「あいつと別れた」
「は?え?」

一応幼馴染である及川の珍しくガチで焦った声が電話口から聞こえた時、俺も初めてそのことを理解したように思えた。別れた。別れたんだ、あいつと。物心ついた時から一緒にいたあいつに、もう手が届かないということを俺はまだ理解できていなかった。

「本当に言ってんの?あいつってなまえだよね?本当に?ガチ?エイプリルフールじゃないよね?」
「ガチだわくそ。何回も言わせんなゴミ」
「相変わらず辛辣」

「…なんかしたの、岩ちゃん」

地球の反対側にいるはずの及川の声が、やけに近くに感じた。
俺と及川、俺とあいつは幼馴染だった。そうなるともちろん、あいつと及川も幼馴染だった。それは当たり前のことに思えて、案外厄介なことだ。

「なんかしたなら、岩ちゃんでも許さないんだけど」
「あぁ、しちまったかもしれん」
「…何したの?」
「……長い間まともに連絡取れなくて。今は日本にいんだけど、会えない間に多分寂しい思いさせた」


距離にしちゃあ及川ほど遠くはないが、俺も日本にいない時期があった。今は経験を経て日本に帰ってきているものの、連絡が思うように取れない時間が長かった。初めは相手を気遣って少し無理して電話をしたり、苦にならない時間帯にメッセージを返したりということを続けていた。だけど、そんな無理した生活はお互い長く続かなかった。
既読のつかないメッセージ、鳴らないスマホ。自然と『あいつに伝えたいな』と感じていた目新しい感情も薄れていった。


日本に帰ることが決まった時、真っ先にあいつの顔が浮かんだ。連絡はしばらく取っていなかったが、この知らせは喜んでくれるかもしれない。久しぶりになまえの顔を浮かべて、この時間なら電話に出れるかもしれないからこの時間にしようと決めて、その時間が来るのを待つ。

何故か緊張して指が震えたが、コール音もそこそこに聞きたかったその声が聞こえた。

「もしもし?」
「あぁ、久しぶり」
「…うん、ひさし、ぶり」

なまえの声によって鼓膜が震えると、身体から熱が湧き上がった。そうだ、俺は、こいつが好きで好きで堪らないんだった。

「どうかした?突然だね」
「日本に、帰ることになった」

「…そっか、」

長い沈黙の後、放たれたのはその一言だけだった。いや、一言にも満たないような言葉、声。
想像もしていなかったその反応に何も言えなくなってしまう。いや、もしかしたら信じたくなかっただけで、こうなることを想像していたのかもしれない。

「あのね、はじめちゃん」

聞きたくない。知りたくない。
俺は完全に慢心していた。電話ができなくても、メッセージの頻度が落ちても、なまえは俺のことを好きでいてくれると思い込んでいた。昔からずっと一緒で、幼馴染で、高校まで一緒で。それでやっと思いが通じ合って付き合うことになって、そう簡単に想いが変わってしまうことなんてないと、そう思っていた。

「…別れよ、私たち」

「は?」
「ごめんね、もう、無理だよ」
「何、が」

「私、全く連絡取れなくて、はじめが何してるかわかんなくても耐えられるほど強い女になれなかった。…ごめんね。ごめん」

その声が震えていて、泣いていることはすぐに分かった。だけど今、俺はその身体を抱きしめてずっとそばにいると言うことができない。大丈夫だ、これからはずっと側にいるからと安心させる言葉をかけてやることもできない。
無言のままの俺に聞こえたのは、無機質な通話の切断音だった。


「岩ちゃんはさぁ、愛情表現が足りないんだよ」

「…愛情表現」
「昔、なまえが言ってたなぁ。はじめちゃんって、ほんとに私のこと好きなのかな?ってさ」
「好きに決まってんだろ」
「それをさ、ちゃんとなまえに伝えてあげたこと、何回ある?」

遠い記憶を思い返す。だけど浮かぶのはなまえが俺に『好きだよ』と優しい笑顔で伝えてくれた好き、ばかりで。俺が振り絞った言葉は告白の時一回きりだったかもしれないと背筋が凍る。

「……及川、俺」
「幼馴染って切っても切りきれないところが、いいとこだよね」

好きだ、好きで好きで堪らないんだ。
愛してるなんて、これから先もお前にしか言えないのに。


地球の反対側との通話が切れて、無機質な音が鼓膜を震わす。だけど何故か気持ちはスッキリしていて、先ほどまでの負の感情が嘘のようだ。そうだ、終わったけど、終わってない。俺たちはきっとまだ切れていない。

画面に数ヶ月ぶりに表示したその名前を見ると、また指先が震えた。緊張はする。だけど、恐怖はもうない。
これをただ、お前に伝えたいだけなんだ。その後のことは、またその時考えればいい。


「……はい、もしもし」
「なまえ」
「どうしたの、岩泉くん」

「あのさ、俺はずっとお前のこと……」

「愛してる」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -