愛しさが煌めいて

3、2、1、点灯〜〜!

多くの雄英生徒が見守る中、そのスイッチを押したのはオールマイトだった。指先のボタンを押した途端に周囲が一気に明るくなる。目の前にある大きなクリスマスツリーは、その中でも一際眩しく輝いていた。
たまたま俺の横にいたみょうじの顔もそれに照らされてキラキラ輝いていて、俺は思わずそちらに見惚れてしまっていた。

12月24日、クリスマスイヴ。

世間はそれだけでテンションが上がるというが、俺はその感覚を今まで経験したことがなかった。だけど、今年はどうやら違うらしい。

「轟くん?どうかした?」
「…いや、なんでもねぇ」
「そっか。それにしてもこれ、綺麗だね。」

俺と、隣に立っているみょうじはクラスメイトで、同じようにヒーローを目指す仲間で、切磋琢磨する良きライバルで。そんな奴に対して、こんな気持ちを抱くことになるなんて思わなかった、と小さく溜息を吐く。
入学して早9ヶ月。いつの間にか息が白く吐き出される季節になった。底冷えする今日は、もしかしたら雪が降るかもしれないらしいとクラスメイトが言っていたなと、頭の片隅で思い出していた。

「寒いねぇ」

みょうじは、その小さな手をすり合わせて小さく息を吹き掛ける。そんなんで暖かくなるのか?と聞きたくなるのを堪えて、その様子を見守っていた。
しかし、見守っていられたのはほんの数分だった。一生懸命に暖を取ろうとするその姿は可愛らしくて、思わずその手に手を重ねてしまう。

「?轟くん?」
「こうすれば、ちょっとはマシだろ」

最近少しだけ調節できるようになった左の個性を使い、その熱を分けるようにすると彼女はふんわりと笑った。

「本当、凄いあったかいや。やっぱりすごいね、轟くん!」

こうでもしないと、彼女の隣にいる理由が無くなってしまう。それでも素直に褒められた俺は、満更でもなく頬を緩めながら頷いた。

雄英恒例だというイルミネーションは、あまり知られていないが、生徒の中では有名な催しだ。全寮制なった今年からは、少しでも冬の楽しみを増やそうという先生たちの好意で電球の数が数倍になったらしい。

ぼーっと光を眺めながら、周りの雑踏に視線をやる。そこでふと気づいたのは、周りのカップルの多さだった。手を繋いだ男女や、暖を取り合うように身を寄せ合った男女。そんなところにぽつりと佇んだ俺たちは、どうもこの空気から浮いているような気がした。

「轟くんは、クリスマスの思い出はある?」
「…あー、すげぇ小さい頃、お母さんがケーキを作ってくれたのを覚えてる」
「そっか、ケーキいいなぁ、食べたいな。轟くんは何のケーキが好き?無難に生クリーム?それともあの、えっと、ブッシュ・ド・ノエル?だっけ?」
「……いちご。」

季節柄を考慮してか、当たり障りのない会話を繰り返す。口数の少ない俺のために、みょうじが会話を振ってそれを途切れないようにしてくれるのが嬉しくて、心が暖かくなっていく。

そして、握った手は彼女に繋がったままだった。拒否しないということは、嫌ではないということだろうか。自惚れてしまっても良いのか、とみょうじの横顔を見つめると、彼女はくすりと笑みを溢していた。

「なにか面白いことあったか?」
「"いちご"が、可愛くて。」
「……別に可愛くねぇよ」

言われる機会が多い【可愛い】という言葉は、実は素直に喜んでいいのか分からない。母さんや姉さん、兄さんなんかが俺によく言う言葉で、褒め言葉であることは分かっている。しかし、仮にも好きな女子に可愛いと言われるのはむず痒くて、喜んでいいのか分からない。
逞しいとか頼りになるとか、格好良いとか。そういう類の言葉に憧れてしまうのは事実である。

「轟くんって、クールで格好良いってイメージだから、可愛い一面が見れて嬉しいかも。」
「……そう、なのか」

彼女の口から欲しかった言葉が次々に溢れ出すから、顔に熱が集中しているのが自分でも分かる。
逃げるように巡らせた視線の先で、カップルが熱く口付けを交わしていた。

「……お、」
「…っあ、」

それを見てしまったのは隣にいる彼女も同じだったようで、俺と同じように小さく声を漏らして顔を背けていた。みょうじは耳まで赤く染めていて、それがイルミネーションに照らされてキラキラしているのが愛しさを冗長させている。
気まずそうにこちらに視線を戻した彼女は、困ったように眉を下げて俺に笑いかけた。


「…可愛いな、」
「えっ」
「……あ、声に出てたか?」

自分で自分の行動や言葉が制御できないあたり、もしかしたら俺もクリスマスというものに浮かされているのかもしれない。彼女の照れた表情や困った顔、笑った顔、その全てを独り占めしたいと思う。それに、もっともっといろんな顔を見たいと思ってしまうなんて。

「え、っと……轟くん、は、すごく格好良いよ」
「…?」
「可愛い、って言ったけど。轟くんは、格好良い、の方が似合うのかもね」

ふわり、と笑みを浮かべたみょうじを見て、抱き締めたいと思った。
ちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべる彼女はただただ可愛らしくて、俺だけのものにしたかった。

握った手から全てが伝わってしまいそうで、そっと握りしめた手を緩める。


「……ごめん、嫌だったよね」

みょうじの温もりが消えたと同時に、心地良い声が耳を擽った。控えめに俺を見上げたその表情は、先程までとは打って変わって不安が滲んでいる。
コロコロと変わるその表情も、今は俺だけが見れているモノ。

その事実が堪らなく愛しくて、もっとずっと続けば良いのにと思ってしまう。

気付けば、いつの間にか周りにいたカップルたちは居なくなっていた。近くにいたはずのクラスメイトたちも見当たらない。今この場所でイルミネーションを見ているのは俺たちだけ。


「……嬉しい。みょうじに言われるのは、格好良いでも、可愛いでも、なんでも。……なんかすげぇ、嬉しい。」

ぱっ、と表情が輝くのが分かった。あぁ、なんというか。

「…抱き締めたい」
「えっ、」

また口に出してしまった、と気付いた時には遅く、目の前の彼女は両手を広げてこちらに身体を向けていた。なんだそれ、可愛すぎんだろ。

「……あったかいかも、よ?」


どくん、どくん

よく見る"心臓が口から出てしまいそう"なんていう表現の意味が、今やっと分かった。このうるさい音がみょうじにも聞こえてしまうんじゃないだろうかと心配しながら、その体に腕を回す。
もともと華奢だなとは思っていたが、想像していたそれよりももっと細くて薄くて、このまま力を入れたら壊れてしまうのではないかと怖くて、できる限り優しく抱き締めた。

「…あったかいな」
「轟くんも、すごく。」

周りには誰もいなかった。見ていたのは、今日初めてお披露目されたイルミネーションだけ。


「みょうじ、好きだ」

とうとう心臓が口から出てしまったかと思ったけれど、出てきたのは言葉だった。ずっと、ずっと、どう言うべきかシミュレーションをしてきたのに、実際迎えてみれば当たり前のように勝手に溢れ落ちていった。

照れ臭くて、彼女の顔を見ることはできなかった。それでも、腕の中で小さく動いたその頭は、彼女のもので間違いないのだ。ぎゅっ、ともう一度抱き締めると、柔らかい腕が背中に回る。それが愛しくて、愛しくて堪らなくて。
クリスマスというのは、俺をこんな気持ちにさせるのかと、その柔らかいその髪に顔を埋めた。


Merry Christmas! 2021

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