「ねぇ菅原」
「んー?どした、清水、珍しい」
「あの…、佳那ちゃん全然起きないんだけど……」
合宿三日目の朝。我らが潔子さんが朝から男子の大部屋にやってくるなんてこんなラッキーがあるか!?と拝んでいると、彼女は真っ先に同学年であるスガさんのところに向かった。話し始める二人の会話に耳を立てる。
どうやらスガさんの妹であり、烏野男子バレー部のもう一人のマネージャーでもある佳那は、相当朝に弱いらしい。昨日は初めての朝で気を張っていたのか自力で目覚めたらしいが、二回目の朝である今日は気が抜けたようだ。潔子さんがゆすっても叩いても起きない…と。そんな馬鹿な。俺なら飛び起きるけどな。
「あぁ…あいつダメ、そんなんじゃ絶対起きないから。俺行くわ」
手慣れた感じで立ち上がったスガさんに、俄然興味が湧いてくる。
ゆすって叩いても起きないならば、どうしたら起きるんだ?俺たちはスガさんの後をこっそりつけることにした。
女子部屋に入ってすぐ、彼女が眠る布団に直行するスガさん。すると、容赦無くカーテンを開けて布団を捲り上げた。枕を抱えたまま眠っている佳那は、半袖長ズボンではあるけれど非常に無防備に見えて思わず目を逸らす。
興味本位で一緒に来ていたノヤからは、おぉ…と感嘆の声が漏れていた。わかるぞ。
「おい、起きろ」
「んぅ……」
「あー…本当にさ!」
面倒そうに不満の声を漏らすスガさんも珍しいなと思いつつ、思い切り枕を取り上げるところを見ると言う通り日常茶飯事のようだ。
「ほら、起きろって」
「!?」
次の瞬間、俺は目を疑うことになる。
そういえば大地さんがこの間、あいつらの距離感バグってるからな…と漏らしていたのを思い出した。その当時の俺はそうっすか?となんでもない気の抜けた返事をしたけれど、こういうことか。スガさん、そういうことっすか。
強行突破するしかねぇな…と呟いたスガさんは、佳那に覆い被さるような体勢になると(すでにいかがわしい)、背中に腕を回して無理やり抱き起こした。
「起きろ!」
「…おにい、」
ゆったり重い目を開けた佳那は視界にスガさんを捉える。俺たちの存在には気づいていないようで、甘えるように胸元に額を押し付けていた。…なんじゃこれ、何を見せられているんだ俺たちは。隣のノヤは雄叫びをあげるし、野次馬としてやってきた日向と山口は言葉を失っていた。そりゃそうか。そうなるわな。
その間にもスガさんは佳那の頭をペシペシ叩いているし、でも顔はデレデレしてるし、なんかもう、見ちゃいけないものをみている気分だ。
「…なんかもう、羨ましいな」
「あぁ、わかるぜ龍」
「俺もあんなかわいい妹ほしかったとか思っちまうな」
「……同意」
その瞬間、寝ぼけたままの佳那の視線がこちらを向く。眠そうに閉じられ掛けたその目線がなんとも言えないほど良くて、心臓がきゅんと鳴った。パッと状況を確認すると、真っ赤になった日向と山口。あぁそうか、同級生だもんな、大変だなお前たちも。
「…俺、あいつが怖い」
「っ…」
寝起きの佳那、恐るべし。
「わりー、お前たち一回出て?」
「? はいっす」
困ったようにこちらをみたスガさんは、佳那の腕を掴みながら言った。急にどうしたんだろうと思いつつ部屋を出て行こうとする。
「着替えさすかんな!」
…はい?
扉が閉まる直前、とんでもない言葉が耳に入る。着替えさす?
覚醒していないままの佳那のお着替えを、スガさんがやるということか。兄妹ってそんなことすんのか!?姉ちゃんの顔が浮かんで、いやいやと首を振る。
扉が閉まってもなお、固まったまま動けない俺たち。この扉の向こうでお着替えタイムが始まってんのか…?
興味本位でその場に居合わせてしまったばっかりに、この日の俺たちが佳那の顔をまともに見ることができなかったのは言うまでもない。そして、大地さんの言葉の意味を改めて理解した俺であった。
22.08.11