金田一の気になるヤツ

厳しい寒さにもやっと慣れ、もうすぐ春が訪れようとしていた。まだまだ自分が3年になるという自覚がない。自分もあの時の及川さんや岩泉さんのようになれるのだろうか。

「金田一、俺たちもうすぐ3年になっちゃうよ」
「ハ?」
「なまえ、また告られてたよ。今度はサッカー部の今井」

練習終わり、影山が部室で恒例になってきたバレー日誌をつけている時だった。自主練を終えた金田一と国見を含めた部員数名は、戻ってくるなりみょうじの話を始めた。汗で濡れたTシャツを脱ぎながら聞き耳を立てると、金田一は難しそうな表情を浮かべていることに気づく。

サッカー部の今井といえば、この間まで女バレのキャプテンと付き合っていなかったか。恋愛に無頓着な影山でもそんなことが頭に過ぎるほど有名なビッグカップルだった。

「あいつ、あの美人な先輩と別れたのか?」
「んー、なんかずっとなまえのこと好きだったらしいよ」
「は? …それで、その」
「何。はっきり言いなよ」

他の部員も含めてみんな着替え終えているのに、誰一人帰ろうとしない。きっと話の続きが気になって仕方ないのだろう。
影山は日課になっているバレー日誌を書くために地べたに腰を掛けた。お世辞にもきれいとはいえない部室の床はヒヤリとしていて、冬場は座るのには向いていない。

「その、…なまえは、今井と付き合ったのかよ」

金田一のそれは、仏頂面を浮かべているのが容易に想像できるような声色だった。
その場の全員が固唾を飲んで国見の回答を待つ。日誌を書いていたはずの影山の手もすっかり止まってしまっているのが、彼女のことを気にしている証拠だった。

みょうじが男にモテていることを知ったのは2年の夏頃だった。女子の可愛いとか綺麗だとかは影山にとってはイマイチ理解できないものであったし、さほど重要なものではなかった。(高校生には珍しい思考だが、バレー一筋の影山にとっては当たり前のことだった。)

それを知ることになったきっかけは、やはり同級生の噂話。やれ告白だ、やれカップルだ、そんな会話の中心には必ずみょうじの名前があった。初めはバレー部員たちの中で唯一の女子マネージャーだからかと思っていたが、クラスや学年の違う後輩からも名前が上がり始めると、さすがにそうではないのだと実感した。

みょうじは北川第一中学と言う括りで見ても可愛い部類で、そしてモテる奴だった。1年の頃は及川さんと岩泉さんの幼馴染という“名前”があり、同級生男子からしてみれば遠い存在だったのだろう。それが無くなった2年からはいわば無双状態だった。

「断ったってさ、告白」

皆に熱い視線を向けられながら面倒そうに答えた国見の回答に、大勢が一つ息を吐いたのがわかった。

「そうか、」
「だからといって、焦んなくていいってことじゃないよ。金田一。」
「そうだぞ!…まあ、なまえが誰かのモンになるのは嫌だけど、金田一なら応援できる」

安心したように項垂れた金田一を厳しく一蹴する国見。だけどそれは励ましであることを最近理解してきた。他の同級生部員たちも口々に金田一を励ますようにその丸まった背中を叩いていた。

「俺、頑張ろうと思う……」

影山は一人の部員が何気なく発した“なまえが誰かのものになるのは嫌だ”というひとつの言葉が引っかかった。及川さんと岩泉さんの幼馴染という存在、牛若に笑いかける表情、国見と砕けた口調で話す声。さまざまな人の隣にいるみょうじの姿を思い浮かべる。引っ掛かりの原因がわからないままの影山は、あいつは誰のものでもないだろう、と心の中で呟くのだった。

***


金田一が振られたと聞いたのはそれから1週間後のことだった。新学期を3日後に控えた春休み最後の部活の日、金田一はなまえに告白をしたそうだ。

「今はそういうの、全然考えられないの」と頬を赤らめながら言ったらしいその台詞は、みょうじらしいなと思った。実際のところ影山は深くみょうじのことを知らないし、今まで詳しく知ろうともしなかった癖に、なんとなくそれらしいと感じてしまうことが不思議だった。

「お前、金田一のこと振ったんだってな」
「……か、影山くん」

それのせいもあるのか少しだけピリッとした空気を孕んだ体育館の空気は、影山にとっては無関係だった。それはそれ、これはこれ。影山にとって体育館はバレーボールをする場所であり、みょうじはその場所を整えてくれるマネージャーに過ぎない。たとえ友達と恋色沙汰を起こしていたとしても。

だから今日も当たり前のように話しかけているのだが、みょうじにとってはこの場所でその話題を振られるのは気まずいことこの上ない。びくり、と肩を揺らしながら浮かべた笑みはぎこちなくて、今にも逃げ出したいと言わんばかりに視線を泳がせていた。

「おい、影山」
「?」
「早くネット立てるぞ」

気まずい空気が流れている二人の間にスッと割り込んだのは国見だった。ぐいぐいと影山の背中を押しながら二人は体育館倉庫に向かって行く。いや、もうネット誰かが立ててるだろと反論しようとしたところで、遮るように国見は言った。

「お前も素直になれよ」
「…は?」
「今、金田一の方が一歩先だから。気になるんじゃないの、なまえのこと」

…気になる?
確かに何かと気になっているのかもしれない。それでも金田一や他の同級生と同じように、そういう目で彼女のことを見ているか、と言われれば影山には正解がわからなかった。

「まあいいや。」

考え込んで眉間に皺を寄せた影山の表情を見た国見は、ふと一つ笑って得点版の準備に取り掛かった。取り残された影山の思考もすでに今日の部活の方に傾きかけている。

だが、コーチに呼ばれて駆け寄るみょうじの一つに括った髪がゆらりと揺れるのを見て、なんとなく考えてみた方が良い気持ちになったのだ。この曖昧な感情の正体を、知ってみたくなった。そうだ、相談するならばあの人だ。ぐっと拳を握り締めた影山は、今日の部活が終わったらある人に連絡しようと心に決めて歩き出すのだった。 back
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