「最近どうなんだよ、彼氏と」
「あー…別れたんだよね」
「またかよ!懲りずに早いなぁ」

ガヤガヤと雑踏ひしめく居酒屋の一角で横並びになった俺たちは、高校時代からの同級生だ。隣でやけ酒だとばかりに焼き鳥に齧り付きジョッキを煽った彼女は、最近彼氏と別れたらしい。
高校の時には浮いた話がほぼなかった彼女だが、高校を卒業し大学・社会人ともなると色んなことがあるようだ。付き合ったという話は聞くものの、何故かそう長くは続かない。ぶっちゃけ顔は悪くないし性格だって少し雑なところはあるが明るく取っ付きやすい。マイナスになりそうなポイントはないのに何が原因なんだろうかと思考を巡らすのはこれで何度目になるだろうか。

黒尾は不機嫌そうな彼女を宥めるため、新たなビールを追加しようと店員を呼んだ。

「黒尾は最近どうなのさ。イイ感じの子いるって言ってたじゃん」
「…彼女になってたらこんなところに飲みに来ないでしょうが。」

確かに、いた。前にこうして飲んだときにはアプリで出会ったイイ感じの女の子がいて、それを得意げに話したものだ。まぁ実際のところ、その後すぐにメッセージに既読がつかなくなり、音信不通になった。アプリでの出会いではそんなに珍しいことではないが、俺ではなく他の男に持っていかれたというところだろう。
柄にもなくヘコんだのは言わないでおこう。

それもそうだよね、と俺の言葉で納得したらしい彼女は、そこから話題を180度転換した。
仕事の愚痴、旧友の噂話、どうやら元クラスメイトのカップルはもうすぐ結婚するらしい。


「お前はさ、高校の時好きなやつとかいたの?」

ただの、その会話の延長線上のつもりだった。黒尾の軽い気持ちとは裏腹に、隣の彼女からは応答がない。どうかしただろうかと顔を覗き込むと、何かを堪えるような切なげな表情を浮かべていた。初めて見るその表情に何も言えないままピシリと固まる。

「…」
「……居たよ」
「へぇ……」

問いかけたのは自分であるのに、何故かその先が浮かばない。
そもそもこの話題を持ってきたのが間違いだった、新たな話題を振ろうとすると、彼女はそのままぽつりぽつりと言葉を続けた。

「映画って、あぁ今のシーン素敵だった。今の台詞私も使いたいって思っても、暫くしたら忘れちゃうじゃない?」
「……そうか?」
「でも見なかった映画は、見られなかったっていう事実を忘れないじゃん。」

何を言っているんだと思った。
一応デリカシーというものを持ち合わせている黒尾は、いつもと真逆な真剣な表情を浮かべた彼女にそんなことを言うことはできなかったのだが。ひとまずは話を聞いてやろうと頷く。


「好きな人と付き合えても、だんだん最初に好きになった気持ちは忘れちゃうでしょ?」

「でも絶対に、付き合わなかった人のことをなんで好きだったかは忘れない。」


ここまできて、黒尾にもやっと理解ができた。
その言葉がスッと落ちてくるような経験を、黒尾自身もしていたからだ。


「好きだからこそ、ずっとそのままにしておきたかった。私にもね、そんな人が、いたよ」

何故か力無い笑みを浮かべた彼女から、目を離せなくなった。どうしてか彼女もずっと黒尾から目を逸らすことはせずに、一点を見つめ続ける。今まで騒がしかった周りの音が一気に遠のいていく気がして、まるで彼女の中に飲み込まれてしまうような感覚に陥った。


ふと、あの時のことを思い出した。
黒尾は彼女のこの雰囲気を、過去に一度だけ感じたことがあったのだ。

高校三年生最後の試合、春高バレーの初戦前夜のことだった。
話があると突然近所までやってきた彼女は、いつもと違う雰囲気を纏っていた。普段はちゃらけてクラスメイトとバカをやるような人だった。いつもと違う【静寂】を身に纏った彼女に、どきりと胸が鳴ったのをよく覚えている。

「絶対勝ってね」
「あぁ、モチロン」

言葉尻はとても力強いのに、その表情は夜の空気に溶けてしまいそうだった。私は選手でもマネージャーでもない一人のクラスメイトだけど、誰よりも応援しているよ、と。当時の俺はその激励に胸を打たれて、ありがとうと力強く頷いたのだった。あの一瞬のどこか遠くを見たような貼り付けた笑みが、今目の前にあった。


「寂しいって、思ってた」
「……寂しい?」
「私には触れられない、届かない。そんなことわかってた。特別になれないのなら、いっそのこと触れられないままの方が良いだろうと思って、手を伸ばさなかった。」

"その"相手にだろうか。
彼女の表情は瞬く間に切なげに揺らいで、そこまで心を揺さぶるその相手が、黒尾には羨ましく感じられた。


「…だけど、忘れられなかったよ」

「今から手を伸ばしたら届くと思う?」
「どうだろうな、俺には……」
「黒尾に、聞いてるんだよ」

どくり、

あの時と同じように、いや、あの時よりも随分大きく心臓が跳ねたと思う。
どうしたらいいのか分からずに視線を右往左往させると、目の前の彼女は少し困ったように笑った。

「やっぱり黒尾に、触れてみたいと思っちゃうの」

それならそうと早く言ってくれ。
黒尾はたっぷり汗をかいたビールグラスから手を離すと、彼女の冷え切った手を握り締めた。

「寂しい」

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