あの時の俺たちは高校生で幼くて、お互いのことを必死に考えているつもりでも、結局自分が第一でかわいかったんだと思う。俺の隣で笑顔を浮かべる彼女を思い出して、胸が締め付けられた。もしあの時こうしていたら、これが言えていたら、今の未来は変わっていたのだろうか。
そう思うことが、幾つもある。俺の選択が正しかったのかは、今もわからないままだった。

俺となまえの馴れ初めは、彼女の告白からだった。当時から正直いうと女の子にモテていた俺は、告白された女の子がかわいかったら付き合う。そして数週間すると思っていたのと違うと振られる日々を繰り返していた。今考えると中身がなくてサイテーだったなとは思うけど。
そんな中で俺に告白してきたなまえは、他の女の子とは明らかに違ったセリフを放った。その時、急に世界がキラキラしたのは今でも覚えている。

「及川くんのことが好きだからずっと見ていたいのに、及川くんのバレーはたまに見ていて苦しくなることがある。」

告白にバレーを絡めてくる子がそもそも少なかったというのもあるけれど、【苦しくなる】という言葉は、俺をその気にさせるには充分な言葉だった。

「じゃあ、これからは絶対に楽しませるから、俺と付き合おうよ」
「いいの?」
「君が告白してきたんじゃん」

そうして俺となまえの交際はスタートした。


「及川どこいった?」
「またみょうじさんのとこだよ、どうせ。」

今までの俺は意外と恋愛に対してドライな部分があったりして、彼女の方が来てくれて一緒に昼を食べたり、オフの日にデートをしたりすることの方が多かった。それなのに、一発逆転。そんな俺を見て幼馴染の岩ちゃんは、夏なのに「雪でも降るんじゃねぇか」と言っていた。流石に嘘でしょ!?と反論したら殴られたのも今ではいい思い出だ。

高校2年の終わり頃から付き合い始めた俺たちの関係は、順風満帆のように見えていただろう。俺もなまえと一緒にいる時が幸せだったし、心地よかった。

「徹は、ちょっとだけ吹っ切れた?」
「…よくわかったね、なまえにはかなわないな」

もともとバレーが好きだったなまえは俺の練習を見にきてくれる機会が多かったけど、いつも踏み込んだ感想を言うタイプではなかったと思う。春高予選が始まる頃、突然そう言った彼女に驚いた。それでも言っている言葉は的を射ていて、納得してしまったのだ。

あぁ、好きだな、と思った。

「やっぱりバレーが大好きなんだね」
「うん。好きだよ。今はまだ敵わない相手がいることもわかってるし、自分が天才じゃないことも知ってる。それでも、好きなんだ。」
「…私は徹の、そう言うところが好きだな」

道端にも関わらず、その華奢な体を思い切り抱きしめてキスをした。これってもしかして青春なんじゃない?高校生っぽいんじゃない?なんて馬鹿げたことを思っていた。
なまえの柔らかい唇は俺を全て受け入れてくれた。なまえ自身も俺を受け入れて、応援してくれている。彼女が優しすぎて、忘れていたんだ。これが全部当たり前じゃないということを。


「俺、卒業したら大学には行かない。」

そう告げたのは、みんなが三者面談だ受験対策だと忙しくなり始め、冬休みを目前にした頃だった。春高予選で負けた後も、テスト期間を超えても進路のことを話さない俺を不思議に思ったのか、なまえが言いづらそうに切り出した会話の延長線上だった。

「…どう、するの?」
「アルゼンチンに行く。そこで、バレーをするんだ。」
「そ、っか……」

ゆらりと瞳が揺らいで、唇を噛み締めたかと思うとそのまま視線は下に落ちた。目に浮かんだ涙は溢れそうで溢れ落ちなくて、とても綺麗だと思った。なまえのこんな顔を見たのは初めてで、こんな顔をさせているのが俺かと思うと心が痛くなったけれど、それと同時に嬉しくなってしまった。

俺のために、苦しんだりするんだ、と。

「遠いね、アルゼンチン。」
「…うん。」

どうしたらいいか、わからなかった。言わなきゃ言わなきゃと思っていたくせにうまい言葉は何も浮かんでこなくて、伝えた後にどんな言葉を掛けたらいいのか、正解が出ないままここまで来てしまった。静寂だけが俺たちを包む。

「今日は、帰るね。ごめん」

できた溝を埋める術も、俺は持ち合わせていなかった。


そこからはずっと暗闇にいるみたいな気分だった。楽しかった学校生活は色を失った。部活も、恋愛も、全部失った俺に残された数ヶ月は、真っ暗だった。

「お前、みょうじさんと別れたのか?」
「…別れて、ないと思う」
「どうせなんかしたんだろ?お前のことだからクソデリカシーのないことでも言ったとか」
「そう、かも。」

そんなことないよ!と否定することもできない。だって俺のせいだから。
だけど喧嘩をしたわけじゃないのに、俺は悪くないのに、ごめんというのは違う気がした。喧嘩じゃない。でも、その事実がとてつもなく高い壁として立ちはだかっているようだった。どうすることもできない、八方塞がりとはこのことだ。

結局年が明けても、受験が終わっても、自由登校になっても、俺となまえが元に戻ることはなかった。連絡もない。別れたわけでもない。だけどもう、今まで通りには行かない。


「徹、」

その愛しい声が俺の名を呼んだのは、卒業式の後だった。

「今までごめんね」
「…うん。」
「全然、気持ちの整理がつかなくて。」

一言ずつ、しっかり、俺に想いを伝えるなまえの目は、もう泣いていなくて。俺がいないところで、一人で強くなって、前を向いたんだと知った。それがとてつもなく悔しくて、どうしようもなく不甲斐なくて、今度泣きそうなのは俺の方だった。

「徹のこと、大好きなの。」
「うん。知ってる」
「だから突然のことで頭が真っ白で。でも、わかってたの。今更私が何を言ったって徹が遠くにいっちゃうことには変わりないし、だったら、笑顔でね、頑張って、応援してるよって、言いたかったの。」

「それを言えるようになるまで、こんなに時間がかかっちゃった。それほど私は我儘で、徹のそばに居たい甘ったれで、それで、」

あぁ、泣きそうだ。
堪えるためにグッと噛み締めた唇からは血が滲んで、鉄の味がした。それが虚しさを助長させることを、俺は初めて知った。

「あのさ、待ってるとか、迎えに来るとか言えない。」
「…うん。」
「だけど、好きだったよ、俺も。」

必死の過去形。その言葉を聞いたなまえはくしゃりと表情を歪めた。笑ってんだか、泣いてんだかわかんない表情。だけどそれがとてつもなく愛しくて、たまらなくて。思い切り抱きしめた。
4ヶ月ぶりのハグだった。

「大好きだよ、徹。」

今でも目を閉じればその歪な表情が鮮明に思い出せるし、愛しそうに俺の名前を呼ぶその声だって思い出せる。それでも俺は今、日本から遠く離れた地球の裏側にいて、お前は日本で頑張っている。遠いとはいえ、一生の別れじゃないと思っていた。いつかまた、言える日が来ると思っていた。
だけど、岩ちゃんやマッキーには会えるのに、お前にはもしかしたらもう2度と会えないかもしれないね。


『私、結婚することになったよ。』

半年ぶりに届いたメッセージを見た俺は、スマホを握りしめたまま立ち尽くした。


ねぇ、ごめん。
俺はまだ、お前を思い出にできてないんだよ。

「ごめん」

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