高校に向かう通学路の途中に、一本の桜の木があった。今年もまたそこには桜が綺麗に咲いていた。
それでも、その桜の木を見ると思い出すのは、何故か君の笑った顔だった。去年は一緒に見ていたその桜を見上げながら思い出す。君はここで、確かに俺に向かって笑っていたのに。

きっかけは、通学路で僕がみょうじさんのハンカチを拾ったことだった。入学式、桜の木の下。散りかけの桜と同化してしまいそうな白いハンカチは、少し先を歩く学生が落としたものではないかと想像するのは簡単だった。

「あの、」
「…はい?」

背中まである黒髪のまっすぐな髪の毛。ひらりと靡かせながら振り返ったのは、烏野の赤いリボンがよく似合う女子生徒だった。その整った容姿から先輩だろうかと一瞬思ったが、よく考えればこの時間に烏野の制服を着て学校に向かっているのは、入学式を控えた同級生しかいないだろう。

「これ、落としましたけど」
「あ、私のだ!ありがとうございます。えっと…」
「別にお礼とかいいです。じゃあ、遅れるから」

名前も知らない、学年は多分同じ。また会えることはわかっていたけれど、何故か名残惜しく感じてしまった彼女を背中で感じながら、僕は烏野高校の門をくぐった。


「月島くん、だよね?同じクラスだったんだね。よろしくね!」

柄にもなく奇跡だ、なんて思ったのは次の日のことだった。入学式を終えて、始業式。張り出されたクラス通りに向かい、黒板の表示通りに席についた。そしたら隣に腰掛けて声をかけてきたのはあの時の人だった。
今日は髪の毛結んでるんだ。後ろで一つに括った黒髪を揺らした彼女は、自分の名前をみょうじ なまえだと言って微笑んだ。屈託なく笑うその表情は、一度見て仕舞えば頭から離れなくなってしまいそうで、それに無性に苛ついてしまったのを覚えている。

君と僕は、クラスメイトだったけれどただのクラスメイトではなかった。

「月島くんが図書委員なら私もやろうかな」
「…何それ、勝手にすれば?」

「月島くん!教科書忘れたから見せて」
「いいけど。え、ちょっと、机くっつけないでよ小学生じゃあるまいし」
「だってくっつけないと見えないでしょ?」

「ねぇこの新しくできたカフェ一緒に行かない?」
「何、友達いないわけ?…奢ってくれるならいいけど。」
「…奢る!」
「冗談だけど。バカじゃないの」

だけど、恋人でもなかった。
隣の席だからよく喋る。一緒にいて波長が合うから放課後好きなものを食べに行く。それが心地よくて、それ以上を求めているはずなのに僕からその一歩を踏み出すことはなかった。きっと彼女もそれがいいのだと、勝手に思っていた。

「なぁー、月島ってみょうじと仲良いよな」
「そう?普通だと思うけど」
「あいつのこと好きなん?」
「……別に」
「そっか」

こんなことを聞かれることも多かった。別に。仲は良いけど、君よりは。
なんて調子の良いことを思っていた。慢心していたんだ、僕は。

「月島くんってさ、ぶっちゃけ私のことどう思う?」
「……は?何言ってんの君。」

体育館が点検の水曜日。みょうじさんが行ってみたいと言っていたスイーツショップに二人で出かけ、いつもみたいに店内で買ったものを食べている時だった。ふと、遠く外を見ていたはずの彼女が、いつの間にか僕だけを見ていた。
そんなまっすぐな視線を向けられたのは初めてで、わかりやすく動揺を示してしまう。でもまだ大丈夫だろう、バレていないだろう。僕の本当の気持ち、まだ君には気づかれていないだろう。

「友達?」
「当たり前でしょ。友達だよ。こうやってちょっと遠出してお茶する仲。」
「そう、だよね」

苦しそうな、しんどそうな顔をしていたのが気になった。それってさ、どういう意味?
何かの理由があってもう一緒にいられないとか?元彼が僕に似てるとか?…いや、そんな漫画みたいな展開あってたまるものか。だとすれば、君も僕と同じ気持ちだとか?

その日はなんとなく気まずい雰囲気を抱えたまま、お互い帰路についた。明日になればまたいつもと同じように話ができる。なんでもない話で笑って、僕が君をいじったら少し拗ねるけど、最終的には太陽みたいに笑いかけてくれる。そう思っていた。僕は、ただのバカだった。


「おい!みょうじと高木、付き合い始めたらしいぞ!」
「はああ!?俺、みょうじのこと狙ってたのに……」

教室に入った途端に聞こえてきたのは、耳障りなクラスメイトの会話だった。高木、そいつは僕にみょうじさんのことを好きなのか尋ねてきたやつだった。確か、サッカー部。
嘘だろ、そんなことがあるか?昨日まで僕とケーキ食べに行ってたくせに。僕とそういう空気だったくせに。本当に?

それでも、彼女と高木というクラスメイトが一緒に教室へ入ってきた時は、これが現実であると受け止めざるを得なかった。

それから彼女と僕が二人きりで話をすることはなかった。もちろん、お茶をしに行くことだってなかった。ただ一緒に遠出をしてスイーツを食べるクラスメイト、から、ほぼ会話もしないクラスメイト、になった。出会いもあっさりだったくせに、離れる時もあっさりだなと思ったら笑えてきたのを覚えている。

「月島くん、春高おめでとう。」
「あぁ、ありがとう。」

あれから半年以上経った一年の冬休み前、高木とみょうじさんが別れたという噂がクラス中に流れた。それもバレー部の春高出場によってあっという間に消えて行ったけど、半年以上ぶりに話した彼女の笑顔が痛々しかったので多分本当なのだと思う。もうあの頃のように僕に笑いかけてくれることはないんだなと実感して、埋まっていたはずの穴がまた開いた気がした。

「別れたんだってね」
「うん」
「そっか」

【別れたんだってね】それを言えたら、きっとこんな会話だっただろう。でも、その先はきっと続かない。君と僕が結ばれる未来は、今はきっとない。だから何も、言わなかった。言えなかった。

でももしも、あの日。
君の笑顔の違和感に気づいたあの日にこの言葉を言えていたら、その未来があったんだろうか。

そう思ってしまうくらいに、僕は、君のことが。

「好き」

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