牛島さんの忠犬

2年の秋、俺はワクワクしていた。

「影山、迷子になんなよ」
「なんねぇよ」
「はぐれたら先輩に怒られるぞ」

今日は練習はなく、俺たちバレー部は仙台市体育館に来ていた。『全日本バレーボール高等学校選手権大会』。通称春高の宮城県予選大会がここで行われる。今日はそれの決勝戦である青葉城西vs白鳥沢の試合が行われる予定だ。

青葉城西は北一出身の及川さんと岩泉さんがいるし、白鳥沢にはあの牛島若利がいる。1年生にしてレギュラーメンバー。中学の時からずっとウチが勝てなかった相手だ。体格にもセンスにも恵まれている牛島さんは、いつか俺がトスを上げてみたいと思っている相手。

きっとそんな試合は白熱するだろう。
であれば先にトイレに言っておこうと集団に告げて目的地に向かうと、そんな相手が目の前にいた。正確には牛島若利とみょうじが、だ。

「牛島さんは1年からレギュラーなんてさすがだなぁ」
「ああ」

咄嗟に歩みを止めて二人の会話に聞き耳を立ててしまう。どうやらたまたま会っただけの仲ではないということは影山にもわかった。ああ見えて礼儀に厳しいみょうじが歳上にタメ口をきくのは幼馴染である及川さんと岩泉さんくらいなものだ。

というと、二人の仲は相当深いものということにならないか?

「牛島さんも頑張ってくださいねっ」
「コッチ(敵)の応援なんてしても良いのか」
「去年までは敵でしたけど、今年は個人(牛島さんと幼馴染)の応援なので!大丈夫です!」
「及川は文句を言いそうだけどな」

牛島の言葉ににこりと愛想の良い笑みを浮かべるみょうじ。普段緩やかな表情を浮かべているイメージがない牛島も、どことなく柔らかい空気を纏っているかのように思えた。

そうか、と小さく溢した牛島がみょうじの頭を軽く撫でる。それを受けたみょうじは心地よさそうに目を細めた。まるで飼い主と従順な子犬のようだ、と影山は思った。ちんちくりんの犬が、飼い主に褒められようと尻尾を振っているように見える。影山にとって牛島は“飼い主”のような上に立つ人物であり、みょうじはそれに従うか弱い子犬のようなものだった。

個人の応援ってなんだよ、及川さんたちの応援するんじゃねぇのかと思ったりもしたが、影山には関係のないことだ。2人の会話に没頭して忘れかけていた尿意を思い出し、再び止めていた歩みを進めた。

「あれ、影山くん」
「?」
「…」
「あ、えっと、こちらは同級生の影山くん。で、知っていると思うけど…」
「…牛島だ」
「ハイ、もちろん知ってます」

二人の横を通り過ぎようと思ったところ、みょうじは影山に声をかけて引き留めた。長身二人を相手にきょろきょろと視線を動かすみょうじのことをなぜか守りたい、と思った。先ほど子犬みたいだと思ったことを引きずっているのだろうか。なぜそんなことを思ったのかは不明だが。

元々表情にも出にくいし、口数も少ない二人だ。自己紹介もそこそこにトイレに入る影山に対し、みょうじはムッとした表情を浮かべる。牛島は、コロコロと変わるその表情を見つめていた。

「(もうちょっと愛想よくしてもいいじゃん…)」
「あいつも及川と同じセッターか?」
「あ、そう!よくわかったね」
「なんとなくだ」

自分が去っても2人の会話が続いていることを、影山は背中で感じていた。

「…そろそろ行く。なまえもしっかり見ていてくれ」
「うん! 牛島さんのキレキレスパイク、楽しみにしてます」

そういったみょうじの声が、いつもよりも弾んでいる気がした。ワクワクという表現がぴったりな声色だった。なんだよ、俺たちの応援をしているときはそんなこと言わないくせに。

今のみょうじの目は及川さんのセットをワクワクした目で見つめているのと同等、もしくはそれ以上に輝いているんだろうと容易に想像できてしまった影山は、それをなんだか面白くないと思うのだった。 back
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