覚。彼のことをどうしようもなく愛しいと思った。


「電気くんとは、ちゃんと、恋人になりたかったから」

この言葉を発してすぐ、彼の身体が離れて風が吹き抜けた。目があった彼は、待ってましたとばかりの表情を浮かべている。心から幸せそうに、私が惹かれたあどけないその表情で笑っていた。

「一目惚れでした。俺と付き合ってください。」

道ゆく人の視線も、季節外れのイルミネーションも、全部全部私のものかと思ってしまうくらいに幸せだった。もしかしたら全部、無駄じゃなかったのかもしれない。君に出会うための、最短ルートだったのかも。

「はい、よろしくお願いします。」

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