影山飛雄の好きな人

進級を目前にしたよく晴れた日、影山はとある場所に来ていた。

「なんなのさ。俺も暇じゃないんだけど」
「これは及川さんにしか聞けないと思って」
「…で?なんのこと、サーブだったら絶対に教えないけど」
「みょうじのこと、で」

オフである今日、影山がやってきていたのはあの及川徹が通っている青葉城西高校だった。見学というていで訪れたのだが、本当の目的はみょうじに関する自分の気持ちを及川に相談したいということ。もちろんしっかり練習を見学していた影山は、片付けまで全て終わったタイミングで及川に声を掛けた。

青葉城西は及川や岩泉をはじめとする北川第一から進学するメンバーが数多くいる。そのため同じく北一の影山が見学に行くことは全く問題のないことだが、依然として影山のことを敵視している及川は明らかに嫌そうに眉を顰めている。
それに加えて相談内容がバレーではなく可愛い可愛い幼馴染のことだと言われれば、さらに眉間の皺が深くなっていった。(バレーボールのことでも機嫌悪くなるだろ、と岩泉に視線を送られたことはいうまでもないが)。

「んで、なんなの」

ごほん、と咳払いをした及川は改めて影山に向き直った。
影山がモゴモゴと言いにくそうに視線を右往左往させる彼の姿は物珍しくて、少しだけ優越感を感じたからだ。

「俺、みょうじのこと好き、なんですかね」
「ぶほっ」

単刀直入すぎるその言葉に及川が噴き出すと、周りから及川汚ねぇ! と野次が飛んだ。それをいつもの調子であしらいながら、うーんと悩んだそぶりを見せる。

「知らないよ」
「え」
「飛雄の気持ちなんて俺にわかるわけないじゃん」

影山が期待していたような言葉を及川がくれるわけがなかった。お前なんかになまえをくれてやるかよ、と顔に出ている。及川から見たら割と全て見え透いていたけれど、せめて自分で気づけ馬鹿野郎、そんな気持ち。

「せいぜい頑張んなよ」
「え、及川さ、」
「俺が認めるまではなまえは誰にもあげないよ」

捨て台詞のようにそう吐いた及川は、影山を残して同級生たちと帰路についた。残された影山は考える。一体この気持ちはなんなんだろう、と。

***


春休み最後の部活。明日から自分たちは3年になるという自覚がないまま、それを終えた。
最近はサーブに熱を入れて練習をしている影山が体育館を出たのは夜の8時過ぎで、さすがに今日は居残りしすぎたな、と持っていたタオルで雑に顔を拭いた。部員ももう皆いなくなっていて、部室は伽藍堂だ。

早く帰ろう と足早に歩いていると、自分が一人で戸締りしたはずの体育館の前に人影があった。

「……何してんだ」
「影山くんのこと待ってたの」
「? なんかあったか?」
「話が、あって」

なぜか胸の辺りがざわついた。彼女からこんな風に声をかけられるのも、少し緊張した面持ちで見つめられるのも初めてのことだったから。


並んで歩く二人の間には、会話らしい会話はなかった。もともと口下手な影山だ。それに加えて考え事の対象であった相手が隣に居ては、さらに思考が鈍って気の利いた言葉も出ない。

「…あの、ね」

その空気をぶち破るように立ち止まって声を発したのはみょうじだった。
つられるように振り返って目に入った彼女の様子を見て、影山はまた固まってしまう。紅潮した血色のよい頬は艶やかで、瞳も潤んでいた。これから何が起きるかはわからないけれど、どきどきと心臓が高鳴った。

「あの、」
「……待て」
「え?」
「俺、…俺、が」

なんとなく、言わなければならないと思った。彼女より先に、影山が気持ちを伝えなければならないと、この時の彼はそう思ったのだ。
結局気持ちの整理もできていないし、及川に聞いた問いかけの答えも見つかっていない。何が何だかわからないままだけど、頭の中にある言葉はただ一つだった。

「俺、好きみたいだ」
「え?」
「お前のこと、好きみたいだ」

困惑した様子の彼女が不思議そうに首を傾けるその仕草ですら可愛いと思った。きゅっと胸を締め付けるそれの正体が、言葉にするとスッと理解できた。

「……好きだ」

もう一度、確かめるようにつぶやいた言葉は夜空に吸い込まれていく。

「そんな、何回も言わないで…っ」
「なんでだよ」
「わ、私も好き、だから」
「………おう」

恥ずかしい、と根を上げた彼女の頬は先ほどよりもさらに赤に染まっていた。りんごみてぇ、と呟くとみょうじはバカにしてる? と少しだけ怒った顔をした。それも可愛い。

「可愛いな」

その言葉に、赤く染まったままのみょうじは笑みを浮かべてみせた。それは初めて見る、少しぎこちないけれどとびきりの笑顔だった。この笑顔は、自分だけが見ていたい。
及川さんの幼馴染でもなく、国見の友達でもなく、金田一の好きな人でもなく、自分の好きな人だと思った。そして、その人が自分のことを好きだと言ってくれた。

今日、みょうじなまえは、影山飛雄の大切な彼女になった。


23.06.11 back
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