桜が咲くよ


「ずっと好きでした。」
「…!ありがとう。嬉しいよ。」


「でも、ごめんね。」


◇◇◇



あぁ、この人のことを好きになるんだと思った。中学2年生になった春、桜の下で彼は泣いていた。ボロボロのノートを握りしめて。


「大丈夫?」
「え……」

丸くて大きな目が私を捉えた時、ふわりと風が吹いた。

彼の名前は緑谷出久。私には虐めにしか見えなかったけれど、彼は『かっちゃんはすごいんだ』と笑った。彼の幼馴染だという爆豪くんがそんなことをするのは、彼に対してだけだった。
だからできるだけ、その日から出久くんと一緒にいた。別のクラスだった爆豪くんは、私を見るとあからさまに嫌な顔をしていたから。

「ちょっとだけ寄り道しない?お腹空いちゃった。」
「お、怒られちゃうよっ…」

買い食いは禁止だったけど、夏は暑い暑いと言いながらアイスを買って、秋は焼き芋屋さんのおじちゃんに"仲良しだねぇ"と笑われた。冬は肉まんとあんまんを半分こして食べた。

3年生になって、私は出久くんと違うクラスになった。私の代わりに、爆豪くんが彼と同じクラスになった。あぁ、大丈夫だろうか。そんな考えの前に、寂しいという感情が私の中に渦巻いたことに、私はあまり驚かなかった。


ある日突然、友達から『緑谷くんと付き合ってるの?』と聞かれ、笑って誤魔化した。多分私は嬉しかったんだと思う。彼とそう思われているということが。

そんな曖昧な態度を取ったからか、次の日には学年中に"あいつらは付き合っている"という噂が流れた。


「ごめんね、私のせいで。」
「いやっ…僕は全然、というか、むしろ僕でごめん……」

君がいいんだよ、そんな言葉を言える筈もなく、ただ首を横に降る。声にならなかった言葉の代わりに、手を握った。彼はびっくりして真っ赤になっていた。そんな反応されたら、期待してしまうじゃないか。


◇◇◇



あっという間に広がった噂は、あっという間に消えていった。爆豪くんが敵に捕まり、出久くんが無防備にも身1つで助けに入ったからだ。そして、彼が雄英志望だと知った。そんなの、追いつけないよ。

気づかない筈も、目を逸らせる筈もなかった。


「雄英、行くんだってね。」
「うん。僕、やっぱりヒーローになりたいんだ。」

初めて見る顔だった。あんなに足元ばかり見ていた彼が、真っ直ぐ上を向いていた。

「そっか、頑張ってね。」

応援することしかできない。彼には夢を叶えてほしい。だけど、だけど…。寂しい、だなんて。こんなこと言ってはいけない。喉から出そうになる言ってはいけない言葉たちを飲み込んで出た唯一の言葉が、それだった。


その日から、私たちはただの"同級生"になった。


◇◇◇



クラスも違うし、会う理由もない。最後の体育祭、最後の文化祭。
全てに『最後の』がつく最高学年の忙しさをまざまざと感じ、あっという間に私も含めて受験期間。

私は近くの私立高校を、推薦で受けた。彼みたいに明確な夢は私にはない。両親におすすめされた両親の母校を受験した。そして一般入試のみんなよりも先に進学先を決めた。

先生に入学手続きに関する課題を提出し、高校からの課題を受け取って教室に戻ると、彼がいた。


「…あ、なまえちゃん。」
「なんか久しぶりだねぇ、出久くん。」

ちゃんと笑えているだろうか。ほぼ一緒に過ごした時間分、会話をしていなかった彼と、目を合わせている。換気のためと空いていた窓から吹く冷たい風に、ふわりとその深緑の髪の毛が風に攫われて揺れていた。

微妙な距離を保ったまま隣を並んで歩く。私の右側には、遥か高い壁があるように感じてならなかった。

「あ、そういえば!今年の春は、桜が早く咲くらしいよ。なまえちゃん、桜好きだったよね?」
「え?」
「あれ、違った?初めて会った時、桜見てたから好きなのかと…」

「えぇ、そうだったっけ?」


違うよ。

君を見てたんだよ。


「僕、雄英に行くよ。」
「うん、出久くんなら絶対に受かるよ。」

知ってるよ。随分と逞しくなった身体も、テストでいい順位ばっかり取ってることも。私じゃ、もう届かないところにいることも。


◇◇◇



−− 卒業式。


「なまえ!帰んないの?」
「うん、行くところあるから、先に帰ってて!」

卒業式は、泣かなかった。皆が泣いているところを見たらつられて泣いちゃうかなと思ったけど、なんだか泣けなかった。中学校には未練がなかったのかな。

ここで、君を好きになったんだよね。


「なまえちゃん。」

あぁ、こんなのずるいじゃんか。言わないつもりだったのに。私には言う資格なんてないと思ってたのに。


「雄英、合格おめでとう」

「ありがとう。なまえちゃんもおめでとう。」
「ふふ、とっくの昔に受かってたよ。」
「ごっ、ごめん…」

こっちを見ないで。そんな願いは伝わるわけもなく、出久くんの大きな目は私を捉える。どくん、と胸が鳴って、風が吹く。


「…ずっと、好きでした。」
「…!ありがとう。」

はらはらと花びらが舞う。あ、頭に花びらが乗ったよ、出久くん。大丈夫、わかってるよ。だから、そんな顔しないで。

「でも、ごめんね。僕、…」
「うん。わかってるよ。絶対にヒーローになってね!」


「あのっ…「元気でね!…さよなら。」

うん、ちゃんと笑えた。君の優しいところも、泣き虫なところも、とっても柔らかく笑うところも大好きだった。それを、伝えられて良かったんだ。君はきっと最高のヒーローになるんだろうなぁ。

今日の青空は、あの日、君が好きだと思った日の綺麗な青空によく似ていた。


◇◇◇



あれから6年の月日が流れた。
笑われるかもしれないけど、私は今でも彼に恋焦がれている。

彼は立派なヒーローになった。テレビではいつもヒーローの活躍が放送されていて、その名だたるメンバーの中に彼はいた。

「…へへ、馬鹿だなぁ、私。」

友達はみんな結婚して子供が居たりするのに、旦那さんどころか彼氏すらいない。友達にも呆れられるばかりだ。こうやって春に帰省するたびに、桜の木なんて見に来ちゃって。

「会えるわけないのに…」


「大丈夫?」
「……え?」

見間違えかと思った。けど、見間違えるはずがなかった。

「なん…で、」
「君が、泣いている気がして。」

私、泣いているんだ。そう気づいたと同時に、身体が傾く。彼の腕の中にいると気づいたのは、彼のあの時よりも少し低くなった声が、頭の上から聞こえたから。

「…待たせてごめんね。」
「好きだよ、なまえちゃん。」

都合の良い夢を見てるんだろうか?いや、違う。顔を上げると、目の前にちゃんと彼が居た。

あぁ、あの日と反対だ。私の涙は止まらなくて、彼はちょっと困った顔をしながら笑っている。大好きな、柔らかい笑い方。

「遅いよっ…」




「あー…、やっと言えた。」

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